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『DREAMCATCHER-ドリームキャッチャー』第一話


あらすじ

 ボサボサの髪と無精ヒゲ、全身を覆う謎のタトゥー、自らを「名無しの権兵衛」と名乗る謎の青年・ジョンは、針金で作られた「ドリームキャッチャー」と呼ばれるアイテムを使い、人知れず悪夢退治をしていた。「悪夢」とは悪魔の一種で、人々に取り憑き、夢遊病や睡眠不足などの睡眠障害を引き起こす。取り憑かれた人間は心身共に疲弊するなどして、やがては命を落とすと言う。新聞社で働く女性・ニコルも、悪夢に取り憑かれ、命の危険に晒されていた。悪夢の策略に嵌り、絶体絶命のニコル。そこへジョンが駆けつけ、ドリームキャッチャーで悪夢を退治する。悪夢に取り憑かれた人々を救うため、ジョンは今日も戦い続ける。

補足

・ドリームキャッチャーとは、アメリカ先住民に伝わる魔除けで、寝る時に枕元に置いておくと悪い夢を見ないと言われています。一般的には、柳の枝を円形にして、円の中にクモの巣の様に糸を張り巡らせ、動物の角や鳥の羽を飾り付けますが、作中のドリームキャッチャーは針金製です。これはジョンが針金細工が趣味という設定から来ています。また、針金は一般的な灰色のものでは無く銅色です。
・ライバルの登場、第三の敵、ジョンの過去(悪夢退治をする理由、身体のタトゥーなど)の設定やお話は、断片的にですが考えてあります。4話以降、徐々に明らかになっていく予定です。ドリームキャッチャーの説明(元々は先住民の魔除けであること)も4話以降を予定しています。
・物語のコンセプトの一つに「人の死は書かない」というものがあります。そのため、この作品では事件事故、悪夢に殺されるなど、モブを含めて「人間」は誰も死にません。

本編

※舞台は現代、架空のアメリカ。
〇冒頭(作品の紹介)
 司祭服らしい恰好をした人影が円形の針金細工を手に佇む絵と、四角い吹き出しのナレーション。(絵と台詞は後の伏線になる)。
紹介 『昔々、あるところに、一人の少年がおりました。少年には、大きくなったら悪魔と戦うと言う夢がありました。ある日、少年は一人の少女と出会いました。そして、戦う為の力を手に入れたのです―――』

*****
〇オフィス街(春頃・午前)
 新聞社のビル。慌ただしい社内。
 書類を手に叫ぶ上司(五十代位の男性。人種は問わず)。
上司 「ニコル!仕事だ!」
ニコル「はぁ~い!事件の聞き込みですかぁ?芸能人のインタビューですかぁ?」
 メモ帳とペンを持ち、首からカメラを提げ、目を輝かせるニコル。
【ニコル:20代前半の女性。ウェーブ掛った赤毛、そばかす、メガネが特徴。明るい性格】
 首を、クイッと動かす上司。部屋の外を見るように指示。ガラス戸の向こう側、セクシーな恰好をした女性が数人、嬉しそうに手を振っている。
上司 「いつものやつだ。よろしく頼む」

〇ファストフード店(夕方)
 テーブル席。ハンバーガーをやけ食いするニコル。落ち着いた様子でコーヒーを飲む同僚の男性。(ニコルより年上で、真面目そうな印象。準レギュラーの予定)。
ニコル「ったく!何で!私が!アダルト広告!作んなきゃなんないのっ!」
同僚 「センスがあるからね。お陰で儲かってるってさ、広告コレ目当てで購読するお客さんが多くて」
 テーブルに新聞。横長の広告で、一人の女性と〈delivery call〉の文字、(QRコードかサイトのアドレスも)が書かれている。
 スマホを操作する同僚。新聞社のホームページ。先程の女性達が写る広告バナー。いずれも目を惹くデザイン。
ニコル「広告じゃ無くて記事で勝負しなさいよ、新聞社なら!」
 イラつき気味にハンバーガーを食べるニコル。
 同僚のスマホに着信。電話に出る同僚。
同僚 「もしもし。これからですか?ええ、大丈夫です。では、後程」
 電話を切り、立ち上がる同僚。
ニコル「もしかして、例のアレ?」
同僚 「仕事とは言え、毎日呼び出されるのはキツイね」
ニコル「無理しちゃダメよ」
 心配そうに同僚を見るニコル。
同僚 「お互いに」
 微笑む同僚。店を出る。
 手を振り、見送るニコル。同僚の姿が見えなくなった途端、穏やかな顔に嫉妬が浮かぶ。
ニコル「ムキーッ!!」

