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【漫画原作】『森之宮青葉と赤実子の物語』【ホラー】

読切用の漫画原作です。
複製、自作発言、無断転載、許可なき作画はNGです。


ジャンル

ホラー、ミステリー、サスペンス。ほんのちょっぴり恋愛も。

あらすじ

 新人編集者の宮古は、初めての持ち込みで、「森之宮青葉と赤実子の物語」と題された不思議な作品と出会う。それは手製の和紙に手書きされた私小説で、マンガ出版社には相応しく無いとぞんざいに扱う先輩編集者。暫くして、宮古は「森之宮青葉」なる芸術家が世間を賑わせている事を知る。青葉は正体不明の芸術家で、展覧会での発表に限らず、デモ団体を応援したり、子供向け番組にも協力しているとの噂だった。持ち込みの作品にも「青葉」の名を冠していた事から、青葉に対して興味を抱き始める宮古。そして、独自に青葉の正体を追っていく。

登場人物

・宮古(ミヤコ)
二十代前半の青年。真面目で優しい性格、仕事熱心。とあるマンガ出版社のバイトで、主に持ち込み作家の対応を任されている。マンガ関係の仕事に就いているが、流行には疎い様子。真面目な性格故に、他の編集者達の言動に疑問を感じている。
 
・藤田 葉介(フジタ ヨウスケ)
外見年齢十代後半の青年。中性的な顔立ち、色白の肌と黒髪、華奢な体型、やや赤みがかった瞳、飾りっ気のない素朴さが特徴。見た目は至って普通だが、雰囲気が独特(掴みどころが無い、年齢の割に胆が据わっている等。特にこの世の者とは思えない印象がある)
 
・森之宮 青葉
正体不明の芸術家。匿名性や奇怪な作品、「消失」と呼ばれる不可思議な現象が話題となり、一躍時の人に。展示会の人気は勿論、青葉の作品を模したグッズの販売や偽者の登場等、社会現象になっている。
 
・赤実子
青葉の作品に登場する少女。外見年齢は十代後半。色白で黒色の長髪、小柄で華奢な体型。女性らしい膨らみや曲線美を有しているが、どことなく葉介に似ている。葉介と同じ(若しくはそれ以上に)不思議な雰囲気が有る。

本編

〇出版社(春頃)
 パーテーションで組まれた一角。
 緊張気味に座る宮古(スーツ姿、社員証に若葉マークのシール)、隣に座る四十代位の先輩社員(ラフな格好。イスに深く腰掛けリラックスした様子。いい加減そうな雰囲気が漂う)
 向かい合って座る葉介(オーガニックファッション。傍には〈ホネッツキー君〉(後述)のストラップがついたオーガニック系のバッグ)。宮古とは異なり落ち着いている。
 氏名、住所などが書かれた用紙を読みながら、話を進める宮古。
宮古「藤田葉介さん。ここへの持ち込みは初めてですね。今年で三十五歳。僕より十も上なんですか、全然見えませんよ」
葉介「良く言われます」
宮古「それでは、作品を」
 手製の和紙封筒を渡す葉介。手や指先に細かな傷や油絵具。
 受け取る宮古。原稿を取り出す。
 A4サイズの原稿で、向きは横長で紐綴じ。封筒同様手製の和紙で作られ、花や葉で染め、マーブル状の色が付いている。表紙に、クセのある書体で〈森之宮青葉と赤実子の物語〉(題名)が書いてある。
宮古「不思議な原稿ですね、赤や緑の色が付いて、イチゴのような匂いもします」
葉介「和紙を染めました。専用の木も育てています」
宮古「木から!? 凄いですね! 一体、どんな感じで…」
先輩「ゴホン!(わざとらしい咳払い)」
宮古「……。すみません。失礼します」
 捲る宮古。題名と同じ書体の小説。思わず声に出して読む。
宮古「―――僕、藤田葉介は、一九八六年、藤田家の長男として―――」
 原稿を取り上げる先輩。封筒に入れ、立ち上がる。
宮古「えっ? あの、未だ…」
先輩「続きは後で読ませてもらう」
 目線を合わせずに話す先輩。
葉介「分かりました。ご連絡お待ちしております」
 優し気な笑みを浮かべ、答える葉介。

