"無い"日記 2日目


はあ、別れよ。

朝起きて一番に思う。今日こそあいつと絶対別れてやる。
俺には彼女がいる。もう2年になるか?
顔がいいわけでも性格がいいわけでもなかったけど、なんか告白されて、なんかOKした。なんか欲しかったし、彼女という存在ていうか概念が。

俺はバンドをやっている、結構真面目に。バンドも始めて2年くらいか。中学の時にお年玉で買ったベースはずっと可愛がっていて、バンドやらね?って言われた時すぐやるって言った。どんなジャンルやりたいとかそんなんなかったけど、誘われたからにはやってやろう。そう思った。いいじゃんバンドやってますって、かっこいいもんな。
音楽をやっていると、やっぱりそれなりに出会いがある。ライブハウスの企画で対バンしたギターの子とかクソかわいいし、そのお客さんも可愛い子ばっかだった。ライブハウスマジックみたいなのはまじである。

ねえ誰見にきたの、誰かの友達?あ軽音サークルなんだ、楽器は?へぇいいじゃん、俺のバンドどうだった?でしょ?いいでしょ?ありがと〜またライブあるから見にきてよ、えまじ?来てくれんの!ありがと〜いい子だね君たち、名前なに?おけ、覚えとくね、はーいありがと〜〜

............だめだ、気持ちが悪い、相手が乗ってきた途端冷める、こっちから声かけてるはずなのに、もう名前も顔も忘れた、やめよやめよ、何やってるんだ何がしたいんだ俺は。

スマホを見るとあいつからLINEがきてた。おつかれさま、どうだった?打ち上げあるの?また話聞かせてね〜
あいつは俺のライブに来たことがない。たぶん単純に興味がないんだと思う。
あいつのLINEで安心した自分がいることを無視した。

あいつは、なんかよくわかんないとこで笑う。ひとりで笑ってる。今のドラマのどこがそんなに面白かったんだ?
いちいちこれ食べる?って聞いてくる。外で飯食う時も聞いてくる。だいたい食ったらそっちにすればよかったって後悔するからやめてほしい。
セックスする時最初に自分がオナニーしてるとこ見といてほしいって言ってくる。なんか妙に男っぽさ感じて嫌なんだよな。
あいつの嫌なとこは数えてったらキリがない。
ただ俺は分かってる。俺は、変わってるって自覚のない変わってる人に惹かれる。

女遊びが出来ない。しようと思ってできなかった。バンドをしている身分強がってはいるが、きっと向いていない。
だからって相手があいつでいいのか?あんなに嫌なとこがたくさんあるのに。
別れよう。別れたら何かが変わるかもしれない。
あいつの家に行って話をしよう。決めた。

一人暮らしのあいつの家に向かう。お腹すいたな。
家に近づくと街からいい匂いがした。ちょうど晩御飯どき、いろんな家から家族の匂いがする。
あいつの家のドアを開けると、家族の匂いがした。いや違う違う、ご飯、ご飯の匂い。
なんか作ってる。これは回鍋肉?回鍋肉作ってんの?あいつ
やっほーって声がしてテーブルに向かう。なんか飯のタイミングも完璧なんだが。
わたしもお腹すいちゃってさ〜回鍋肉!やばくない回鍋肉、なつかしくない?
回鍋肉に懐かしさを感じるお前がやばい、人生何回目なんだよ。
ありがとう、腹減ってた俺も。

ピンクの絨毯の上に座る。はい!っつってお箸を2人分置く。左利きの俺のために持つ部分を左に向けて、自分のは右に向けて。
そういうの、たぶん無意識でやってるんだろうな。これを褒めても、そんなにすごいこと?普通じゃない?って真顔で言ってくるのが想像できるから言わない。
懐かしい味がした。ほんとに懐かしいのかよ。

ふと付けたテレビのバラエティ番組が面白くて久々に爆笑した。あいつは真顔でお箸舐めてる。これで笑わないの普通じゃないだろ。
なんだかんだで2時間くらいダラダラしてたらあいつが袋を開ける音がした。ピザポテトだ。
ん?一口食べる?って。当たり前のように聞いてくる。なんで一口だけなんだよ。ピザポテトくらい三口以上くれや。
帰るのめんどくさいな。この回鍋肉の取れない匂いが足を引っ張る。泊まる用意はそりゃ当たり前に置いてあるから勝手に泊まる。
ベランダには俺が使うためだけの灰皿が置いてあって、毎回来るたんびに綺麗になっている。寝る前に一服。は〜寒くなってきたな〜コート持ってくればよかった。背後からガラガラと音がする。あいつがベランダに自分の靴持って入ってきた。横で塀に手をかけてまっすぐ外を見ている。寒いから中入っとけばいいのにと言うと、まあまだいけるでしょって。いけるとは?

今、俺とあいつはおんなじ景色を見ながら全く違うことを考えているんだろう。あいつのことはこれから先もずっとわからない。わかろうともしないでいい。わからなくていい。

やっぱ明日にしよ、別れるの。


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