〇街中(夜・満月)
 テイクアウトの紙袋からポテトを取り出し、頬張りながら歩くニコル。大股歩きでイライラ気味。
ニコル「私は!記者になりたいの!自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の力で調べて、自分が知った事を、自分の言葉で伝えたいの!フォトショとイラレが使えるからって、入社してからずっっっと広告作ってばっか!私にも取材させてよっ!一面の記事書かせてよっ!」
 ニコルの前方、ふらふらと歩いてくる通行人の男性。ドカッ、とニコルにぶつかる。
 尻餅をつくニコル。通行人にキツく当たる。
ニコル「痛ったぁ~…。ちょっと!ちゃんと前見て歩きなさい!まさかスマホでアダルト広告見てたんじゃないでしょうね!?そんなの家でゆっくり見て…、!?」
 通行人の顔を見て、驚くニコル。
 ニコルの目の前に立つ通行人の男性。三十代位で、パジャマ姿。大きめのショルダーバッグを肩から提げている。閉じた瞼、ぽかんと開いた口から涎が零れている。首が傾き、立ち方がだらしない。さながらゾンビ風。
ニコル「ゾッ、ゾゾゾゾゾンビー!いやーっ!噛まないでーっ!」
 紙袋を盾にするニコル。
通行人「(いびき)グー…、グー…」
ニコル「!? いびき…?」
 ニコルの傍をふらふらと歩く通行人。そのまま地下鉄の出入口へ向かう。
ニコル「何?あの人…」
 不思議そうに通行人を見るニコル。

 以下、通行人の動き。
 地下鉄。バッグからICカードを取り出し、改札機を通る。ホーム。ラインから出ずに電車を待つ。電車が到着。ドアが開き、乗客が降りた後で、乗り込む。バッグを膝の上に乗せ、空いている席に座る。(帰宅時間のピークは過ぎており、ホームや電車内の客はまばら)。
 通行人から離れた場所に座るニコル。不思議そうな様子で観察する。
ニコル「映画の撮影?それとも大道芸の練習?まさか新種の病気?気になる…」

 電車を降りる通行人とニコル(ニコルは通行人にバレないよう距離を取る)。地下鉄の出入口を出て、静まり返った通りを歩く。
 墓地。施錠はされておらず、出入りは自由。ふらふらと入っていく通行人。とある墓石の前で止まり、墓石に腰を下ろす。バッグから紙や筆記用具、資料の本を取り出す。ぶつぶつと何かを呟きながら、マンガを描き始める。
通行人「…な、るんだ、せか、いいち、の、ま、んが、か、に…」
 石像に隠れて、様子を伺うニコル。
ニコル「もしかして、寝ながら仕事してる?でも、どうして…」
 突然、通行人に向かって複数の細い線が飛んで来て、通行人の手や身体に巻き付く。
ニコル「!?」
 目を丸めるニコル。月光に照らされた線を見る。
ニコル「…糸?違う。あれは、針金…?」
 見上げるニコル。
 教会の屋根、十字架と満月を背に立つ人影。逆光で顔は見えない。司祭服のようなシルエット。
ニコル「…なっ、何っ…!?」
 目を見開き、驚くニコル。
 懐から円形に編まれた手のひらサイズの針金細工を取り出す人影。ぼそりと唱える。
人影 「badream becomes goodream」
 円形の針金を通行人に向けて投げる人影。通行人の顔の前で止まり、パッと輝く針金。
 眩しさに目を細めるニコル。
ニコル「キャァッ…!」
 照らされる通行人の身体。通行人の目が開き、目玉に怪しい影が映る。ズズズと、円形の針金に吸い込まれようとする影。その瞬間、通行人の片目が、ぎょろりとニコルに向く。ほんの一瞬、目が合うニコルと通行人。輝きを増す針金。手で顔を覆うニコル。