 エントランス。
 軽く礼をする葉介。
 深々と礼を返す宮古。棒立ちの先輩(手には封筒)。

 部屋に戻る二人。メモを取りながら歩く宮古。
宮古「藤田さんの作品。講評は今週中に送ればよろしいですか?」
先輩「イイヨ~、ンなコトしなくてもぉ~」
 部屋の隅に業務用のシュレッダー。その隣に大きめの段ボール箱。〈リサイクルボックス〉と書かれ、処分予定の資料が詰まっている。
 無表情でボックスに封筒を放り投げる先輩。
 驚く宮古。
宮古「! あの、これって…」
先輩「ウチはねぇ、漫画の出版社。小説は欲しく無いの」
宮古「ですが、原作って可能性も」
先輩「シナリオは募集して無いよ~。ルール守れないのはねぇ、相手にするだけム~ダ。んじゃ次は、郵送持ち込みの対応ね~」
 宮古の肩を叩き、立ち去る先輩。
 複雑そうな顔で封筒を見つめる宮古。

*****
〇出版社(約一ケ月後)
 パーテーションで組まれた一角。
 向かい合って座る宮古とサブカル系の少女。
 ※宮古は若葉マークが取れている。仕事に慣れ、表情も硬くない。服装は基本的にワイシャツにスラックス姿。
宮古「他に質問は? 何でも良いですよ、答えられる範囲であれば」
少女「じゃぁ、どぉ思いますぅ? 森之宮青葉もりのみやあおばのコトォ」
宮古「アオバ…? 他社ヨソの先生?」
少女「知ンないのぉーッ!? 超有名ちょーゆーめいじゃんッ!」
 スマホを取り出す少女。動画を見せる。
〈動画:森の中。赤色の外套を纏った赤実子。カメラ目線で微笑む。撮影者の手を引きどこかへ向かう〉
宮古「この人がアオバさん?」
少女「さァ~??」
宮古「さぁ…、って。有名人なのに分からないの?」
少女「そぅそぅ、なーにも分からン人ッ! 森之宮青葉わァ!」 

*****
〇都内(休日。午前から夕方にかけて)
 スタバ。
 スマホで青葉の考察サイトを見る宮古。
 青葉の記事が載った週刊誌等を読む周囲の客達。
宮古『―――森之宮青葉。日本を拠点に活動する芸術家。性別、年齢、国籍。名前以外の個人情報は全て非公開。素顔も同様。作品の搬入は郵送で行われる為、関係者は誰一人見た事が無いと言う』

 秋葉原。
 ガチャポンの店をブラブラする。とあるガチャポンに目が留まる。〈新登場 ゆるゆるぼーん ホネッツキー君 取扱注意〉の文字。試しにやってみる。骨格造形に似たゆるキャラ風のフィギュア、プラスティックとは異なる材質。不思議そうに観察する。
宮古『―――代表作は骨格と自然を融合した造形品。目を惹くビジュアル、細部への拘り、本物さながらのクオリティは圧巻。グロテスクな風貌とは裏腹に子供達に大人気。この他にも幾つか作品を手掛けているとの噂も』

 電車内。
 中吊り広告を見る。赤い衣装を身に付けたマネキンが数体、セールの案内。
宮古『―――青葉の作品は全国各地で確認されている。美術館や博物館の公募展を始め、町おこしの企画や市民祭で披露された事も。特に地方への出展は影響力が強く、閉館確定の資料館を救ったり、限界集落に移住者が殺到する等伝説があるそうだ』
 電車に乗る親子連れ。窓の外を見て子供が騒ぐ。
子供「みてみて、あおばー!」
 広告の看板、赤頭巾風の魔法少女とひ弱な骸骨の青年。ラブコメアニメの宣伝。

 池袋。
 アニメ・同人誌ショップ。
宮古『―――活動開始から、青葉は一度も声明を出していない。作品への思いや匿名の理由も語られないまま。週刊誌やネットニュースに好き放題書かれても無反応。故にフリー素材としてネタにされたり、非公式グッズの販売が堂々と行われているらしい。某同人誌即売会では青葉の島があると聞くが…』
 青葉の同人誌コーナー。一冊手に取る。青葉(作者の想像)と骨格のBL。

