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財閥系古き良き大企業の野球部に所属する男が好きな女なんて所詮、

美人で明るくてポジティブでノリが良くて華があって、ゆるく巻かれた薄茶色の髪に、万人ウケするフローラルの香りをフワッと纏い、男ウケの良さで有名なXX女子大学時代から一人暮らしをしていて料理が得意で、意外に酒も下ネタもイケる口で、でもちゃんとここぞという時に”しな”を作れて、新卒から勤めている職場はほとんど残業が無くて、実家に帰れば仲睦まじい両親とトイプードルが1匹いて、しいたけ占いに一喜一憂し、流行りの恋愛ドラマで涙し、そして週末はせいぜいカフェ巡りか女友達と恋バナくらいしかすることがないような女だ。

そういう女に、私はなりたかったのだが、不美人として冷め切った両親のもとに生まれ落ちた時点で既に「女としての幸せを得る」ために必要なピースがいくつか欠けていた。その後も色々と拗らせに拗らせた結果、32歳の現在に至っては、いつ知り合いが読むとも分からないのに、開き直りの境地でこのようなことを書いている。

話を冒頭の「財閥系古き良き大企業の野球部の男」に戻すが、ただの偏見と言うほど根拠が無いわけでもない。財閥も古き良き大企業も野球も、日本ではその全部がザ・王道だ。そのザ・王道のごった煮みたいな世界にどっぷり浸ることを自ら選び、そしてその中でさらに煮詰まり、最後にはザ・王道の煮凝りになる運命なのだから、そんな人生の伴侶に相応しいのは、そういう女に決まっている。
財閥系古き良き大企業で働いていた私は、そんな男と女を腐るほど見てきた。

嫌味な言い方をしてしまったかもしれないが、彼らを蔑んでいるわけではない。むしろ尊敬しているし、羨ましい。
結局こういう人たちがちゃんと社会に順応して、歯車として税金やら年金やらを納めて、そして結婚し、また新たな歯車を産み、社会や世間、親族から「立派な人」として必要とされ評価され、成功をおさめていくのだから。マトモなのは間違いなく彼らの方だ。
私はこのマトモな世界から早々に離脱してしまったので、ただの負け犬の遠吠え程度にでも思ってもらえたら良い。絶対的に彼らが正しく、そして着実に幸福の道を歩むのだから。

と、さっきから何を刺激的なことを語っているのかというと、先日、かなり久しぶりに合コンに行った。職場の浅い付き合いの人に、人数合わせとして呼ばれただけだが。
「先方は某財閥系企業の野球部の男性」と聞き、その時点で勝ち目は無かったので行かないつもりでいたのだが、仮に嫌な思いをするだけの会に終わったとしても、こうやってネタに昇華できること、そして会場が職場から徒歩3分で交通費や体力の面であまり負担が無い、という、もはやヤリモクよりも不純なこの2つの動機により、参加することに決めた。

これまで数は少ないが何度か合コンに参加し、毎度思うのは、結局「美人」か「美人ではないけどよく喋る女」が「本日の主役」となり、全てを掻っ攫うということだ。男たちの視線はみんな彼女に向き、それ以外の、美人でもなければ特に自ら積極的に喋るわけでもない女は、「モブ」でしかなくなる。
そういう場合は縁の下の力持ちに徹して、健気にサラダを取り分けるとか、適当な合いの手を入れるとか、そういうのがきっとモブとしての正攻法で、そこから敗者復活することもあり得るのだろうが、私はだいたい会の序盤で「本日の主役」の女に向かう男たちの熱い視線と興味のベクトルを察知すると、試合放棄してしまう。

というわけで、今回も例に漏れず、試合開始からわずか15分で「本日の主役」は私の隣に座っている「美人」に決まった。
目の前に座る4人の男性は皆、某財閥系大企業の野球部のメンバーだそうだ。年齢はバラバラだが、さすがは野球部、かなりチームワークが良い。場を回す圧倒的陽キャなボケ役&ツッコミ役、そのテンポの良い会話をうまい具合に天然キャラが崩して場を和ませ、それらを見守る落ち着いた最年長が静かに上手いこと言って落とすという、100点満点のフォーメーション。職人技を見るように感心する一方で、「どうせいつもこのメンバーで合コンしてて場慣れしているんだろうな」と思う場面もあったりした。
そして抜群の立ち回りを発揮しているにも関わらず、彼ら全員の目的が「本日の主役の美人」で競合してしまっている点は少し滑稽だった。

そんな彼女や彼女を狙う男どもをアシストするほど心も広くもなければ、コミュニケーション能力も高くない私は、競馬のファンファーレを脳内BGMに「さぁ全馬一斉にスタート。『本日の主役の美人』を落とすのは誰か?A男◎、B男◯、、」という勝者予想をしながら、せめて元を取ろうと、自分の食べたい物を自由に頼んで孤独のグルメ同然に1人で黙々と飲み食いしたり、アルコールが回ってくれば酔いにまかせて好き勝手喋ったり、突然はしゃいだりして気ままに飲み会を楽しんだ。

