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ショートショート【面接の朝】
男はかれこれ五分は階段を上り続けている。
「このビルはおかしい」
外から見た時は高く見積もってもせいぜい十階程度の高さだったはず。
エレベーターが無いので仕方なく階段を上り始めた男だったが、早足でいくら上っても目的地の最上階に到達しないどころか、二階にすら着かない。
それどころか各階の通路に出るはずの場所が壁で塞がっているではないか。
もはや何のための階段なのか分からない。
「百歩譲って最上階にさえ行ければいいとしても、こんなに上っているのに着かないのはなぜだ?」
男は苛立ちを隠せない。
バイトの面接会場はこのビルの最上階にあるらしい。
しかし、面接時間まであと三分を切っているのに階段は終わらない。
男は今回の仕事の時給が他より圧倒的に高いので逃したくはないのだ。
先方に事情をありのまま電話で説明すると、意外な答えが返ってきた。
「今あなたは階段を上っているんですよね? 今回は初めてですし少しの遅刻は大目にみます。とにかく最上階まで上ってこれたら採用です。無理だと思ったら階段を下りて下さい。それでは」
そこで電話は一方的にプツリと切れた。
男は立ち止まって少し考えた。
「理屈は分からないが、おそらく階段を下りれば一階に戻れるのだろう。だが一度でも下りれば不採用になるかもしれない。なので上り続けるしかない」
男はショルダーポーチから缶コーヒーを取り出し、階段の端に置いてから再び上り始めた。
何度か踊り場を通り過ぎ、五階分くらい上った所で、階段の端に缶コーヒーを見つけた。
ちょっと前に男が置いた缶コーヒーだ。
「どうなってるんだここは? 上ってきたのに同じ場所に出たのか? 缶の向きが微妙に変わった気もするな」
男は目の前で起こっていることを、もう一度確かめるかのように再び上り始めた。
「え・・・・・・?」
今度も先ほどと同じように階段の端に缶コーヒーが置いてあったが、いつの間にか缶の飲み口が開いている。
男が驚いて缶を持ち上げると、中身は空になっていた。
男は空になっている缶をポーチに入れ再び上り始めた。
「やはりこのビルはおかしい」
突如、男の携帯が鳴り響いた。
プルルル! ップッルル
プルルル! ップッルル
男は電話の音に違和感を覚えた。
しばらくして、それが携帯のアラームで、自分が夢から目覚めたことに気づいた。
寝相の悪い男は横向きで両足とも膝から下をベッドからはみ出していて、起き上がるとベッド横のテーブルの上に昨夜書いたメモ書きが置いてあった。
※ 帰りに缶コーヒーを箱買いする
男は急いで身支度を整え、バイトの面接があるビルへ向かった。
終
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