*****
〇新聞社(後日・午前中)
 社内。自分のデスクで、頬杖をつき、寝ぼけているニコル。
 傍に立つ同僚。
同僚 「…コル、ニコル…」
ニコル「(ハッとして)! フォントの大きさはこちらで宜しいでしょうか…、あれ?」
同僚 「眠そうだね。悪夢にでもうなされた?」
ニコル「…悪夢…」
 ニコルの脳裏に例の人影が浮かぶ。
ニコル「…針金…」
同僚 「針金?」
ニコル「ぐるぐる巻きにして、丸いのを顔に当てて、そしたらピカッと光って…」
 ぼんやりと話すニコル。
 眉を顰める同僚(何かを知っている様子)。
同僚 「…針金。まさか…」
 ニコルに近付く上司。
上司 「ニコル、仕事だ」
ニコル「はーい。オネエサンの広告ですか?不倫マンガの宣伝ですか?」
 紙切れを渡す上司。
上司 「取材だ。行ってくれ」
ニコル「えっ!?わっ、私が!?どうして…」
 目を丸めるニコル。
 不思議そうな顔をする上司と同僚。
同僚 「一昨日の一面記事、覚えてない?」
 ホワイトボードを指さす同僚。壁に掛かった大きめのボード。一際大きな一面記事と、その続報記事が張り出されている。スーツ姿の男性(議員)が女性(活動家)から何かを受け取る写真と、〈DECEIVE THE CITIZENS〉の見出し。ボードに〈No.1121 Nichol(社員番号と記者の名前)〉が書かれている。
上司 「やらせの仕込みだ。反対派のフリをした議員が、推進派の活動家と台本ありきの討論を行う。ありもしないエビデンスを受けて、議員は推進派に回る。〈今までの俺が間違ってた〉とか言ってな。その後は議員の力を使い、規制を強化するシナリオだ。活動家と政治家の噂は幾つかあったが、この議員はノーマークだった」
同僚 「他社よそが悔しがってるよ。〈俺達の獲物ネタを先に撮りやがって〉って」
上司 「午後から議員の会見がある。根掘り葉掘り突っ込んで来い」
 デスクの電話が鳴る。内線。受話器を取るニコル。
ニコル「はーい」
内線 『〈Dプランのお客様〉です。広告の件で、担当者と話がしたいと』
ニコル「了解ー」
 受話器を置く。残念そうな顔をするニコル。
ニコル「それなら他の人にお願い。私は私の仕事があるから」

 ノートパソコンと広告用の資料を手に、エレベーターに一人で乗るニコル。壁に寄り掛かり、複雑そうな顔をして、ぽつりと呟く。
ニコル「信じられない。私が一面の記事を書くなんて…。でも、いつの間に取材なんか…」
 ぼんやりとしたニコルの目。目玉に映る影らしきもの。

