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稲見前編集長が考えた国内学会の変革と未来展望 その2 学会運営:学会をどう運営していくべきなのか?


インタビュー:
東京大学 先端科学技術研究センター 身体情報学分野 教授・博士(工学)
(一社)情報処理学会 理事・フェロー/情報処理学会誌『情報処理』 前編集長
稲見昌彦 氏
文構成:加藤由花(東京女子大学)

 稲見昌彦氏に情報処理学会誌の前編集長として行った変革や学会に対する思いをお聞きし,その中から3つのトピックを選びnoteに連載します.今回はその第2回目となります.
※なお,本記事は「DXで学会誌の外への繋がりを拡大」というタイトルでWeb(https://www.powerweb.co.jp/knowledge/columnlist/interview-28/)に掲載したインタビューの際,掲載しなかった内容を番外編としてまとめました.

連載のタイトルは以下
1.国内学会の存在意義とは
2.学会運営:学会をどう運営していくべきなのか?
3.学会活動の広がり


国内学会が必要だとして,それをどう運営していくべきなのか?
IPSJ-ONEの運営から会誌編集長へ.

学会はボランティア

 IPSJ-ONE(https://ipsj-one.org/)の第1回は2015年に実施されました.新世代担当理事の後藤さんが音頭を取って,落合陽一さんにも相当手伝っていただいて,落合さんが実行委員長,私が副実行委員長として運営しました.私がIPSJ-ONEという名前を決めて,落合さんと私を中心として他の委員たちとも議論しながら内容を決めていき,第1回は2人で司会をやりました.それまでも,IEEE VRやエンタテインメントコンピューティングに関する国際会議,ACM SIGGRAPH Emerging Technologiesのチェアとしてアカデミアの運営を手伝ったりはしていたのですが,情報処理学会の運営に時間を割いてかかわるようになったのはこのIPSJ-ONEからです.そしてこの経験がボランティアとアカデミアとの関係性をしっかりと考えるきっかけとなりました.

 ちなみに,SIGGRAPHで偉くなる人は学生ボランティア出身の人が多くて,学生のころから学会運営に積極的にかかわっています.国際会議の運営の場で日本に対してよく出る意見として,日本人は論文をたくさん出して査読もして,それでコミュニティに貢献したと満足しちゃう.そうじゃない.学生ボランティアにもっと人を出さないと存在感を出せないし,運営にもかかわれないよ,ということです.実はSIGGRAPHで私は学生ボランティア出身ではない,数少ないチェアでした.

 そこでようやく分かったことが,ボランティアが基本の学会運営だからこそ,ボランティア精神を尊重すべきということです.つまりボランティアは自発的であるべきで,強制であっては絶対にだめということです.本人の内発的な意思によって行われるものではないなら,ボランティアをさせてはいけません.逆に自発的な行動により組織の方向性に少しでも影響を与えたのであれば,それが「自己効力感」を生起させ,自らの生きがいにも繋がることになる.

 私が専門としている人間拡張工学の説明をするとき,「能力とは身体と環境との相互作用」と述べているのですが,自らの能力を発揮させるような環境を主体的に選ぶということだけでなく,ビーバーがダムを作るように自らが活躍しやすい環境を作る,変化させることも重要です.学会とはまだ言葉になっていないような,評価も定まっていないような萌芽的な領域を,同好の士がワクワクしながら活躍できるように作ったコミュニティなわけです.よって決して不変かつ所与のものでなく,より良い環境となるための水やりやメンテナンス,時代や構成員に合わせたリノベーション,そして統廃合も重要です.

 ただ,国内学会にありがちな現象として,さきほどの私もそうなんですけど,後藤さんに言われたからみたいな感じとか,指導教員の◯◯先生に手伝えと言われたからとか,会社として貢献しろと言われたからとかみたいな話が多くて.きっかけとして誰かを誘うことはもちろんあってもよいのですが,内発的動機のないメンバが増えると結局その組織の活性は低下する.逆にやる気のない人にやってもらうには,給料を支払って時間を買わないといけない.よって学会運営に一番大切なことは,個人的な見返りを求めずコミュニティに貢献したい,というモチベーションの高い人を集める「この指とまれ力」ですよね.そういう人が集まれば結果的に自らにとっても心地の良い場ができるわけです.

終わらせ方を考える

 IPSJ-ONEは結果的に現在まで続いています.それどころか日本ロボット学会主催の人気イベント「このロボットがすごい!」(https://konorobo.main.jp/about/)のきっかけにもなっています.私は学生時代にロボット学会から大いに影響を受けましたが,我々の活動が日本ロボット学会のお役に立ててうれしい気持ちでいっぱいです.

 ちなみにニコニコ学会βは設立最初から,10回やったらやめましょうというふうに,カウントダウン方式だったんですよ.これは実は過去の学会運営へのアンチテーゼで,どういうことかというと,多くの場合継続することや少しずつ大きくすることを目標に運営していて,いかに前の年と同じようなことをやって大過なく終えるかという話になってしまうわけです.だけど,このイベントが全10回で終わるなら,今第7回まできちゃった,つまりあと3回しかないとなったら,めちゃくちゃ頭使いますよね.終わりの決まっていない学会の第7回を担当するのと比べて.じゃあ,どう素敵なエンディングにつなげようかと考える.終わることを前提にして考えるとかえって創造性が増す.メメント・モリといわれるように,人生も終わりがあるから皆がんばる.同じように,IPSJ-ONEも最初は3回くらいで,みたいなことで,終わりがあるからみんな頑張って全力を出して3年間やりきりましょうというつもりで立ち上げたんです.それで私も3年ぐらいで委員もやめてイベントも終わらせようと思っていたんですけど,そうしたら後藤さんにたしなめられてしまって.後藤さんがおっしゃるには,やっぱりIPSJ-ONE面白いからといって手伝っている人たち,ボランティアがたくさんいたんですね.なぜ手伝ったかというと,いつか自分もその檜舞台に立ちたいと思っていたらしい.そのいつか立ちたいという想いを,私が勝手に個人的な信条や運営上の理由で断ち切っちゃっていいのかというと,そうではない.だったらちゃんと自主的に運営したい人がいるうちは続けるのも1つの考え方だなと思ったわけです.ただし,やはり5年に1回程度はこのまま続けるか・止めるかを議論する仕組みを「設立時」に入れ込んだ方がよいと思います.

