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SS【間違い探し】

女はかれこれ二十分ほど、鉄筋コンクリートで造られた狭い通路を行ったり来たりしていた。


女はなぜ自分がここに居るのか分からないのか焦りの表情を見せる。


一人旅で訪れた田舎町。


町は周りを高い山々に囲まれた盆地にあり、山から降りてくる冷気の影響で濃い霧が時々発生する。


宿へ戻る途中、四方八方を濃い霧に視界を奪われた女は、いつの間にか出口の無い通路に迷い込んだ。


通路は長い一本道で、どちらに進んでも扉に突き当たるだけ。


ここに来るまでに通ったであろう階段も別の通路も無い。


女は何度も往復して、これではいけないと思ったのか、通路の突き当たりにある扉をノックして「すいませ〜ん」と声を上げた。


部屋の前には部屋番号も名前も表示されておらず、呼び鈴もインターホンも無い。


監視カメラも見当たらなかった。


いくら呼んでも返事は無く、今度は反対側の突き当たりの扉の前でも同じように呼びかけた。


返事は無い。


誰も居ないのだろうか?


女はこのままではここから抜け出せないと焦ったのか、意を決した様子で扉を引いた。


鍵は掛かっておらず、簡単に開いた。


玄関に靴は無く、部屋の照明も点いていないようだ。


そこは飯場のような部屋で、部屋は一つだけ。


トイレや風呂、洗濯機もない。


きっと違う場所にあるはずだが、女が見る限りでは、そこへたどり着くための道は無い。


唯一あった家電は小さなブラウン管テレビ。


テレビ台の代わりに分厚めの週刊誌が積み上げられている。


テレビの上にはペットボトルのジュースを買った時におまけでついてくる、赤いキャップの上にキャラクターが立つオモチャが横一列に十数個飾ってあった。


床は畳が敷いてあって部屋の隅には小さな三段の本棚。

その横に書類立てが置いてある。


入り口側の壁には二段の押し入れとクローゼットが並んでいた。


入り口から向かって右側の壁には額に入った絵が飾られている。


立ったまま片手を真上に突き上げ、笑顔で空を指差す女の子が描かれていた。


その絵からは、私がナンバーワン! 私について来い! とでもいうような勢いがある。


部屋の中央には木製で四本足のローテーブルがあり、上には閉じた状態のノートパソコンがあった。


色はシルバーでマウスは無い。


パソコンの横に幅の広い蒼色(あおいろ)のコーヒーカップと、その下に同じ色のソーサー(受け皿)。




窓からは西日が畳をこがすくらいの勢いで照らしている。


窓枠の両脇でまとめられた光を通さない真っ黒なカーテンは、飯場に住む夜勤者の部屋によく使われるものだ。




女は部屋を出て通路を進み、反対側の部屋の扉も開けてみた。


こっちも鍵は掛かっていない。


女は扉を開いた瞬間に目を疑った。


今しがた反対側の部屋で見た光景と非常によく似ている。


玄関に靴は無く、分厚めの週刊誌を積み重ねた上に置かれた小さなブラウン管テレビ。


テレビの上にはペットボトルキャップのオモチャ。


畳の部屋の隅にある小さな三段の本棚と、その横には書類立て。


入り口側の壁には二段の押し入れとクローゼット。


入り口向かって右側の壁には、真上を指差す笑顔の女の子の絵。


部屋の中央には木製で四本足のローテーブル。上にシルバーのノートパソコンがある。

こちらもマウスは置いてない。


パソコンの横には幅の広い藍色(あいいろ)のコーヒーカップと、その下に同じ色のソーサー(受け皿)。


窓枠の両脇には光を通さない真っ黒なカーテンがまとめられている。



女は何かに気づいた。


目を疑うほど似た部屋の景色。


でも何か違う。



最初に気づいたのはノートパソコンだった。


最初に入った部屋ではパソコンは閉じられていた。


しかしこっちでは開いている。


女は部屋に上がりパソコンのタッチパッドを中指で押し込んだ。



画面が明るくなり、そこに浮かび上がった文字を見て女は眉間にシワを寄せた。


そこにはこう書かれていた。


(こんにちは美咲さん。帰還しますか?)


美咲は女の名前だった。


女が(帰還しますか?)の問いに(はい)をクリックすると、(パスワードを入力)と表示された。



女はパソコンの前で座り込み考えている。


そして女が気づいた二つめの違いはコーヒーカップとソーサーの色だった。



女は空のコーヒカップを手に取った。


するとカップで隠れていたソーサーの真ん中辺りに黒マジックで(25と小さく書かれている。


女は次にテレビの上の違いに気づいた。


先程の部屋にあったペットボトルキャップのオモチャはキャップの色がすべて赤だった。


しかしこの部屋のキャップは、数は同じくらいだが、左から二番目だけ白いキャップのオモチャが置かれている。


女は白いキャップのオモチャを手に取り、指先で器用にクルクルと回しながら調べた。


するとキャップの裏に黒マジックで98)と書かれている。



女はふたたび暗なっているパソコンの前に座り、タッチパッドをクリックして2598とパスワードを打ち込んだ。


だが弾かれてしまう。


女は他にもヒントがないか、先ほど部屋との違いを探した。




そうしている間に陽は沈み続け、部屋は少しずつ暗くなってくる。


女は壁にある部屋の照明のスイッチを入れようと立ち上がった時、たまたま視線が向いた先の壁に飾られている、真上を指す女の子の絵の違いに気づいた。


こっちの部屋の絵は女の子の指先が輝いている。


女は部屋の照明を点け、絵をじっくりと見た後ひっくり返した。


額の裏には真ん中に小さくマジックで41と書かれていた。


女はパソコンに254198とパスワードを打ち込んだ。


パスワードは正解だったようで(帰還します)と表示された。





立ちくらみのような感覚を覚えた女は、次の瞬間、気がつくと宿の前に立っていた。



すでに夕暮れで、霧もすっかりと晴れている。


女は疲れ果てた様子で謎解きの無い部屋へと戻っていった。




霧の濃い日は神隠しが起こる。


霧は次元の狭間に人をいざなう。

この町では、たまにそんな噂が聞こえてくる。




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