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CASE 1:地方大学教員の場合

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倉本 到(福知山公立大学)

はじめに:環境の大変化

 福知山公立大学情報学部は,今年度(2020年度)開かれた新しい学部であるが,それを置き去りにするほど今年の環境は大きく様変わりした.早い段階から全学の科目を遠隔講義に移行することを決断し,Zoomアカウントを全教員に配布した.移動の自粛が求められるようになると同時に在宅勤務が認められるようになった.筆者は自宅に子供が2人おり(中1/高1の姉妹),子供たちもまた自宅待機で遠隔講義を受けているという状況であったので,早速在宅勤務を申請して家に引きこもることとなった.

 これは,普通の大学教員が,遠隔での活動を強いられた環境でどのように働き方を変えたかの記録である.

私の働き方

 筆者の在宅勤務状況は100%在宅ではない.週に1日だけ,2コマの遠隔講義とその講義をビデオに収録するために,片道2時間半の経路で大学に通っている.これは,自宅に講義実施のための十分な環境を整備できなかったためである.一方,それ以外の活動はすべて自宅からの活動となっている.講義は週3コマで,残る1コマは収録したビデオによる講義である(カリキュラム更新のために同一科目を複数コマ講義することになったため).それ以外に,弊学では1年次からゼミ配属があるのでそのミーティングが週1コマ,あとは会議等がある.ほとんどの会議は大学で実施されているが,筆者は遠隔から参加している.

 在宅勤務を始めるに際し,物置になっていた自宅の一部屋を勤務のために解放し,机と椅子,外部ディスプレイ1台を設置した環境を構築した.Webカメラはすでに通販では手に入らなくなっていたので,知り合いの先生にお借りして急場を凌いでいる.在宅勤務当初は普段使いのノートPC1台で活動する予定だったのだが,会議や作業をしながら資料を広げようとすると画面の広さがまったく足りないことが早々に苦痛になってきたので,慌てて導入した次第である.

 最初のうち,筆者はできれば在宅勤務は避けたいと考えていた.これは,大学に出勤するという行為が「これから仕事をするんだ」という意識の切り替えにつながっていて,在宅になるとその切り替えがうまく働かずに仕事が疎かになってしまうのではないか,という不安があったからである.実際,最初の数日はうまく日常生活とのバランスがとれずにいた.

 しかしそれもせいぜい数日のことで,すぐに仕事と日常がうまく混ざり合い始めた.会議やゼミ活動の時間だけは部屋の扉を閉めて対応しているが,それ以外の時間は扉を開け放したままでも十分仕事ができるようになっていた.むしろ,開け放した扉の向こうに子供たちが遠隔講義を受けている様子を確認できるので,安心して作業ができるようになっていった.互いに仕事/学業へのプレッシャーをかけ合うこともなく,まるで以前からそれが普通だったかのようにそれぞれ遠隔作業/学習環境を受け入れていた.

 在宅勤務になって,これまで自宅でほとんどしたことがなかった活動をするようになった.代表的なものとしては,1) 買い物,2) 料理 である.在宅しているということは,これまで勤務先にいる間ほとんど見ることがなかった家事を目の当たりにすることになる.平日妻がどんなふうに買い物をしているかを知る機会はこれまでまったくなかったわけで,筆者はそういう「これまでまったくなかったこと」には興味があるので,邪魔を覚悟で買い物についていくようになった.ちょうどお昼前に買い物に出て,お昼ご飯を作って家族で食べるようになった.

 そういえば昼ごはんを家族全員で食べる機会もこれまでほとんどなかったわけで,子供たちがどんな食事の仕方をしているか(量や食べる速さなど)を初めて知ることとなった.上の娘は比較的おしゃべりなのでよく話をするが,無口な下の娘と話をする機会が一挙に増えた.現職についてからは単身赴任だったし,前職でも帰宅時間は家族の夕食が終わったあとが多かったことを思い出すにつけ,在宅勤務が家族の時間を確保してくれるようになったのは想定外の収穫だった.

 料理は単身赴任の身であるので普段から作っているが,特に夕食では,家族全員分となるとやはり勝手が違う.筆者と妻は料理の得意分野が違うので(妻は煮込み系が得意)得意ジャンルに合わせて誰が料理するかは変わる.その方が互いに美味しいものが食べられるのだから問題はない.煮詰まった会議などで重たい仕事をしたあとは料理などやってられない,と思うことも単身赴任時は多かったように思うのだが,自宅で家族の分の料理を作るのは不思議に気分転換になる.あと,外食ができないせいで料理のレパートリーが増えてきたことも収穫である.

 現状を思い返すと,最初に考えていた「意識の切り替え」が,筆者が思っていたほど仕事の集中に役に立っていたわけではなく,むしろ日々の生活にうまく折り合わせるほうが,日常生活と仕事とのバランスを適度に調整でき,精神的な観点ではより良い作業環境になっているように考えられる.これで自宅に講義収録ができる環境が実現したら……部屋のサイズを考えると不可能なのが残念だが……おそらく週1日の通勤もなくしてしまうだろう.

