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SS【半透明な悪魔】


男は一匹狼の泥棒だった。

身軽で頭も切れる。非情な性格で自分の利益のためなら容赦なく刃物を振るった。

ある日、男が部屋で戦利品を鑑定しながら酒を飲んでいると、壁掛け鏡の中から声が聞こえた。

男は違法薬物をやっていたので、いつもの幻覚と思ったのかそれほど驚かなかった。

声の主は悪魔だった。

悪魔は身体が透けて見える。

悪魔は壁掛け鏡の中から出てきてこう言った。


「暗闇でも昼間のように遠くまで見渡せる力をやろう。お前の仕事にきっと役立つはずだ」


「取り引きか? 見返りは何が欲しい?」


「なあに、今回は初めてだ。タダでいい。だがこの能力には副作用がある」


「副作用?」


「能力を使ってから一時間は決してある物を見てはいけない」


悪魔はどこから出してきたのか蜂の巣の一部を男に見せた。


「集合体恐怖症という奴さ。小さな穴の集まりやブツブツしたものに嫌悪感を抱いたり吐き気を催す。能力を使ってから一時間は集合体に異常なほど過敏になる。せいぜい気をつけることだ」


その夜、男は街灯の少ない道を歩いた。男が強く念をこめて目を見開くと、暗く見通しの悪い夜道は、昼間のようにくっきりと遠くまで見渡せた。

そこへタイミングよくハンドバッグを持った女が前から歩いてきた。

女は暗闇の中にたたずむ男に気づいていない。

男は正面からナイフをつけつけ「騒ぐと殺すぞ」と脅し、女のハンドバッグを奪い取った。

すると女は刺されると思ったのか、恐怖に震え、ガードするように両腕を前に突き出した。

その腕は一面に鳥肌が立っている。


鳥肌を見た男は、集合体恐怖症の人が小さな穴の集まりを見た時の嫌悪感一生分を、数秒に凝縮して体験してしまった。

地の底から這い出てきたシカバネのような、とても人間から発せられたとは思えないおぞましい声を上げ、それからすぐに白目をむいて倒れた。

その表情は恐ろしい呪いにかかったように歪んだまま硬直している。

女はバッグを手に取り逃げていき、男はそのまま二度と起き上がることはなかった。


その一部始終を見ていた半透明な悪魔がニヤリと笑った。


「思ったより早く手に入ったな」


半透明な悪魔はそう呟くと、男の身体を乗っ取った。


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