 ガラス張りの部屋。クレーマー対応用で、外から中の様子が見える(室内には防犯カメラが設置されているが、声は外には聞こえない)。部屋の外、出入口に大柄の警備員が立っている。
 テーブルを挟み、対面で座るニコルとジョン。ジョンは書類を書きながら答える。
ニコル「もう一度聞いて良い?広告の申請で、苦情では無いと」
ジョン「そうだ。なのに、迷惑客用の部屋に連れて来られた。言っとくが、オレは愛読者だ。ここ以外の新聞は読んでない」
ニコル「…そりゃ、この格好ならね…」
 ジョンの恰好を見て、ぽつりと呟くニコル。
【ジョン:20代後半の青年。ボサボサの髪、無精ヒゲ、変な日本語が書かれたTシャツとカーゴパンツ姿(これが私服。Tシャツの日本語は各話ごと変わる)、露出した腕や脚に円と線の幾何学模様のタトゥーが入っている】
ニコル「それで、どんな広告を?」
 紙切れを渡すジョン。黒の背景に、白い魔法陣のような円形の絵と、フリー素材らしき神父と悪魔のイラスト。読みにくいフォントで〈DEMONIAC CLERGYMAN〉と書かれている。
ジョン「これを出張サービスdelivery callの隣に載せてくれ」
ニコル「あれ、大人向けの店だけど。貴方もそう言う事してるの?」
ジョン「いや、人助けをしてる」
ニコル「警察とか、お医者さん?」
ジョン「みたいなもんだ」
ニコル「…ホント?どう見ても、ソッチ系じゃ…」
 疑いの目を向け、ぼそりと呟くニコル。
 書類を書き終わり、ニコルに渡すジョン。
ニコル「変わった名前ね、ジョン・ドゥって」
ジョン「偽名だ」
ニコル「どうしてウソ書くの?」
ジョン「面白いからな。ファミレスで順番待ち用紙ウェイティングリストに名前書くだろ。席が空いて店員が呼ぶ、〈名無しの権兵衛 ジョン・ドウ様、一名〉って。すると店に居る全員がオレを見る。〈マジかよ…〉って顔してな。それを見るのが楽しくてやってる。ちなみにジョンは本名だ」
ニコル「…何それ」
 呆れ気味に、ぼそりと呟くニコル。
 嬉しそうなジョン。
ジョン「その顔だ。呆れ具合が何とも言えない。写真撮れば良かったな」
ニコル「……」
 呆れて何も言えないニコル。
ジョン「で、載るのはいつだ?アイツが居ないせいで、仕事が無くて困ってる。ま、無いなら無いでやる事はあるが」(※アイツは後に登場予定)。
ニコル「残念ですけど、載せられません」
ジョン「何故だ。Fワードは使って無い」
ニコル「ウチは信用第一なの、書類誤魔化す人とは取引出来ません。この広告だって、何してる店か分からない。こんなの載せたら警察に通報される」 
ジョン「なら、オレが何してるか見れば良い。と言っても、すでに見てるか」
ニコル「えっ!?」
 驚くニコル。
ニコル「いつ? どこで?」
ジョン「一週間前、ランブル街の墓地で」
ニコル「!?」
 ハッとするニコル、思わず席を立つ。その様子を見て、警棒に手を掛ける警備員。
ニコル「まさか…、あの針金の…!?」
ジョン「ほう。あんな状況で冷静に観察出来るとは。新聞社に勤めてるだけはあるな」
 ジョンに詰め寄るニコル。
ニコル「教えて。あれは一体…」
ジョン「捕獲だ」
ニコル「捕獲?何を?」
ジョン「〈悪夢〉さ。ソイツらから人々を助ける、それがオレの仕事だ」
 真剣な様子で、懐から円形の針金細工を取り出すジョン。
ジョン「この〈ドリームキャッチャー〉で」

*****
〇日常(後日)
 朝。コンビニ。新聞売り場。朝刊やスポーツ紙など複数置いてあるが、一か所だけ〈SOLD OUT〉の札が置かれている。
 通勤時間。電車やバスの中。新聞を読む客達。一面記事、〈HARBOR OF POACHER〉の見出しと、深夜の漁港で密漁する集団の写真。
 新聞社。ホワイトボードに張り出された複数の一面記事。その中に前述の記事が。いずれもボードに〈No.1121 Nichol〉と書かれている。羨ましそうに話す社員達。
社員1「スゲェな、ニコル。毎日特ダネ仕入れてよ」
社員2「やらせに不祥事、指名手配犯のアジト発見、どれも傑作だ」
社員3「ニコル! 教えてくれ! どうすりゃこんな記事書ける?」
 ニコルの席。複雑そうな様子で新聞を眺めるニコル。社員の問いかけには無反応。
 不思議がる社員達。
社員1「元気無ぇな。自分の記事をネタにして、テレビも騒いでるってのに」
 室内のテレビ。会社の重役と思しき男性が、複数の記者やテレビカメラに追われる映像。
テレビ『そちらの事務所に所属する配信者が密漁を行っているそうですね。ネットには事務所の役員も関与しているとの情報も出ていますが―――』
社員2「そりゃ、新聞がネットで転売されりゃな」
社員3「おっ!なら、そいつら取材すっか!氏名年齢顔出すりゃ、俺も一面飾れるぞ!」
 ニコルのデスクの電話が鳴る。内線。受話器を取る。
ニコル「はい…」
内線 『お客様です。お名前が、えっと…〈名無しの権兵衛〉だそうで…』
 ハッとするニコル。
ニコル「…ジョン…」

