SS【ゲームブック】
今ぼくの手元にあるのは一冊のゲームブックだ。
タイトルは冒涜の代償
ゲームブックとは八十年代に全盛期を迎えた読書しながらゲームを進行できる優れた本で、当時は本屋に行くのが楽しみだった。
テレビゲームで人気の作品に加え、ゲームブックでしかプレイできないものもある。
プロローグを読み終えると、すでに主人公になりきっているぼくがいた。
物語を読み、行動を選択しながら、あっちのページ、こっちのページと移動しながら冒険は進行する。
例えば、(しばらく森の中を進むと突然、竹藪から子連れのツキノワグマが飛び出してきた。どうする?)
目は合わせずにそのままゆっくりと後退する。
24へ
近くの木に登って去るのを待つ
50へ
行動を選択して、その番号の書いてあるページへ飛ぶといった具合だ。
挿絵もうまく使われていて世界に惹きこまれていく。
どんなに本が分厚くても、ゲーム感覚で読み進めるので、いつもあっという間に読み終えた。
しかし、ゲーム機の進歩とともに影が薄くなっていった。
ネットで購入し、数十年ぶりに手にしたゲームブックは、ちょっとしたお宝に思える。
プロローグはこうだ。
辺境の地に立つ巨大な塔。
かつて神との交渉の為に造られたその塔は、時の流れとともに劣化が進み大きく傾いている。
塔は雲より遥かに高く、地上から頂きを拝むことはできない。頂きには異世界へ繋がる扉があると伝えられていた。
立ち入り禁止になっているにも関わらず、侵入する輩が後を絶たないのは、神への貢ぎ物として造られた高価な宝飾品が残っていると噂されているからだ。
ぼくは読み始めて最初の選択をすることになった。
意を決して塔へ侵入する
100へ
引き返す
33へ
ぼくはいつ崩壊するか分からない巨大な塔へ侵入した。
理由は異世界の扉を開き、神様を拝むため。
宝飾品のためだけに命は掛けられない。
果てしなく続く階段を昇りながら、たまにある壁の小窓から外を眺めた。
小窓からは冷たい風が吹き込むだけで地上の様子は見えない。
書庫もあった。ぼくは本棚に塔の秘密というタイトルの本を見つけたが、あえて読まない選択をした。
しばらく昇ると、上から長髪のやつれた老人が降りてきた。
老人はぼくに、これ以上昇ると引き返せなくなるから降りろと言う。
ぼくは無視して昇り始めた。
すでに半日くらいずっと昇っているのだ。今さら引き返せない。
しかしぼくは老人の言葉の意味をようやく理解した。
ゲームブックを読み始めてから小さな選択を繰り返し進んでいる。
しかし今は読んでいない。手元に本は無い。
ぼくは世界に入りこんでしまっているのだ。
ゲームブックでは選択を誤ればゲームオーバーで最初からやり直しなんてこともよくある。
この先、選択を誤ればぼくはどうなってしまうのだろう?
塔の入り口に戻される?
あるいは死ぬ?
これはただのゲームブックではなかったのだ。
いずれにせよゲームオーバーは近いようだ。
探索に時間がかかりすぎたせいなのか、巨大な塔は音を立てて倒れ始めていた。
ぼくはどこかで選択を誤ったらしい。
終
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