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水谷慎一郎
2023年6月20日 00:13
『note』創作大賞2024 応募作品〜あらすじ〜かつて趣味として写真を撮っていたことのある印刷会社に勤める男が、仕事を通じて知り合った活版印刷所の植字工の女性と付き合うことになった。ある日、その女性から「私の写真を撮ってほしい」と依頼され、彼は彼女のポートレートを撮ることになる。好意を抱く人物に自分の写真を撮ってもらいたいという願いはむろん女性の本心だったが、しかしこの撮影を機に、打ち明
2023年8月12日 02:00
押入れの上の段に据えた、引出し式の衣類ケースの上には空間がまだ少しあって、そこには、今はもう要らなくなってしまったCDやDVDをダンボール箱に詰めてしまい込んである。写真機とレンズが入った半透明のプラスティック・ケースはその箱のとなりにあった。ケースの把手をつかんで引っ張り出すと、黒い一眼レフ写真機とレンズ3本が透けて見えた。畳の上に置いてフタを開ける。まずは写真機を取り出して、それから「標準
2023年8月23日 00:30
「あなたの好きなように、ただ、私を撮るだけでいいから…」— 自分の姿を、1枚のプリントになった写真として見てみたい。そう願う彼女に、撮ってもらえないかと頼まれた5日前の夜 — あのときから、時間さえあれば、彼女のことばかりを考えるようになっている。あの日、写真の撮影を頼まれ、少しのあいだ逡巡したが最後には、次の休みの日に撮ることにするよと、その場でぼくは返事をした。その約束の日がそこに迫ってい
2023年9月30日 10:33
りょうからの連絡はすでにもらっている。彼女を乗せた電車は、14時を少し過ぎたころに駅に着くようだ。部屋のそうじは午前中に済ませてある。居間の淡いウグイス色の砂壁を撮影の際の背景として使うため、その周辺に置いてあった電気スタンドやTVボードは取り払い、その他の不要なものは全て押入れにしまっておいた。普段は出したままにしている座卓も座布団も、今日は片付けてある。13時45分。りょうを出迎えるため
2023年10月21日 12:10
今日はもうこれ以上、写真を撮ることは止めにしようと思っていた。上半身に何も身に着けないまま彼女は、ぼくの目の前にいる。両の腕を胸のあたりで組んで乳房を隠し、やや背中を丸め、俯き加減で椅子に座っている。目は虚ろで、こちらを見ていない。このままだと、彼女は泣き崩れてしまいそうだった。花束を胸に抱いた自分を撮ってほしい ― その願い通りに、ぼくは彼女の姿を撮影した。36枚撮りのフィルム1本半ほどは