〇墓地(昼間)
 前述で登場した墓地。ベンチに座るジョンとニコル。新聞を読みながら話すジョン。複雑そうな様子で話を聞くニコル。
ジョン「〈知らない間に取材して、書いた覚えの無い記事が一面を飾ってる〉。なんて、口が裂けても言えんよな。ま、言ったところで、誰も信じちゃくれないが」
 新聞を捲るジョン。
ジョン「忘れてないだろうが、念の為におさらいだ。オレが追う悪夢とは、〈夢魔deary cherry〉と言う悪魔が創り出した存在。人間に取り憑き、睡眠障害を引き起こす。No.5〈夢遊病〉は、人間を眠らせたまま動かす。仕事させたり、飯食わせたり、マンガ書かせたりな。本人は寝てるから何をしたのか覚えてない。だが、何かをした形跡は残ってる」
 再び、新聞を捲るジョン。
ジョン「悪夢は取り憑いた人間の夢を叶える。世界一のマンガ家になりたいと願えば、自分が知らないうちにならせてくれる。だが夢が叶った瞬間、二度とマンガは描けなくなる」
 新聞を畳むジョン。懐から円形の針金細工を取り出し、真剣な様子でニコルを見る。
ジョン「捕獲する。君に取り憑く悪夢を。手遅れになる前にな」
 暫しの沈黙。
 膝の上に乗せた手を、ギュッと固く握るニコル。ぽつりと呟く。
ニコル「…イヤ」
ジョン「心配するな、彼のようにはしない。痛みは無いし、すぐに終わる」
 立ち上がるニコル。拳を強く握り、真剣な顔で叫ぶ。
ニコル「私は!記者になりたかった!子供の頃からずっと!それがやっと叶ったのよ!なのに、どうして手放さなきゃいけないの!?」
ジョン「悪夢に頼らなくても、君なら夢を叶えられる。オレと違って、その力があるからな」
 真剣な様子のジョン(この台詞は伏線)。
ニコル「力ならあるわよ!話の聞き方、記事の書き方、写真の撮り方、誰よりも勉強した!誰よりも自信がある!でも、記者になれなきゃ、そんな力あったって意味無いじゃない!」
 ニコルの中に色々な感情が渦巻く。思わず涙目になる。
ニコル「戻りたくない!記者のみんなを羨んでたあの頃に!終わりたくない!読者のみんなが驚く記事を書くまでは!」
 ニコルの目に影が映る。怪しく蠢く影。怪異に気付き、より一層真剣な表情を浮かべるジョン。
 俯くニコル。眼鏡を外し、ごしごしと目元を擦る。ぽつりと呟く。
ニコル「…良いヤツじゃない、夢を叶えてくれるなんて。人間よりずっと…」
 足早にその場を去るニコル。
 一人残されたジョン。真剣な様子で、針金細工を見つめる。ぽつりと呟く。
ジョン「そりゃ、良いヤツさ。夢を叶えてる間はな」

〇オフィス街
 カフェ。テラスで会話する二人の男性。他社の記者で、テーブルにカメラやメモ帳など、取材の道具が置いてある。一人はニコルの会社の新聞を読んでいる。
記者1「この記者、ウチに欲しいなぁ」
記者2「スポーツ紙だぞ。事件や事故はムリだって」
記者1「だから作るんだよ、その枠を。新聞売れねぇ時代だってのに、こんだけヒット飛ばすんだ、方針変えてもやるべきだっての」
 通りを歩くニコル。二人の会話が耳に入る。
ニコル「スポーツの取材か、一度やってみたいな。でも、夜中に試合なんて…」
謎の声『あルヨ』
ニコル「!」
 ハッとするニコル。周囲を見渡す。ニコルに語り掛ける人はいない。
ニコル「誰!? …もしかして、悪夢!?」
謎の声『今日、二十三時、サマスらーム工場跡地』
ニコル「工場?裏社会の決闘とか?」
謎の声『ドう?行ク?』
 微笑むニコル。
ニコル「勿論。一面を飾れるなら」
謎の声『分かッタ。楽しミにしテルね、ニこるノ最期ノ記事』
ニコル「えっ!?」
 ニコルの顔が青ざめる。
ニコル「…最期って…」

