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稲見前編集長が考えた国内学会の変革と未来展望 その3 学会活動の広がり


インタビュー:
東京大学 先端科学技術研究センター 身体情報学分野 教授・博士(工学)
(一社)情報処理学会 理事・フェロー/情報処理学会誌『情報処理』 前編集長
稲見昌彦 氏
文構成:加藤由花(東京女子大学)

 稲見昌彦氏に情報処理学会誌の前編集長として行った変革や学会に対する思いをお聞きし,その中から3つのトピックを選びnoteに連載します.今回はその第3回目となります.

※なお,本記事は「DXで学会誌の外への繋がりを拡大」というタイトルでWeb(https://www.powerweb.co.jp/knowledge/columnlist/interview-28/)に掲載したインタビューの際,掲載しなかった内容を番外編としてまとめました.

連載のタイトルは以下
1.国内学会の存在意義とは
2.学会運営:学会をどう運営していくべきなのか?
3.学会活動の広がり


会誌の役割,会誌を超えて学会はどこに向かうのか?
紙からデジタルへと転換する時代に学会誌はどうあるべきか,編集長時代コロナ禍による予測不能な事態に直面し,対応策や学会活動の可視化の重要性を考える時期に遭遇したことで,学会としての役割を見つめ直し,次世代の研究者や技術者を支援するための新たなアプローチが提案されています.特に国内学会の存在意義はどこにあるのかを考えている方への参考となる内容.

発信方法を変える

 会誌編集長になって,そもそも何のための会誌だったけ?というところに立ち返って,会誌の機能をメタに見たときに,アウトプットを紙に印刷した雑誌として見たらだめだなと.日本語で議論できる,もしくは学ぶことのできるメディアだというところから入っていったとき,それに適切な方法,今ある技術でどういうことができるか,より若い人にも訴求できるような方法ということを考えたとき,結果としてソーシャルメディアとかnoteとかの媒体が出てきました.それはDXをやるんだ,というほどのものではなく,手段として会誌のデジタル化が出てきたという感じです.

 私の専門の話になりますが,私はVRの研究をしているわけですが,何でもバーチャルでやればよいというのは乱暴すぎて,むしろVR研究者の得意能力は何かというと,いかにフィジカルとデジタルの組合せを考えるかという,その匙加減こそがVR研究者のセンスなんです.VRの研究を始めたばかりの人,作品を作り始めたばかりの人は,何でもバーチャルでやりたがる.バーチャル天丼とか,バーチャルピクニックとか.それは実際に天丼食べたりピクニックに行った方がよいわけです.そうではなくて,フィジカルでは不可能なことや,フィジカルとデジタルで最大限の相乗効果が出せるシナリオを探る.最初は何でもバーチャルにしようとしても慣れてくるとだんだんバランスを取れるようになってきます.デジタル化とデジタルトランスフォーメーション(DX)の違いは,何でもデジタルではなく,そういう匙加減とデジタルを前提とした新たな仕組みの立案がポイントなんです.

 一方で,学会誌の物理的な媒体としての紙を大分減らすことになり,それに失望する方も出るだろうということはある程度想定していました.一応想定内ではありましたが,申し訳ないという気持ちはありました.あとやはり,紙ならではの強みはあります.物理は強い.さきほどの遠隔が負けるというのと同じで,目の前に物質としての雑誌の強烈な存在感があるからこそ,別に雑誌を読むつもりで歩いていたわけでなかったとしても,目に留まればふと手に取ることもあります.研究室や図書館の書架に本誌がおいてあれば,何気なく読んでいただく機会がある.それがわざわざオンラインの記事を読みにいかなきゃいけなくなると,どうしても意識していないと読まなくなってしまう.受動的に学会誌というコンテンツに触れられるような仕組みをどう作るのかが課題です.それが,今後のDXのサービスで言われている物理情報の動線ですね.たとえばポケモンGoがうまくいっているのはその動線ができているからです.では,従来の大学図書館において物理情報の動線が現代的な視点でしっかりできているかというと,必ずしもうまくいっているようには見えない.たとえばメタバース図書館やバーチャルビブリオプラザなどが1つのきっかけになるかもしれない.それができれば業務のデジタル化もより円滑に進むんじゃないかと思います.私も今,現職の大学事務とか研究所とか図書館のDXとか,いろいろと議論しているところです.

