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ショートショート【エレベーター】

死んでしまったと気づいたのは、目の前に私自身が横たわっていたからだ。

片手でお腹を抑えたまま横向きで丸まり倒れている私。

その姿を見てすべてを理解した。

私はあの子をかばって刺されたんだと。


仕事を終え徒歩で帰宅する私の十メートルくらい前を、小学生が四人歩いていた。

道路の反対側から男が一人横断してくるのが見えたかと思ったら、男は小学生たちを背後から刃物で襲い始めた。

あまりの恐怖に声も出なかったが、気持ちを奮い立たせ、手に持っていた携帯で通報した。

一人の男の子が切りつけられたのを見て、残りの子供たちは叫び声を上げながら逃げ出した。

切りつけられた子は切られた首を抑えてその場でうずくまる。


男がとどめを刺そうとしたのと、私が無我夢中で男に体当たりしようとしたのは同時くらいで、気がつけば私の腹部に刃物が深く刺さっていた。私は刃物が刺さったまま男にしがみついて男の子に近づかせないようにした。


薄れゆく意識の中で、発砲音らしきものが聞こえ、そのあと男を取り押さえる人の姿が見えた。

それが通りがかりの人なのか、あるいは警察官なのか、私には判別することもできなくなっていた。


私は自分の置かれている状況を理解し、切りつけられた男の子が乗せられた救急車に乗った。

すでに病院へ向け走り出していたが、簡単に車内に入ることができた。



「その子は大丈夫ですよ。あなたのおかげでね。よくがんばったね」

声のした方を向くと、救急隊に混じって紺色の着物を着た若い男が一人立っている。

それが誰かはすぐに分かった。

私のおじいちゃんのお父さんだ。

一度も会ったことはないのにハッキリと分かった。


「未練もあるでしょう。時間は十分ありますから旅立つ前に皆さんにお別れを」

私はそれから自分の葬儀に出席し、生前お世話になった人たちにお別れを言いに回った。おじいちゃんのお父さんは、その様子を穏やかな表情で見守っていた。


私が亡くなってから五十日が経とうとする頃、おじいちゃんのお父さんは私をある場所に連れてきた。

「さあ、これに乗って行きなさい」

私の前にあったのはエレベーターだった。

階層の表示も上下のボタンも無いが、エレベーターに見えた。

扉は開いている。


その時、突然あの時の男がやってきた。

男の子を切りつけ、私を刺したあの憎っくき通り魔だ。

男は一緒に来たと思われる人に、何やら意味不明の悪態を吐きながらエレベーターに乗り込んだ。

扉はゆっくりと閉まった。

男の姿が見えなくなってから「なんで?」と呟くと、おじいちゃんのお父さんは彼も死んだことを教えてくれた。

あのあと、近くを巡回中の警察官が駆けつけたが、刃物を持って暴れたため発砲され、当たりどころが悪くて亡くなったようだ。


しばらくして男が乗り込んだエレベーターの扉が開いた。

もう中は誰も乗っていない。

「男はどこへ行ったのだろうか? 私が乗れば、あの男と同じ場所へ行ってしまう? そんなの嫌だ」

私がそう考えていると、おじいちゃんのお父さんは、ゆっくりとした口調で言った。

「同じエレベーターでも着く場所はそれぞれ違うんだよ。その人の心のあり方に合った場所へ行くのさ」

「それは地獄?」

「地獄と呼ばれる場所は無いんだけどね、同じ心のあり方の人間が集まるということは、穏やかで優しい人が集まれば、みんなで協力しあって楽しい世界になるし、自分の欲のために他人を傷つけたり騙そうとする人が集まれば、それは地獄と言えるのかもしれないね。下層の方は見た目も現世とよく似ていて、まるで物質社会だよ。さっきの人はエレベーターに乗ってどこまでも下がっていった。さあ、あなたもお行きなさい」


言われるまま私が乗り込むと、扉は自然に閉まり、閉じていく扉の外からおじいちゃんのお父さんが笑顔で手を振っていた。


私を乗せたエレベーターがどこまでも上昇していくのが分かった。

エレベーターが止まり扉が開く。

降り立った私の視界に飛び込んできたのは、絵に描いたような美しい自然と、涙を浮かべて私の帰りを喜ぶ人たちだった。

「辛かったでしょ。よくがんばったね」













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