〇街中(夜)
 タクシーから降りる同僚。
 ふらふらとした足取りで、前方から歩いてくるニコル。目深の帽子、上下トレーニングウェア(目立たない恰好)、カメラとメモ帳を手にしている。ニコルの表情は見えない。
同僚 「ニコル。これから取材?」
ニコル「うン。みンナが驚く事、起きルんだッて」
同僚 「そりゃ、是非とも同行したいな! …と言いたいとこだけど、仕事の邪魔しちゃいけないね。明日教えてよ」
ニコル「明日、ネ」
 すれ違う二人。ニコルの顔のカット。瞼が閉じ、口の端から涎が零れている。

〇工場(深夜)
 市街地から離れた場所。鉄筋がむき出しになった建物。暗闇の中、建物内を器用に歩くニコル。身体は眠っているが、意識は起きている状態。
 ニコルの口を借りて、謎の声(夢遊病)が喋る。
夢遊病『ニコル・ガるしア。ディーヴァずプれすノ売れッ子記者。取材中に誤ッテ転落死。コレ、絶対、読者のみんナガ驚く記事になるヨネ』
ニコル「(やめ、て…、私、は…、まだ…)」
 抗うニコルの意識。
 建物の屋上。突き出た鉄筋の先に立つニコル。
夢遊病『オヤすみ、ニコる。いい夢ヲ』
 落下。同時にニコルの目が開き、意識が戻る。暗闇の中を落ちて行く。ニコルの顔に恐怖や後悔が浮かぶ。
ニコル「(だ、れ…か…、たす…け…)」
 ニコルに向かって、シュルル、と何かが伸びる。ガシャン、と音を立て、カメラとメモ帳が地面に当たる。地上すれすれの所、ニコルの身体を包む、クモの巣のように張り巡らされた針金のネット。恐怖に目を瞑っていたニコル、恐る恐る目を開ける。
ニコル「…! これ…」
ジョン「名無しの権兵衛の秘密道具、〈どこでも金網〉。用途によって、目のサイズは変えられる」
ニコル「!」
 ハッとして、顔を上げるニコル。
 ニコルが飛び降りた建物とは違う建物。その屋上に立つ、司祭服風の恰好をしたジョン。背後にある複数の照明機材に照らされている。
ニコル「ジョン…!」
ジョン「やろうぜ、時間無制限デスマッチだ」
 くいくい、と指を動かし、合図するジョン。
 ニコルの目に影が蠢き、ジョンに向かって飛んで行く。飛びながら姿を変えていく影。女性らしき上半身、蛇のような下半身。ツノとコウモリのような翼が生えている。顔には目が無い(口と鼻はある)。体長は4、5メートルくらい。叫びながら上空を舞い、その姿が照らされる。
悪夢 『(咆哮)』
ニコル「…あれが…、悪夢…」
 怯えるニコル。
 上空から攻撃する悪夢。腕を伸ばしたり、シッポで叩く。その度に、砂埃が舞ったり、資材が吹っ飛び、ドガッ、ガシャン、と言う音が響く。ニコルからは死角になり、ジョンの姿は見えない。
ニコル「……」
 固唾を飲んで見守るニコル。(いつの間にかネットから降りている)。何かが足元に当たる。砕けたカメラとメモ帳。メモ帳は表紙が汚れているだけで無事。

