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SS【負の情念】

その日、サトシは人をあやめた。

相手はまだ未成年だった。

世間では半グレなどと呼ばれる厄介な存在だった少年。


寄せ集めの関係も多く、下手をすると仲間の名前すら知らない場合もある。

そんな奴らが警察やヤクザ組織と裏でつながっているとさらに始末が悪い。

何の罪の無い家族が殺されても被害者は泣き寝入りすることになる。

かといって法の裁きを逃れた狡猾な犯罪者相手に、素人が復讐するのは、たとえ成功したとしても代償が大きいだろう。


そこでサトシのような掃除屋の需要が生まれる。

サトシが仕事を引き受けるのは家族が殺された場合のみで、加害者はもちろん被害者のことも徹底的に調べ上げる。

仕事の報酬は難易度や依頼者の資産状況によって変わる。

最低500万からで、サトシ自身が復讐したい気持ちに共感できなければ、たとえ1億積まれても仕事は受けない。掃除屋なりのポリシーがあるようだった。


ずっと裏社会で生きてきて今年で50歳を迎える。


掃除屋を引退し、呪われた過去に別れを告げ第2の人生を送りたい。

稼いだ2億があれば働かず細々と生活できる。

サトシはそう考えていた。


サトシは唯一信用している情報屋に引退することを伝え、「今まで世話になった。俺の存在は忘れてくれ」と言って300万入りの封筒を渡した。


情報屋は「惜しいな、分かった」と言って頷き、せんべつがわりにとっておきの情報を教えてやると言って、ある場所と時間の書かれたメモ書きをサトシに渡した。

そこへ行けば人生をやり直すための情報が手に入ると言う。

情報屋は別れ際に、「人生をやり直せ」と言い残し去っていった。


数日後、サトシは真夜中の美術館へとやってきた。

監視カメラと警備員の位置を確認しながら建物横の白く幅の広い階段をゆっくりと昇るサトシ。階段横の芝生の上には、暗闇の中で正体不明の野外展示物が10メートル置きくらいに配置されていた。

階段を昇った先は広場になっていて、大きさの異なる3体の鬼の銅像らしき作品がそれぞれまったく違う方向を向いて飾られていた。

サトシは2番目に大きい鬼の銅像から不穏な気配を感じとった。


サトシは銅像と距離をとったまま声を発した。

「あんたか? 情報をくれるってのは?」


すると銅像の後ろから警備服姿の還暦すぎくらいの男が現れた。

どうやらここの警備員らしい。

監視カメラで敷地に入る者を確認し、自分の客であると判断して姿を見せたのかもしれない。


「サトシさんだね。話は聞いてる。カメラに顔を向けなかったんで最初は誰か分からなかったよ」

「で、情報は・・・うっ!」

サトシが聞き終わる前に警備員が信じられない速さで間合いを詰めてきた。

気がつくとサトシの腹部に深々とナイフが突き刺さっている。

倒れ込むサトシに向かって、警備員の男は落ち着いた口調で話しかけてきた。

「あんたの最後の仕事で犠牲になったのは私の一人息子でね。私に似て出来の悪い子だったが、私にとっては生きがいだった。小さい頃から絵が上手でね、もう裏社会からは足を洗って働きながら絵を描いて暮らしたいと言っていたよ」


意識がもうろうとするサトシの耳にサイレンの音が響く。

警備員は自ら通報した警察に連行され、サトシは病院で一命をとりとめた。


一週間後、サトシの病室に情報屋がやってきた。

「あんた、俺を売ったのか?」

問いただすサトシに対して情報屋はこう言った。

「私もお前さんに仲間を殺された。最後の仕事の前に殺されたのは私の親友だった。だがもう気は済んだよ。ほら、お金は返すぞ! これで今度こそお前さんのことは忘れてやる。じゃあな!」


病室をあとにする情報屋を目で追いながら、サトシは力無くうなだれた。


後日、退院したサトシは明るい時間にふたたび美術館へやってきた。

もう情報屋にも警備員にも用はない。


目には見えない運命の力に導かれたのか、その日は人間の情念を題材にした絵が集められていた。

サトシはある一枚の絵にひきつけられた。

その絵はまるで、サトシが今まで殺した犯罪者とその家族や恋人たちの情念が迫ってくるようだった。














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