私以外の家族の働き方・学び方

 家族の働き方(子供の場合は勉強の仕方)もずいぶん変わった.

 上の娘はほぼ丸一日LINEでビデオチャットである.勉強をしていないという意味ではなく,気の合う友達とビデオチャットを繋ぎっぱなしにして互いに勉強している様子を確認しあったり,分からない個所を気軽に質問したりしている.むしろ積極的に勉強している様子が分かるので,黙って机に向かっているよりも安心感が高い.このやり方は誰が教えたわけでもなく,在宅学習が始まった直後からすぐにこのスタイルに定着しており,教室ではなかなかできなくて苦労しているアクティブラーニング的な構造を自発的に組み立てていることがとても興味深かった.時折,LINEの向こうからくる質問に子供がうまく答えられないでいる場面で筆者や妻が答えることもあり,娘の交友関係を知る機会としても機能している.このような機会は,子供たちが学校で生活している限り絶対になかったはずの機会である.

 下の娘はLINEをまだ利用していないのでそのような交友関係はないのだが,それでもたとえばZoom/Google Hangoutなどのツールをさも当たり前のように利用していることに今更ながら驚かされる.ミュートやビデオのオン・オフの切り替えなどでプライベートを適度に確保する方法を肌感覚として知っているらしく,何も教えていなくても,すっとミュートを入れて筆者らに声をかけるなどの行動を違和感なく行っていた.筆者ですら時折ミュートを忘れてキーボードを叩いてしまい,オンライン会議の参加者諸氏に迷惑をかけることがあるというのに,である.

 もう1点興味深かったのは,ビデオ講義を「流す」ことである.彼女らの使っているLMS(Learning Management System)では,知っている範囲や分かっている内容であっても,ビデオ講義の映像をすべて再生しないと課題に回答できないようになっているようなのだが,よく考えるとそれらは時間の無駄である(厳密には,自分の理解の確認ができるので無駄と言うわけではないのだが,効率は悪いと考えているのであろう).そこで彼女らは,複数のタブを開き,ビデオ講義を見ていないタブで「流し」,その間はYouTubeをBGMに別の科目や課題をやるようになっていた.この辺りも遠隔講義ならではの対応と言えそうだ.

 繰り返しになるが,最も驚いたのは,これらの対応について筆者も妻も何も教えていないにもかかわらず,自らそれらの工夫を編み出して,自分なりに効果的な新しい学習(仕事)環境を作っていることである.言葉として「ディジタルネイティブ」とは聞いていたが,彼女らの世界では遠隔通信環境がまったく特殊でない,本当に普通の世界なのだなと深く感じ入った次第である.

 なお,妻は相対的に仕事が減ったのでゴキゲンである.

おわりに:アフターコロナの世界

 不便やプレッシャーの中での生活を想像していた在宅勤務(在宅学習)は,蓋を開けてみるとたくさんの財宝を抱えていたのだが,それを今年の初めに想像できていただろうか.筆者はぼんやりと「メリットもデメリットもあるんだろうなあ」ぐらいのイメージでいたのだが,想像以上にメリットがある環境であることが体感できた.作業効率や内容が良くなったわけではないのだが,それをとりまくQoL(Quality of Life)の向上は明らかである.もちろん,設備や活動によっては出勤・出張のほうが効果的な場面は多数考えられるが,ルーチンとしての日常と仕事の融合には,思った以上に得るものがあるようである.また,ネイティブ世代にとっては,座学講義とは異なる環境にうまく適合した学習形態を実現する環境として新たな価値が付加されているとも言えるだろう.

 アフターコロナの世界は「元には戻れない」のような悲観的な表現が目に付く.もちろんそういう側面もあるが,筆者やその娘たちにとっては,アフターコロナの世界は「元に戻したくない」新しい実りのある世界であるように感じられるし,そうありたいと願っている.子供たちの在宅学習が解かれ,今は朝からお弁当を作って通学している.それはそれで学校生活を楽しんでもらいたい一方で,この数カ月の経験を単なる一過性にせずに活用できるようになってほしいと思うばかりである.

 筆者はと言えば,通常の仕事環境にはもう戻れないかもしれないことを,大学各位に覚悟していただければ幸いである.

(2020年6月26日受付)

(「情報処理」2020年11月号掲載)

■倉本 到(正会員) kuramoto-itaru@fukuchiyama.ac.jp
 2019年より福知山公立大学教授. HCI/HRI/エンタテインメントコンピューティング技術の研究に従事.本会Info-workplace委員会副委員長.なお,所属大学は2020年5月より全学が遠隔講義に移行しており,著者は現在ほぼ在宅勤務中.2児の父.

★働き方について,もっと考えたい人はこちら→『Info-WorkPlace』note