原宿。
 とあるスイーツ店。枝のようなチュロス(枝ちゅろす)、骸骨に見立てたバニラアイス(骸骨あいす)、ミントの葉が浮かぶ青色のソーダ(青の葉そーだ)のメニュー写真。
宮古「リスペクトって言えば問題無い、か? それにしても…」
 周囲を見渡す。スイーツを手に自撮りする若者達。骸骨や枝柄の服、それっぽいアクセサリーを身に付けている、
宮古「僕だけか、青葉を知らないのって。子供の頃から流行りには疎いもんなぁ。これからは敏感にならないと、編集者なんだから」
 遠くでシュプレヒコールが上がる。反戦デモの行進。〈骨と花〉のシンボルが入った旗やメッセージボードを持ったり、骨格の植木鉢が乗る台車を押す参加者。スマホを構える見物人。その隙間から覗く宮古。
主催「兵器は幸せを生みません。戦争は笑顔を作りません。平和こそが幸せと笑顔の源です」
宮古「確か、青葉はデモ団体への作品提供も行っているんだよな。デモに参加する漫画家も居るから驚く事じゃないけど」
 問題無く行進していく団体。のはずが、植木鉢が一つ自爆する。悲鳴、混乱する周囲。無残に砕け散った植木鉢。弱った花を拾い上げる主催、大声で叫ぶ。
主催「これが戦争です! いつもの日常が一瞬にして破壊される! そんな世界にしてはいけません! 青葉先生もそう仰っています!」
 悲鳴が歓声に変わる。拍手も聞こえる。
 目を丸め、驚く宮古。
宮古「これが…、森之宮青葉の代名詞、〈作品の消失〉…」

〇宮古のマンション(夜)
 テーブルに戦利品(ホネッツキー君のフィギュアが数個。青葉関連の書籍、考察やレポ系の同人誌)。
 パソコン画面に少女が見せた動画が流れる。紹介欄に〈元動画2020年11月公開。修正済み。削除されてもまた上げるし。by青葉二号〉とのコメント。
 レポ同人誌を読む宮古。
宮古「―――青葉の作品は必ず消える。骨格部分のみが爆発し、砂の様に崩れ落ちる現象は今なお原因不明。残されたパーツは寄贈として美術館等が預かっているとの事。芸術家故に売名目的のパフォーマンスが有力だが。…へぇ~、爆発前に悲鳴のような声が聞こえたって。発火装置の作動音とか?」
 ふとパソコンに目を向ける。気まずい顔になる。
〈動画:森の中。木漏れ日が降り注ぐ巨大な切り株。その上で赤実子と撮影者が性交。結合部が(ボカシが入った状態で)映る〉
宮古「……。これは消されるだろ、青葉じゃなくても…」
 気を取り直し、ホネッツキー君を一つ手に取る。
宮古「気になるなぁ、森之宮青葉。もし居るなら会ってみたい」
 ふと何かを思い出す。
宮古「青葉…、確か、あの時…」

*****
〇出版社(後日)
 シュレッダー横。リサイクルボックスが満杯になり、新たな箱が追加されている。
 近くに折り畳みテーブルを置き、机上に処分予定の書類を並べていく宮古。
宮古「未だ残ってたらイイんだけど…、あった!」
 葉介の封筒。中身を確認する。原稿と個人情報の用紙。
宮古「良かった、中身もそのままだ。やっぱり〈青葉〉って書いてある。確か、この紙は木から作ったって言ってたな。青葉は自然のものを使う。それなら…」
 近付く女性社員、手には未開封の封筒が何通か。
女性「今日はシュレッダー係? ならコレもよろしく」
宮古「…これ、郵送持ち込みの原稿ですけど。然も未開封…」
女性「気にしないで。棄てちゃってイイのだから」
 差出人を見る。全て〈森之宮青葉〉。
宮古「全部、森之宮青葉…」
女性「最近やたらと多くってさ、いちいち構ってらんなくて」
宮古「ですが、もし本物だったら?」
女性「とっくに消えてるっしょ? ボロボロになって。ついでに新人賞のもお願い。宛名の字体で分かるんだ、ツマンナイって。結構あるの、取りに来てくんない?」
 立ち去る女性。
 複雑な顔で原稿を見る宮古。

