[短編フィクション] Tくんのこと
Tくんは、ニューヨーク市内の小学校の2年生です。今日も、たぶん、どこかの教室の、一番後ろ、入り口の近くの席に、座っていることでしょう。
隣に、お友達が座ると、話しかけてしまうので、先生が決めた、離れた席に、一人で座っています。
ひとつ、Tくんについて、言えることは、いつも、ニコニコ、嬉しそうだと言うことです。
だいたい、学校には、楽しそうにしている大人も子供も、あまりいません。泣いたり、叫んだり、暴れたりする子供もいますし、先生も、大声を出したり、文句を言ったり、顔をしかめたりしていることが多いです。そして、生徒には、いつもふざけず、真面目に座るように、指導しています。
毎朝、7時45分ごろ、遅れず、学校にくるTくんに、「いつも、楽しそうだね。」と声をかけると、Tくんは、いつもの通り、ぽけっと、少し笑顔を返します。
もう、一つ、Tくんについて、言うとすれば、Tくんは、学校のお勉強は、いっさい、しないということです。先生が、教科書を開くように言っても、Tくんの机は、空っぽです。「教科書どうしたの。」というと、「なくした。」と言います。
でも、本当は、Tくんの教科書は、1年も終わると言うこの時期、真新しいまんま、机の中に積まれています。他の生徒の、机の中は、配られたプリントやら、教科書で、めちゃめちゃだったりしますが、Tくんの机の中は、整頓されて、きれいです。先生から、配られたプリントは、どこに行くのか、わかりません。Tくんが、問題を解いたりすることは、ありません。
先生は、Tくんに対応するのが、面倒くさいのでしょう。Tくんを、だいたい無視しています。ただ、お友達と話していることも多いので、時々、注意したりします。義務教育ですし、Tくんが、一人で、静かに座っていれば、勉強はしなくても、問題ないようです。
クラスでは、泣いたり、叫んだり、他の生徒と喧嘩する子供がいますが、Tくんは、泣いたり、大声を出したり、暴力をふるったりすることは、ありません。だいたい、いつも、誰かと、ひそひそ話したり、ふざけあったり、一人で、ニコニコ座っています。
教室から、走り出ていく生徒もいますけど、Tくんは、そういう子達を見て、面白いと思っているようです。応援して、席から、小さな声で、「よし、今だ。いけ!」と言ったりします。けれど、Tくんは、走り出たりはしません。
一度、教室の前の方で、先生が、みんなに算数の説明をしている時、Tくんが、席から歩いて行って、参加しようとしたことがありました。そしたら、先生が、「あ、Tくん、呼んでないよ。来ないで。」と言いまして。それで、Tくんは、また、一人で、後ろの席に戻っていきました。
こんな時、他の子供なら、泣いたり、怒ったりするかもしれませんけれど、Tくんは、いつもの通り、笑顔のままで、気にしている様子は、ありません。
Tくんの成績は、悪いですが、それも、Tくんは、気にしていないようです。
話をすれば、わかりますが、Tくんは、頭が悪いわけではありません。ただ、学校の勉強をしないと言うだけです。
Tくんは、絵を描くのが好きで、絵を描いてもよいと言われると、紙に向かって集中します。
私は、7歳のTくんは、凄いなぁと、ひそかに思っています。朝の7時45分から3時まで、ずっと、何もせず、ニコニコ、先生に無視されても、怒られても、座っていられるのは、すごいと思います。
Tくんが、どんな大人になるか、わかりません。それでも、この世界で、今のまんま、飄々と生きていける気がします。そうでなくちゃ、と思っています。
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