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創造とは制約である


角野 隼斗
(ピアニスト)

 かつて情報系の学生であった私は,音楽家としての道を歩むようになった今でも,人工知能(AI)が人間の創造性に与える影響に関心を抱き続けています.近年,AI技術は飛躍的な発展を遂げ,特に最近発表されたChatGPTは多くの人々に衝撃を与えたことと思います.普通の人間と区別のつかない創作をするほどのレベルに達しており,創造性とは何かという根源的な問いを改めて考えさせられます.

 私が大学院生だったころ,AIを用いた自動編曲や作曲を試みていました.当初は人間では思いつかないような独創的な発想を期待していましたが,実際にはそんな甘くはなく,無秩序な出力がほとんどでした.入出力のフォーマットを工夫したり,ヒューリスティックな制約を付加すると,次第に意味のある出力が得られるようになりました.

 創造性とは何かと問われれば,私は制約を設けることこそが創造の本質ではないかと考えます.創造性という言葉は一見自由さを感じさせますが,単なる自由さでは無秩序なものしか生まれないのです.むしろ無数の可能性の中から制約を設けることで解空間を狭め,制約条件を満たさないものを排除し,その地道な繰り返しによって独自の答えを見出すということこそが,創造の過程なのではないでしょうか.たとえば音楽においては,和声進行や拍子,またはソナタ形式やフーガ,十二音技法など,音列や構造に対する制約が高度で一貫性のある創作物を生み出す役割を果たしています.もちろん,制約を意図的に破ることで新しい価値や驚きを生み出すことができますが,そのためにはまず破るべき制約が存在していなければなりません.制約とはコンセプトであり,アイディアであり,作品の指針とも言えます.誰でもAIで絵が描けて,誰でもAIで音楽が作れるようになったとき,「どれだけ制約に独自性を持たせられるか」ということにより焦点が当てられていくのではないかと思います.

 そういった意味では,ChatGPTに指示(プロンプト)を与えることも,立派な創造行為となり得ます.かつて話題となったとある作曲家のゴーストライター問題も,曲構成に制約を与えていたという点では,時代に先駆けた創造行為だったのかもしれません.優れた技術やスキルそのものの価値は相対的に低下し,制約を作り出すこと,生成物を評価・選択する能力の必要性が高まっていくことでしょう.

 身体性もまた,制約の1つとなります.できることとできないことは人によって能力差がありますから,その制約の違いは個性を生みます.何かができることよりも,何かができないことの方がむしろ創造性は生まれるのかもしれないな,と思いながらも今日も練習に励んでしまうのでした.

(「情報処理」2023年8月号掲載)

■ 角野隼斗
1995年生まれ.東京大学大学院修了.卒業時に東京大学総長大賞を受賞.これまでにピティナ特級グランプリ受賞,ショパン国際ピアノコンクールセミファイナリスト.YouTube登録者数が120万人を突破するなど,新時代のピアニストとして注目を集めている. https://hayatosum.com/