〇定食屋(夕飯時)
 壁のメニュー表に〈青葉定食〉〈自然セット〉、備え付けの調味料に〈青葉ダレ〉〈ホネ塩〉等、青葉にちなんだもの。テレビでは夕方のニュースが流れている。
番組「―――国立藝術館では現在、森之宮青葉氏の個展が開催されており、連日多くの人で賑わっています。都内の観光ツアーや修学旅行先に組まれたり、翌年まで会期延長が決まる等、青葉氏の人気の高さが伺えます。芸能界にもファンが多く、大物俳優やアイドル達によるトリビュート作品も展示されています。既に作品の一部が〈消失〉しており―――」
 テーブル席、食事中の宮古。思い悩んだ顔。
宮古「作品が消えれば本人、そのままなら成り済まし。それしか無いよな、証明出来る方法。他にも有ればイイんだけどな、断言出来る何かが…」
 周囲の客を見る。新聞を読みながら食事する会社員達。広告欄に〈森之宮青葉と学ぶ大人のマナーシリーズ 近日発売〉の文字。ニュース欄には〈森之宮青葉の出生地 百市町村以上名乗り〉〈「青葉投資」で被害 グループ幹部 足取り掴めず〉。
宮古「本人が何も言わないからって、何やってもイイって訳じゃ…」
 テレビ。視聴者の動画投稿コーナー、男性が謝罪する動画。
番組「視聴者からの動画を紹介するモリミテ! 今日はあの有名芸術家の御家族から! ―――森之宮青葉の兄です。この度は、弟の青葉がご迷惑をおかけしまして―――」
宮古「……」
 呆れる宮古。

*****
〇出版社(初夏頃、入社から約三ケ月)
 パーテーションで組まれた一角。
 持ち込み対応中の宮古。
 相手はおたく風の大人しそうな男性。
宮古「質問ありますか? 漫画以外でも構いませんよ」
男性「許せない…、青葉のヤツ…」
宮古「まさか盗作? それは作家として無礼な行為で…」
男性「ボクだ…、真の青葉になるべき者は…。なのにヤツは、ボクを裏切り、つくもちゃんまでも…!」
宮古「…え?」
 熱血漢風に変わる男性、呆然とする宮古に詰め寄る。
男性「必ず彼女を取り戻すっ! そしてこの手で青葉をっ! 宮古っ! 戦おう! ボクと共に!」

休憩時間。ぐったりした宮古。傍に中年の社員(冒頭の同僚とは別人)。
 中年「どうだい、仕事は?」
 宮古「はい…、なんとか、頑張れてます…。それにしても、個性的な方達ばかりですね…、漫画家さんは…」
中年「ぶっ飛んでなきゃ出来無ぇもんなぁ、漫画だの芸術だのは。そう言や、アドバイスが気に食わんって編集刺したヤツも居たっけかぁ」
宮古「…それ、冗談ですよね…」
 顔色が悪くなる宮古。
社員「宮古さーん。持ち込みの方来られたそうですー」

 エントランス。迎えに行く宮古、相手を見るなり固まる。
宮古「お待たせしました。サッカーパンチ編集部の宮古です。篠崎さんでいらっしゃいま…」
 赤実子のコスプレをしたメンヘラ系の少女。手製の骨格人形を抱きしめている。宮古を見るなり不気味に微笑む。