 そういう意味で,私はすべての学会行事は,多分5年か10年,まず5年ごとに必ず続けるかどうかを議論することはやった方がよいと思います.それとはまた別に,中長期計画はしっかりと策定すべきです.そうしないと,最初始めた人はボランティアで楽しくやっていたのに,なんかいつの間にか,バトンを渡された人は偉い先生から引き継いだから何とか続けないと,という話になってしまって,結局それでは前述の理由で活性化しない.さらに言うと,学会が難しいのは,放っておくと数を減らすことが難しい.学会の終わらせ方を知っている,畳んだ経験のある人はほとんどいないと思います.立ち上げる人はたくさんいる.研究者は立ち上げるのはうまいけれど,終わらせるのはそうとは限らない.私自身含めて.だから終わり方をあらかじめ仕組化しておくのが大切なんです.

何のための学会?

 学会の統合とか連携というのもしっかりと考えるべきだと思います.少子高齢化が進んで会員数は減っていく中で,今までと同じ規模で今までと同じ活動をやっていくと,結果的に1人あたりがボランティアとして楽しくできる負担の範囲を超えてしまう.それが嫌な人が増えてしまう.面白いゲームもノルマになるとつまらなくなってしまうように,いくらやりたいことであっても,キャパシティをオーバーしてしまったり,責任感だけ負わされてしまうと結局やりたくなくなってしまう.やりたい人がいなくなって国内の学術コミュニティが潰れてしまって結局ACMしかなくなってしまうと,今度は日本語で議論できるコミュニティを失ってしまうことになります.

 という意味では,選択と集中という言い方ではなくて,そもそも「この学会というコミュニティは何のためにあるんだっけ?」「この学術分野はどういう未来を開拓しようとしているんだっけ?」というところをコミュニティの未来を担う人が中心となって議論することを定期的にやらなくちゃいけないんだろうなと思います.

 今の情報処理学会は,そんな議論ができる場なんだと思います.本会の運営にそれほどかかわっていなかった私が学会誌の編集長を引き受けたのは,いつも変なことをしている私になぜか編集長を任せようとする情報処理学会そのものが面白そうと思えたこと,そして私だからこそできることが何かあるだろう,つまり,ニコニコ学会βやIPSJ-ONEの経験が活かせそうなところかなと.

編集会議を変える

 そうやって2018年に会誌編集長になったのですが,まずは毎月の編集会議の運営方法を考え,Slack上でやりとりする取り組みを行いました.Slackを使うと,会議中に皆の前で手を挙げて発言するまでの強い意見がなくても書ける.日本人は良くも悪くもネット弁慶的です.たとえば,私も講義などで匿名チャットを立ち上げおくと,そちらの方が学生がたくさん書き込むし質問をする.日本人の多くは空気を読みすぎなんです.だから大気中のコミュニケーションは苦手.これもニコニコ学会βや会議中のチャットシステムの草分けであるWISS(https://www.wiss.org/)で学んだことですが,わざわざみんなを遮って質問するほどのことじゃないと思ったり,当たり前のことを聞いてしまうんじゃないかと遠慮しちゃう.ところがチャットなら大丈夫,重なっても同時に発話するほどには輻輳しないと思うようで,日本人には向いています.SNSとかオンラインの言語空間は日本で非常に活発です.二コ生のコメントは本当にどうでもいいこと,登壇すると私のネクタイの結び目が太いとか,私が少し太ったとか,ゆるい発言が流れる.でもそれはきっとみんな頭の中で思っていても言わないくらいのことなのでしょう.登壇者の立場になるとなんというか超能力者みたいな気分になります.聴衆が頭の中で思っていることがコメントとして可視化されていくようです.話がそれましたがそういうものを使った方が,日本のコミュニティ運営ではいいんじゃないかな,というところもあったので,まずはSlackという形でやっていました.

 そうしたらやはり,いろいろ意見を書いてくれますし,広がりましたね.あと,さすが情報処理学会で,昔からSkypeとかで遠隔からも編集会議に参加できるようになっていたんです.ただやはり,今ハイブリッドに戻って問題になっているのは,ハイブリッド学会で遠隔の参加者が置いてけぼりになってしまうことです.これは私の研究にもかかわっているんですけど,遠隔の存在感は非常に低い.画面上で手があがっても見逃しちゃう.でもそれも司会がしっかり意識してSlackでの発言を見逃さずにちゃんと拾うことができるのであれば,オンラインを置いてけぼりにせずに運営可能と考えています.

学会活動の広がり」へ続く

(2023年7月14日受付)
(2023年10月16日note公開)

■稲見昌彦(正会員)
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了.博士(工学).電気通信大学,慶應義塾大学等を経て2016年より現職.超人スポーツ協会共同代表,本会理事・フェロー,日本バーチャルリアリティ学会理事・フェロー,日本学術会議連携会員等を兼務.

■加藤由花(正会員)
本会会誌および論文誌担当理事を歴任(2013〜2016,2022〜).2018年より会誌副編集長.NTT,電気通信大学,産業技術大学院大学を経て2014年より東京女子大学数理科学科教授.博士(工学).

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