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8月7日(金) ~シュンのひみつ日記

 昼ご飯のあと、アトリエまでユイに会いに行った。当たり前だけど、ユイはまだ元気がない感じだった。あんな目にあったんだもんな。
 それにしても、ひげはユイをさらってどうするつもりだったんだろう。あいつは「ユイの父ちゃんが気の毒なことになった」「自分も困ってる」「国に帰るまで自分がユイを預かる」とか言っていた。でもユイは父ちゃんが「悪い人にだまされた」と言ってたし、ホントによく分からん。
 ユイに聞きたくても、こんな顔をされたら何も聞けない。それでぼくは、「ちょっとおもしろいもん見せちゃる」と言って、ユイを東の浜のアジトに連れていった。

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「これ、見てんやい」
 きのう、命がけで撮ったテープだ。ひげを泡まみれにするドキュメンタリー。ユイはカメラのファインダーで映像を見て、アハハと笑い出した。
「ありがとう、シュン。やっつけてくれて」
 ユイが元気になってくれてよかった。ぼくはヒーローになった気分だった。
「けど、何でこのおじさんたち、私の場所が分かったとかいな」
 野中のジジイは、ユイの母ちゃんがいないときに勝手にユイを島に連れてきたらしい。
「あー、それな……ザコ兄がばらしたとって」
「佐古が? 何で?」
 ぼくはきのうコンビニでザコ兄から聞いたことを話した。
「何それ。ひどくない?」
「やけん、おれも怒ったくさ。ふざけんなって」

 ユイはしばらくだまってたけど、急にニコニコしだした。何か思いついたみたいだ。
「次はさあ、佐古もみんなでやっつけようよ」
「どうやって?」
「E.T.ごっこ」
「ん? E.T.ってそんな話やったっけ」
「面白いこと考えたと。E.T.みたいに自転車で空飛ばすとよ」
 ちょっと何言ってるか分かんない。
「おれ、CGとかまだ無理ばい」
「自転車のブレーキ、さいくすればいいやん」
 それで坂道を下らせて、がけから落とそうとユイは言った。
「お前、マジで言いよっとや? そげんことしたら死ぬぜ? いくらスタントマンでも」
 女はこわい。ぼくが反対したので、ユイはふてくされた顔になった。
「いいやん別に。あいつは私を助けてくれんかった。私がどうなってもいいって思ったってことやろ?」
 それから下を向いて、何かボソッと言った。よく聞こえなかったので、「え?」と言ったら、
「死ねばいいったい、あんなやつ」
 ユイのきれいな顔がぎゃくにこわかった。
 でも、ユイがよろこんでくれるなら、ぼくはやらなきゃいけない。ユイは主演女優だから。女優がムスッとしてたら、映画なんて撮れない。

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明日のにっき

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