*****
〇出版社(後日・夜)
 パーテーションで組まれた一角。残業する宮古。テーブルに栄養ドリンク、スナック菓子、郵送原稿(封筒)の山。スマホ画面に解説動画、聞きながら講評シートを記入していく。動画は二人のキャラが掛け合うもの。
動画『聖帝国十字団って知ってる?』
  『江戸時代ニ某県デ活動シテタ秘密結社ヨネ、ヤバイコトシテ全員処刑サレチャッタ』
  『その生き残りが現代に居るってのは?』
  『マジ!? 誰!』
  『森之宮青葉。証拠はデモ団体のマーク。髑髏と花の意匠を組織も使ってたんだ』
  『スゴイ発見ネ!』
宮古「秘密結社の生き残り。まるで漫画の世界だな。それにしても…」
 テーブルの原稿に目を向ける。〈SF〉〈エッセイ〉〈ロマンス〉〈異世界転生〉〈ギャグ〉等ジャンル分けされた原稿。
宮古「どれもこれも、青葉らしくないよなぁ。芸術家なら誰も思い付かない話を書くはずだよな。ハッ!としたり、オオッ!てなる展開とか…」
 帰宅しようとする男性社員。
男性「お疲れー、って宮古君、また居残りかー」
 講評シートを手に取る男性。みっちりと感想が書き込まれている。
男性「イヤイヤイヤ、ここまでやらなくてイイって。〈絵が汚い〉〈話が意味不〉で大丈夫」
宮古「それはあまりにも失礼じゃ…」
男性「相手は素人。本気マジになってどーすんの。ほらー、さっさと帰ろー。ウチも煩いんだよ、働き方改革ーって」
 呑気な様子の男性。
 一人残された宮古、複雑そうな顔。

〇宮古のマンション(深夜)
 脱ぎっぱなしの服の山。ゴミ箱から溢れた弁当や総菜の空き箱、モンエナの空缶。残業続きで片付ける余裕が無いらしく汚い。床には青葉関連の書籍が山積みに。展示会の図録やゲーセンの景品、非公式のコラボ食品も。
 テーブルに缶ビール数本。パソコン画面に、青葉ブームを危惧・批判するコメント(広告代理店のヤラセ、芸術業界のステマ等)。
 パンツ一丁で酔っ払う宮古。自暴自棄さや無責任さが出始める。
宮古「そーだよー。オレは唯のバーイートー。イキッたって給料あーがりましぇーん。こーんなことなら辞めんじゃなかったわー、前の会社ー」
 イライラし始める。物に八つ当たり。ホネッツキー君を投げ始める。壁や床に当たり、壊れる(衝撃を受けた瞬間、ボロボロと砂状に崩れていく)。
宮古「真の青葉ぁ? コスプレェ? 青葉じゃねぇだろぉ、なりてぇのは! ったく、青葉青葉マジうっせえわ! 何で流行ってんのか意味分かんねぇし。ステマってネットにも書いてあんじゃん。み~んなニ・セ・モ・ン! この世にゃ居ねぇんだよ、森之宮青葉は!」
 部屋中をウロウロし始める。トイレや風呂場の扉を開けたりする。
宮古「青葉ぁ! 出て来いよぉ! オレと話しよぉぜぇ。面白かったらオメェの事信じてやっからよぉ!」
 ビジネスバッグを漁る。何かを目にする。クリアファイルに入った手製の和紙封筒。

 ベッドに寝転ぶ。手には葉介の原稿。酔いが醒めず、目や頭がぼんやりとしている。
宮古「寝物語にゃ丁度いっかー」
 捲る。声に出して読み始める。
宮古「―――僕、藤田葉介は、一九八六年、藤田家の長男として生を受けました―――」

*****
〇出版社(翌日)
 忙しなく動き回る社員達。目立つ空席。苛立たし気な編集長。
長 「ったく、社員共、何で急にバックレんだよ。唯でさえ人居ねぇのに! おい! バイトどうした?」
社員「取材だって出て行きましたけど」
長 「はァ? 担当でもねぇのに? ったく、どいつもこいつもぉ!」

〇田舎・葉介の自宅兼アトリエ(昼前)
 山間の集落らしき場所。夏の日差しと青々と茂る木々。長閑のどかだが寂しい雰囲気。空き家が数軒、雑草に覆われ朽ちている。森の入口らしき場所に木の鳥居、空き家と異なり真新しい。
 茅葺屋根の建物。庭に簡易的な竈。火に掛けられた鍋。イチゴジャムに似た赤い液体がグツグツと煮込まれている。薪と共に燃える女性・男性社員の社員証や衣服の一部。
 作業部屋。蔓籠や枝細工の動物、油絵が数点(森、赤い実が成る巨木、焚火ごっこする少年と少女)。作業台には骨に似た歪な形状の白いブロック、ナイフやヤスリ等の道具。作業する葉介。ナイフでブロックを削っていき、何かの形にしていく。台の隅にはホネッツキー君が数体並んでいる。
宮古「御免くださーい」

