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ショートショート【逃亡者】



洋平(ようへい)はここ一週間くらい悪夢にうなされ続けている。

夢の中で複数の追手から必死に逃げ続けているのだ。

しかも追手は自分を殺そうとしている。

なので逃げるしかない。



夢の中ではいつも、味方が誰もいない設定だ。

助けを求めることも通報することもできない。



ある時は物陰に身を隠し、ある時は追手を振り切るために電車に飛び乗る。

丸腰の洋平に対し、追手はいつも武装している。



悪夢から覚めると、ホッとすると同時に、「またか」と呆れてしまうのだ。



洋平は二連休を迎えていた。


ここニヶ月ほど、ほとんど休み無しで働いていたので、久しぶりにゆっくりできる。


連休前日は夕食が済むともう眠くて、ネットサーフィンをして十時には眠りについた。

珍しく悪夢も見ずにぐっすり眠り、六時に目が覚める。   

朝から体調もいい。

洋平は部屋の片付けと掃除をしゴミ捨てを済ませると、街へくりだし映画館にやってきた。


塩味とキャラメル味が半分ずつ入ったポップコーンとコーラを持ち、真ん中のやや後ろ辺りの席に座る。


今日観る映画の原作は、世界中で読まれ続けファンも多いファンタジー巨編小説だ。

席はほとんど埋まっている。



CMが終わり本編が始まると、突然後方が騒がしくなった。

洋平は何が起きたのかと後ろを振り返る。


「きゃあ あ あ あ あーー」という若い女の悲鳴が聞こえたかと思うと、洋平の視界には、座ったまま頭をだらんと下げる男と、その横に、たった今悲鳴を上げたであろう女が見えた。


座ったまま頭を下げていた男の横に、男が一人立っていて、周囲の視線を集めている。


頭を下げていた男はゆっくりと崩れ落ちるように床に倒れ込んだ。



立っている男の手にはハンマーらしきものが握られている。


突如その男が叫んだ。


「こいつじゃない!」


洋平の斜め後ろで、すぐに別の誰かが叫んだ。


「前に居るぞ!」


洋平の数列後ろの席に居た男が立ち上がり、こっちを指差して叫んだ。



洋平は素早く立ち上がり、身の危険を感じて逃げ出す人達に紛れ、なるべく目立たないよう小走りで映画館を抜け出した。


エスカレーターを駆け降り、迫り来る追手に言いようのない恐怖を覚えながら、一階の喫茶店と洋食レストランの前を通って建物の外へ飛び出した。


商店街を小走りで移動していると、後方から叫び声が聞こえた。


「いたぞ!」


洋平は風を切る矢のように路地をすり抜け、商店街を後にした。

どれくらい走っただろうか。

見通しの良い大通りを避け、路地から路地へ逃走を続ける洋平。


逃げている時に身を隠せそうな場所もあった。

しかし洋平は逃げることをやめなかった。

毎夜うなされる悪夢の中では、止まれば確実に追手が距離を詰めてくる。

発信機でも身体に埋め込まれていて、絶えず位置情報を掴まれているかのように迫ってくる。それがトラウマとなっているのか、歩みを止めることはなかった。

商店街を走っている時、後方に追手らしき奴が四人は確認できた。


商店街から歩いて五分くらいの場所に城がある。

その城を囲むように公園があって、大木や偉人の名言が彫られた石碑など、身を隠せる場所が多い。

洋平は早足で城へ向かった。


突如、石碑の裏に身を隠していた洋平の携帯が鳴り響いた。

知らない番号からの着信だ。

いつもなら出ない洋平だったが、今日はなんとなく出てしまった。

聞き覚えのない女の声が聞こえてくる。

女はいきなりこう言った。

「よく聞いてね! 携帯電話であなたの位置が奴らにバレてるの! 今すぐ電源を切って! 商店街の方はまだ奴らの仲間が残ってる。携帯の電源を切って公園から出て!」

 
そこで電話は切れた。

洋平は少し考えてから、携帯の電源を切らずに石碑の裏に隠し、自身は携帯に近づく者を確認できる木の陰に隠れた。すぐ近くに公園の外へ出る細い抜け道がある。


それから五分も経たないうちに二人の追手が携帯を隠した石碑に近づいてくるのが見えた。

お昼すぎの公園内には、散歩する人やお弁当を食べている人、芝生広場には小さな子どもたちのはしゃぎ声が響いている。

散歩でも運動でもない、ましてや仕事のお昼休みでもない、のどかな風景には似合わない明らかに異質な雰囲気を放つ二人組が石碑の周囲を探っている。

二人ともグレイのスーツを着て、一見、仕事のお昼休みに外出してきたように見えなくもない。

しかし、険しい表情で周囲を見渡しながら早足で歩く姿には嫌な予感しかしなかった。

数分後、さらに別の男たちが二人やってきた。男たちはしばらく話をしたあと、二手に別れて公園から去っていった。


洋平が石碑に戻ると携帯は無事で、置いてあった場所も変わっていない。

洋平が携帯を見ると見慣れないアプリのアイコンが目に入った。


洋平は昨夜寝る前にゲームをインストールしたことを思い出した。

タイトルは「逃亡者」。

ゲーム説明には、このゲームはVR(仮想現実)ゲームで、たまに電話で伝えられる情報と、あなた自身の知恵と勇気を使い、あなたの命を狙う非情な追手から十二時間逃げてください。見事逃げ切れれば賞金一千万円。もし捕まれば、あなたは殺され、その死は現実化します。そう書かれていた。

興味本位でゲームをインストールしたものの、いつのまにか寝落ちしていたので、ゲームをスタートさせたのかはよく覚えていない。ただ、自分の口座情報を入力したような記憶はある。

洋平が携帯で、逃亡者のアイコンをタップすると「現在逃亡中 残り時間五分」と表示された。


「携帯を手放す所まではよかったけど、取りに戻るなんて期待外れだね」

不意に後ろから声がして振り向くと、五メートルほど離れた位置に黒い傘をショットガンでも撃つように構えた細身で長身の中年男性が立っている。

「これは傘に見える散弾銃さ。本物より威力は落ちるけど、今撃てば確実に当たるし、この距離だと軽傷では済まない。惜しかったな・・・・・・ゲームオーバーだ!」

「ズヴァーーン!」

とても傘から発せられたとは思えない大きな銃声が辺りに響き渡り、洋平の視界は真っ暗になった。

洋平の意識はじょじょに身体から離れていく。

洋平は死を実感した。


ゲームオーバー・・・・・・。



暗闇に少しずつ光が射してきて、丸い形の何かが目に映った。


目覚まし時計!

目覚まし時計の針は正午を指していた。


洋平はホッとすると同時に「またか」とため息をついた。

そして少し考えたあと、ボソッとこう言った。


「賞金は逃したけど、なんとなくわかった」


一週間後、洋平は新しい職を探し始めた。

今より給料は減ってもいいから、もっと自分の時間が取れる仕事につくことにしたのだ。

そこにはもう「逃亡者」は居なかった。

そして洋平は、その日を最後に悪夢を見なくなった。












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