男の1人が気まぐれでモブの私めに質問をしてくださったとしても、例えば「家事は得意か?」と聞かれても、「苦手です、むしろ誰かにしてほしいくらい!」と答え、「仕事は忙しいか?」と聞かれれば「めっちゃ忙しくて〜、土日もたくさんあり過ぎる趣味で死ぬほど忙しいんですよ〜」と答え、極め付けは「一人暮らししてるか?」には「してたけど今は実家出戻り2年目でぇーす⭐︎」と全てを赤裸々に答えてしまう。
恋愛ドラマだったらこういう女が主役で、実は大穴だったりするのだが、これには必ず「※ただし美人に限る。」の注意書きが付くのが現実世界だ。

「本日の主役の美人」の目を引こうと、大声でつまらないボケをかます男がいれば、家で1人でテレビを見ている感覚で、ツッコむわけでもなく笑うわけでもなく、追加注文したフライドポテトをムシャムシャ食べながら真顔でただ彼を見つめるだけの私は、モブどころか「食い意地を張ったコミュ障社会不適合者」という印象だけを残すのがオチだ。

「本日の主役の美人」とモブの私。

よく考えれば、というかよく考えるまでもなく、自分よりも必ず早く帰宅して晩飯を用意し、晩酌にも付き合ってくれて、仕事の愚痴を言えば励ましてもらえて、そして清潔であたたかい布団で眠り、明日の英気を養うーーそんな将来を容易に想像できるような女がモテるに決まっている。自分が男だったら絶対そういう女が良い。
と、いつも同じ結論に至り、その日だけは大いに反省をするのだが、不思議なことに翌日の昼頃には「なぜ男ウケなんかの為に”そういう女”を演じなければならないのか?アホくさっ!ありの〜ままの〜姿見せ〜るのよ〜♪」という思考に落ち着いてしまう。

そんなコピペのような合コンを、今回もいつも通り終えようとしていた。
終電ギリギリで閉幕した二次会からの帰り道(毎回しっかり二次会まで行く派)、最初8人いたはずのメンバーもいつもの間にか4人になっている。それも男女2人ずつ。きっと勝負をかけるのには最高&最適なタイミングとシチュエーションなのだろう。
会の冒頭から最後まで、どんなに鈍感な人が見たって分かるくらいにずっと良い感じだった2人ーーそれは「本日の主役の美人」と、私が頭の中で本命◎と予想していた男だがーーがどこかしけ込もうとしているのを見て触発されたのか、もしくは"ザ・王道"の世界にはいない珍獣に興味を抱いたのか、知らないが、これまで私に一瞥もくれなかった男が、年度末の道路工事よろしく不自然な駆け込み具合で言い寄ってきた。
たしか社会人歴4年目と言ってたかしら。似合わないセンター分けの前髪、化粧している私よりも白い肌、細長い手足、濃いネイビーのスーツのパンツはタイトで少し短めで、そんなはずないのにすべてを知っているようなものの言い方。「さとり世代ってこういう子を言うのかな」と思いながら、ゆとり世代の私は彼の歩幅に合わせて歩いてみる。
「あれ?メガネかけてましたっけ?似合ってますねぇ〜!かわいい〜もっとよく見せて〜?」
「そう言われると恥ずかしいので一旦外しまーす」
「え〜なんでですかぁ〜かけてください!ね!おねがい?」
「イヤでーす」
「なんでぇ?」
「人から頼まれてかけるのはなんか違うから」
「よくわかんね〜そういうところたまんねぇ〜僕、真面目で不思議な女の子好きなんすよ〜今夜は眠れないっすね〜どうしてくれるんすかぁ〜」

……と、身を切る思いで文字にしてみたものの、やはり耐え難くなったので途中でやめるが、このような空虚なやり取りを、駅の改札まで延々と繰り返した。
その日私は、人前で話す仕事があったので、スーツを着ていた。そして節約のためにコンタクトをやめ、最近はもっぱらメガネで過ごしている。合コンに、スーツ&メガネ姿で参戦し、黙々と1人で飲み食いをしてると思えば、突然酔っ払ってはしゃぎ出す奇妙な女を「真面目で不思議な女の子」と表現し、いっときの感情だけで言い寄ってくる浅はかな彼も嫌だったが、それよりも、そんな彼を論破するでもなく、何か気の利いたことを言うでもなく、夜の街に消えていく楽しげな「本日の主役の美人」と勝ち馬をしっかりと目の端にとらえながら、「習字用の半紙よりも軽くて薄いこんな若造、年上の女の色気を出すまでもなく、ちょっとスキを見せるだけで、サクッとお持ち帰りできそう」と頭の中で一丁前に啖呵を切ってみたものの、そもそも顔も性格もユーモアのセンスも何もかも好みでない若造に食指が動くはずもなく、別れの挨拶もそこそこに、最終の銀座線に駆け込み乗車する自分が一番嫌だった。

翌朝、1件のLINEメッセージが届いていた。
「どうせ例の若造からだろう」
酒の飲み過ぎで重く腫れたまぶたのせいで、スマホの顔認識が上手く機能せず、舌打ちをしながら浮腫んだ指で6桁のパスコードを入力する。
バカボンのパパみたいなふざけた格好をした犬のアイコンから届いていたそのメッセージは、無料スタンプ欲しさに友達追加したままだった、「めちゃコミック」からの100円クーポンだった。


《あとがき》
普段引きこもりぼっちの私が、数年ぶりに合コンに参加しました。毎度のことながら特に何も起きませんでしたが、唯一得たものと言えば誰かの風邪菌です。
ということで熱と鼻水と咳に苦しみながら書いたので、刺激的な仕上がりになっています。もはやこれはフィクションです。

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