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ゆったり構えて生きるという話


前回、「凡才フリーランスの生き残り方」についてぶわーっと書いた記事がわりと多くの方に見ていただけたようでして…
ありがとうございます!
(記事書くのがひさしぶりすぎて、文体が変わってしまったのはご愛嬌ということで💦)

ネガティブな選択としてのフリーランス


この記事を書いたあと、実はちょっと反省してまして…

それはなぜかというと、フリーランスを必要以上に美化してしまっていないかと不安になったんですね。

他のnoterさんの記事を読んでいると、「これからフリーランスで一念発起して頑張るぞ!」と息巻く人も多いですし、「フリーランスになって本当によかった!!みんなもなりなよ!」とまぶしいくらいの充実を手にしている人もよく見かけます。

そんな人たちと比べて、ぼくはどうだったかというと。

正直、会社員がしんどいのでフリーランスしか道がなかった、っていう。
いや、アルバイトや派遣社員でも良かったのかもしれない。(派遣も少しハードル高かったかもしれない)

とにかく、自分が仕事を選べないし、上司も選べないし、今でいう”ガチャ”的な要素が多すぎたというのと、責任の重圧に耐えられなかったんですね。いやぁ、生意気な若造でした(笑)

たしかに生意気だったんだけど、今のぼくが20代そこそこのぼくに対して、

若いうちから仕事を選ぶな!

辛いかもだけど上司には従え!きっと経験が役に立つときが来るから!

新卒のペーペーが責任もくそもないだろう?任された仕事をやれ!

とは言えないんですね。

たぶん、今のぼくのメンタルそのままで20代に戻ったとしても、同じことを繰り返すと思います。

どの道、ぼくは会社員で生きていくという選択肢がなかった。
フリーランスを選んだから、自分が特別な人間だなんて全然思っていません。社会に適合できなかった人間の逃げ道として利用しただけなのです。

ぼくはこれまで逃げて逃げてなんとか生きながらえている人間で、逃げすぎて「逃げる」ことに対するネガティブな気持ちは年々なくなってきています。
娘にも、『どうしても困ったらもう盛大に逃げろ』と言いたい。ただし、人に迷惑はかけちゃダメだよ、と。

そんなわけで、ぼくはフリーランスの話をポジティブに話すというよりは、一つの働き方、生き方として、現実をありのまま話したいと思う派(?)です。そういう風になった、というべきかもしれません。

キャリアドリフトという考え方


最近、kindleのライブラリを見てたらこんな本が出てきまして。

いまはVUCAの時代。10年後、20年後の自分のキャリアを思い描くのはナンセンス。
そんなことより自分の”軸”や”(生き方の)方向性”を決めて、後は偶発的な出会いに身を任せる『キャリアドリフト』的な考え方でもいいんじゃないか。

といった話が書かれてありました。

ぼくはまさにこの『キャリアドリフト』的な生き方をしてきたと言えます。
自分が決断したことなんて数えるほどしかありません。

フリーランスという生き方を選んだときと、
大学受験に失敗して浪人したときに

「んー、行きたいとこないけどとりあえずパソコンに詳しくなっておけば食いっぱぐれないだろう」

と軽ぅ~く考えて情報工学の道を選んだときくらい。

あとは人との出会いとか、紹介された仕事をやって、のらりくらりと生きています。人のつくった流れに乗っかって流される、まさにドリフト(漂流)。

軸を決めようと明確に思った記憶はないのですが、強いて言えば、
やりたいと思ったときにすぐ動ける状態にはしておこう
という指針を無意識にもっているんだろうな、とは思っています。

  • ぼんやりとしているものの、軸っぽいものはたぶんもっている

  • 合わないと思ったら逃げる

  • 汎用的なスキルとしてとりあえずパソコンは不自由なく使えるようになっておく

といった、いかだの漕ぎ方はしつつも、基本的には流れるがまま。
寄り道したいときはがっつり寄り道をする。

この生き方が向いている人とそうでない人で分かれると思うけど、ぼくには合っているっぽい。

流れるがままフリーランスとして働いてきたのですが、起業も”流れ”で決めたものでした。

取引先との契約の関係で法人化せざるを得ず、渋々(?)法人成りしたのです。
なのでほぼほぼフリーランス時代と働き方は変わらず。業務委託の人に少し手伝ってもらうとか。言ってもそれくらいです。

言いたいこと


何を言いたいのか分からない記事になってしまいましたが(笑)

ぼくのように、中長期的な目標を立てようとしても息が続かない人は多いのではないかと思います。

であれば、とりあえずご飯を食べるための仕事を選んで、淡々とやってみる。その中で、自分の心に正直になってみる。

これ、結構難しいことだと思うんですよね。
ついつい強がって、本当は嫌いなタイプの仕事なのに、そういう仕事に限ってお金がたくさんもらえちゃったりするので、好きだと思いこんでしまうとか。

いまのところちゃんと仕事こなせているけど、この仕事が5年10年続けたいと思うだろうか?と静かに自問してみる。

この仕事の「こういうところは好きだ(嫌いだ)」といった具合に、受けた仕事を要素分解してみるのは大事なんじゃないかなぁ、と思っています。

これをしないままただ流されていると、東京湾から太平洋に流されて終わりなき旅になってしまう(笑)
流されるまま仕事を受けつつも、その仕事から自分が心躍るエッセンスを抜き出す。
逃げたいと思う仕事ならそういう仕事だったんだと思って、自分の適性だと思ってストックしておく。

あんまり短期的に自分の生き方とか適性を判断せず、もっとゆったり構えていいんじゃないかと思った話でした。


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