 戦闘。手やシッポを振り下ろす悪夢。攻撃が当たり、壁にぶつかったり、吹っ飛ばされるジョン。ごろごろと転がるジョンの身体。服が砂で汚れ、頬に小さな切り傷が出来ている。仰向けに倒れたまま、ピクリとも動かない。
 口角を上げ、喜ぶ悪夢。
悪夢 『(嬉しそうに高笑い)』
 突然、シュルルっと、悪夢に向かって針金が飛ぶ。ぐるぐると口や腕などに巻き付き、悪夢の身体を拘束する。
悪夢『!』
 力を込め、破ろうとする悪夢。逆に、ぎしぎしと食い込む針金。
ジョン「名無しの権兵衛の秘密道具、〈なんでも拘束〉。オレの針金は特別だ。日本刀サムライソードでも切れないぜ」
 立ち上がり、不敵に微笑むジョン。
 猿轡のように口を塞ぐ針金を噛みしめる悪夢。怒りを露わにする。
悪夢 『(声にならない咆哮)』
 針金を噛みしめながら、ジョンに向かって突っ込む悪夢。
 顔の前で右掌を翳すジョン。掌を振る。手品のように、掌に円形に編まれた針金が現れる。
ジョン「さて、おやすみの時間だ」
 右腕を伸ばすジョン。手にした円形の針金が光り輝く。明るく照らされる悪夢。
悪夢 『!?』
ジョン「BADREAM悪い夢  BECOMES  GOODREAM良い夢に
 円形の針金に吸い込まれていく悪夢。ゴオオ、と嵐のような音が響き、激しい風が舞う。右腕を左手で支えるジョン、風圧や衝撃に押され、ズリズリと後ろに下がっていく。吸い込まれないようにもがくが、抵抗虚しく吸い込まれる悪夢。悪夢を縛り付けていた針金が円に絡みつき、円の中に、蛇を模した針金の模様が出来上がる。つむじ風が消えるように、ふわっと風が舞う。捕獲終了の合図。針金細工を構えるジョン。
ジョン「夢遊病キャッチだぜ、ってな」

*****
〇新聞社(後日)
 慌ただしい社内。
 自席で仕事をするニコル。パソコンを操作し、広告を作る。
ニコル「えっと、これをこうして…、あー、もう、全然ダメッ! この文全部入れろって、ムリに決まってんでしょ!」
 客の図案。小さな枠に、文章を全部入れるように指示されている。
 近付く同僚。
同僚 「ボスから聞いたよ、もう取材はしないって?」
ニコル「うん。私には広告作りのが合ってるから。それに私の力じゃ、一面どころか載りもしないし」
 テーブルに例のメモ帳と記事の案。メモ帳にはジョンと悪夢の戦いが記録されている。記事案には〈demon vs crazyboy〉の見出しやイメージ絵(青年が怪物と戦う絵)が描かれており〈dont carry(掲載不可)〉のスタンプが押してある。
同僚 「私の力って、あれはニコルが取材したんだろ?」
ニコル「えっ、あっ、えっと、その…」
 ニコルに近付く上司。
上司 「ニコル、仕事だ」
ニコル「はーい。マッサージの広告ですか? 不良ドラマの宣伝ですか?」
 紙切れを渡す上司。
上司 「取材だ。行ってくれ」
ニコル「えっ!?私が!?どうして…」
 目を丸めるニコル。
上司 「先方からの指名だ。広告を出したいが、どの新聞社が一番売れる広告を作るか分からない。そこで、各社の広告担当者に取材をさせ、力を見るそうだ。良い広告を書くなら、良い取材が出来るだろうとね」
ニコル「力…」
上司 「記事が良ければ広告を依頼する。おまけに、大口契約の広告主にもなると言っている」
ニコル「……」
 複雑そうな様子のニコル。
上司 「出来無いと言うなら、他の連中に…」
ニコル「出来ます!」
 立ち上がるニコル。自信に満ちた笑みを浮かべる。
ニコル「私なら!絶対!」
 プルル、とニコルのスマホが鳴る。

〇墓地(同時刻)
 ベンチに座り、新聞を読みながら電話をするジョン。
ジョン「名無しの権兵衛だ。広告の件で話がしたい。まずは感謝だ。出張サービスの隣に載せてくれてありがとう。あそこは紙面で一番目を惹くからな。デザインも最高だ、オレの案より断然良い。ニコルに頼んで良かったよ。…そして苦情だ。何故、オレが医者の恰好をしてる? 医者の免許は持って無い。ウソの広告は不味いだろ」
 広告のカット。出張サービスの隣。白の背景に、円形の針金の絵と、白衣姿のかわいらしいジョン(いずれもニコルが描いたもの)、読みやすいフォントで〈BADREAM BECOMES GOODREAM〉と書かれている。

 

『ドリームキャッチャー』 第一話  終



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