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SS【非情食】
ぼくの奥さんは山で遭難した過去を持つ。
前の旦那と二人で登った山で下山中に道を見失い、さんざん迷った末に泊まる準備もないまま夜を迎えた。
車に携帯を忘れてきた旦那は、奥さんの携帯を使おうとして手を滑らせ落とし、それを探しに道なき道を進んだ二人はさらに迷うことになった。
食事もできないまま二週間後、奥さんはなんとか自力で山を降り、旦那は変わり果てた姿で発見された。
旦那は奥さんとはぐれ、その後動物に襲われて食べられたようだ。
そして今、ぼくと奥さんは窮地に立たされている。登山経験豊富な奥さんが道に迷い、奥さんだけが頼りだったぼくはお手上げだ。もしもの時の非常食もない。
奥さんは家に携帯を忘れてきて、片やぼくは携帯を修理に出している。
そもそも喧嘩した翌日に奥さんはなぜ急に山に行こうと言い出したのか理解できない。もっと前もって色々準備するものではないのかと不思議だった。持ち物といえば飲み水が少しあるだけ。
結局、食事もできないまま野宿することになった。冬山だったら寒さでとっくに死んでいる。
木の下にうずくまったぼくは、月明かりしかない闇の中で、野生動物がいつ襲ってくるか分からない恐怖に震え、物音に過敏になっていた。
「食料も連絡手段も無いこの状況でどうして君はそんなに平然としていられるの? 過去に遭難した時はどうやって食料を確保したんだい?」
すると奥さんはポーチから鋭利なナイフを取り出した。ナイフの刃に反射した月明かりが奥さんの顔を照らす。その表情はまるでご馳走を目の前にした子どものように嬉しそうだ。奥さんはゆっくりと口を開いた。
「食料? 食料ならあるじゃない。あの時も今もね」
暗闇の中、非情な本性を現した奥さんがゆっくりと近づいてくる。
ぼくはようやく、なぜ奥さんだけが生き残ったのかを理解した。
その時、突然黒い大きな影が奥さんに覆いかぶさった。
熊だ!! 奥さんは悲鳴を上げてぼくに助けを求めたが、ぼくは闇に同化し動かなかった。
暗闇の中に消えていく熊と奥さんを見つめながら、ぼくは「サヨナラ」と呟いた。
終
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