 玄関を開ける葉介。
 スーツ姿の宮古、ビジネスバッグを手に、キリッとした表情で立っている。
宮古「サッカーパンチ編集部の宮古です」

 居間。
 向かい合って座る二人。ちゃぶ台に緑茶と手製の茶菓子、葉介の原稿。
葉介「掲載?」
宮古「無理を承知で掛け合ってみます。森之宮青葉先生」
葉介「何故、僕が青葉だと?」
 訝しがる葉介。
 迷いなく答える宮古。
宮古「ここに書いてありましたから」
葉介「それが理由ですか?」
宮古「はい」
葉介「作り話かもしれませんよ?」
 宮古を見る葉介、試すような目。
 緊張感が漂う。葉介を見返す宮古、その目には自信が。
宮古「だとしても、僕が読んだ作品の中で一番青葉らしい。特に、十四歳の夏休みに森で赤実子あみこさんと初めてセックスしたエピソードが」
 フッ、と鼻で笑う葉介。この一言で心を開いた様子。
葉介「そこですか。よりにもよって」
 慌てる宮古。
宮古「ほ、他にもあります! 雅号の由来とか。〈森之宮〉は集落に伝わる昔話、〈青葉〉は好きな色とご自身の名前から。藝大生時代にスランプで自殺未遂を図ったとかも。七歳の時に初めて曾祖父の家に遊びに来て、うっかり森で迷って同い年の赤実子さんに出会った話だって! 後は…」
葉介「全部って事ですね。察しの通り、僕が〈森之宮青葉〉です。物語の真偽はともかく、最後まで目を通して頂き、有難う御座います」
宮古「それで、掲載なんですが」
葉介「申し訳ございません。お断りさせて頂きます」
宮古「既に、どこかの出版社と?」
 原稿を手に席を立つ葉介。縁側から外に出て、鍋の方に向かう。
葉介「これは編集者の反応を知る為だけに書いたもの。本物と疑いながら読むか、贋物と決めつけ取り合わないか。大手に中堅、女性誌に成人向け。全ての出版社に持ち込みました。結果は言わなくても分かりますね」
 弱火の中に原稿を投げ込む。勢いよく燃え上がる炎。
葉介「森之宮青葉の原稿は本人の希望により不採用、と言う事で」
 宮古に微笑む葉介、悪意の無い優しい笑み。
宮古「……、しまった…、消失…」
 ぽかんとする宮古。気を取り直し、その場から話しかける。
 その間、作業する葉介。右手に持ったおたまでジャムを掬い、左手の甲に付ける。湯気が立つジャムを平気で味見する。時折おたまで掻き混ぜる。宮古からは死角で見えにくい。
宮古「それにしても凄いですね、赤実子さんのプロデュース力。社会現象を引き起こすなんて、まるで神業だ」
葉介「ええ、神業・・ですよ。秘密主義にデモ団体への協力。面白そうな事を考えれば、赤実子が実現させてくれる。彼女の力が無ければウケやしない、自爆なんて明らかにテロ行為ですから。だから出版社とコネが出来ても、僕にはどうでも良い。とは言え、宮古さんを手ぶらで帰すのは失礼ですね」
宮古「宣伝はどうでしょう? この美術館で展示してますよって。やらなくてもお客さん来るか…」
葉介「宣伝…」
 手を止め、森に目を向ける葉介。視線の先に鳥居。何かを考えている様子。
葉介「……。秋になりますが、お見せ出来るかと」
宮古「新作ですね! どんな作品ですか?」
 不敵な笑みを浮かべる葉介。死角になり宮古には見えない。
葉介「―――僕達の子供です」

 森の中。赤い外套を纏う赤実子、膨れたお腹を嬉しそうに撫でる。赤実子を中心に円を描くようにして並ぶ骨格造形。頭を垂れ、敬うような姿勢。まだ皮膚(肉)が残る造形が一体。冒頭の先輩社員に似た顔をしている。

                  「森之宮青葉と赤実子の物語」  終

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