子供の頃から安全・安心が得られる環境でなかった。 父からは家庭内暴力を長いこと見せつけられてきた。殺人未遂レベルのだ。 母からは宗教の善悪二元論によって「滅ぼされる(死)」という恐怖の観念を植え付けられた。 「滅ぼされる」 いかにも恐ろしい言葉ではないか。 英語では何というのだろうか。調べてみたら「Destroyed」だった。 聖書にも「滅ぼされる」という言葉が沢山出てくる。 殺される、でもなく、地獄に苦しめられる、でもない。 要するに、命を絶たれる=殺される、ということ
トラウマのケアには、 辛かった気持ちを書き出す事が良いと知った。 それで一番辛かったことを書き留めようと思う。 母が宗教を始めたのは私が幼い頃。 私は中学でその宗教を辞めた。 それ以降、 母を憎むというより、その宗教を憎んだ。 そして、母のところにその宗教を教えにやってきた人をもっと憎んだ。 その人のせいでうちの家族は破壊された。 宗教によって母が奪われた。 僕の人生も狂った。誰にも分かってもらえない、恥ずかしさ、大きな苦しみを背負わされた。 そして、母を取り戻
「お助けマン」は私のインナーチャイルド。 私がそう名付けた。 大ボスではなく中ボスくらい。 困っている人の力になろうとする。 人を助け、喜んでもらう、感動を与える。 そうする事で自分自身が満足感を得たい。 さぞや、健全に聞こえるではないか。 実際、人に誇れる健全な動機だと思っていた。 でも、本当に得たいのは「承認」と「愛情」。 底にある不安と恐怖から目を背けたいがゆえの動機。 無意識のね。 仕事で誰もなし得なかった実績を幾つも残せた。 でも、失ったものの方が大きい。
親からこう言われた。 「あなたは発達障害、ASDだと思う。だから、診察して欲しい。専門家のアドバイスを求めて欲しい」と。 発達障害については少しは知っていた。 けど、とても詳しい訳ではなかった。 3年前、父がADHD、LDという発達障害であることが分かった、と母から聞いていた。 それで少し調べた程度。 私のこれまで抱えたトラブル、感情の浮き沈み、怒る時の激しさ、などを見聞きしてきた両親は、その事を父の主治医(精神科医)に相談したらしい。そして、先生はASDかもしれない
幼少期の恐怖、不安、孤独。 その存在に気づいてからは、 闘うことがしんどい。 自分を鼓舞することも、 何かを「嫌う」ということさえ辛く感じる。 ただ、平穏に過ごしたい。 聖書の教えさえ、 人の口を通して聴くだけで辛い。 自分で聖書を読むことはできる。 しかし、そこに人間の解釈が入り、その口から発せられた言葉を「教え」として聴くとなると苦痛に感じる。 私の恐怖体験の要因。 間接的ではあるが、それは宗教と、 それに関わる人たち、組織。 それに起因して目の前で生じた恐ろしい親
40代。noteを始めてみようと思う。 アイコンが可愛いから。 なんか平和で落ち着いた雰囲気が心地よいから。 ある日、王国会館に突然行ってから10年。 その後、聖書を研究し続けて今に至ります。 途中、中断は数知れず、最近は打ち切られもしている。 でも、聖書は読んでるこの頃。 世の中は2世問題で真っ只中です。 自分も5,6才から13才まで母に連れられていた元2世。 だから、元2世の苦しみはよく分かる。 昔はこういうSNSすら存在しなかった。 20歳の頃、インターネットでやっ