想定外は創造のチャンス

 私が編集長のときに想定外のことが起きました.コロナ禍です.想定外すぎて,その中でどうしようかと当初はただ茫然としていました.特集企画のアイディア出しをしていた有志参加のアフターの飲み会がなくなって,対面の全国大会もなくなってしまいました.大会ではグッズを売っていたり,技術書典に出店して会誌の別刷を売ったりしていたので.編集委員の皆さんのモチベーションをいかに維持しつつ魅力的な特集を出していくかという,どちらかと言うと,コロナ禍により失ってしまった求心力やモチベーションをいかに戻すかというところが,まず意識していたところです.ポコポコ出てくる課題のモグラたたき的でしたが.逆に,じゃあ情報処理学会は,そのような状況の中でオンライン社会を先導していかなくてどうする,という思いもあって,それがあの『IPSJバーチャルホール』(https://www.ipsj.or.jp/magazine/IPSJVirtualHall.html)を作ろうみたいな話になりました.これは私の本務先で学生たちが立ち上げた『バーチャル東大』(https://vr.u-tokyo.ac.jp/virtualUT/)をヒントとし,バーチャル東大チームと,Enhance Experience Inc.と,本誌編集委員会による共同プロジェクトで,バーチャルでクールなプレゼンの場のプラットフォームを提供するものです.社会の中で,情報処理学会が情報技術を活用して創造的に課題解決を行い,今までの物理世界以上に面白いことをやっていく事例を示していくのも,学会としての役割かなというふうに思って取り組みました.それが多分私が編集長として五十嵐現編集長にご協力いただきながら行った最後に近い仕事だと思いますが,そこを何とか立ち上げることができました.

 あと,60周年記念のために中田副編集長が中心になって,一般向けの用語集(https://ipsj-catalog.jp/)を作ったりしました.ちょうどタイミングが60周年記念だったので,編集委員会として特別な企画を行い,結果的に多くのことが変わりました.ただ,それは私1人ではできなくて,編集委員の皆様のご尽力の賜物です.最初に話したボランティア精神に立ち返って,前任者からお願いされて委員を引き継いだからやるのではなくて,会誌に熱意を持ってやっていただける方を推薦してください,ということをお願いできるように,委員推薦指針を新たに作成し,会誌編集委員の心得みたいなものも編集委員の欅さん(現副編集長)と一緒に作成しました.それで,結果的に私1人ではできないようなことが,コミュニティの力でできるようになっていきました.

人に焦点をあてる

 編集委員のモチベーションをいかに上げるかは編集長の大きな仕事です.それは研究室の日常でも同じです.そういう意味では,楽しんでいるところをどう見せるか,楽しんでいる背中をうまく伝えるような記事を増やしていくとよいのかもしれません.たとえば,もっと人に焦点をあててみるとか.今の会誌では,人に焦点をあてている記事は一番最初の巻頭コラムくらいしかありません.研究者としては,私がすごく研究を面白がっている背中を学生に見せる.私の場合ほっといてもそうなっちゃっていますけど.研究室の規模が大きくなりたくさん学生がいると,正面向かって学生と個別にしっかり話す時間を確保するのはなかなかできませんが,なんか稲見先生は楽しそうにやっている,もしくは学生がかかわった研究の話を楽しそうに聞いてくれるというのを見せるのは,人が増えたとしてもたぶんできることです.そういうような理由で,今後は楽しそうに活躍する研究者・技術者・学生に焦点をあてた記事が増えるとよいと思います.もちろん楽しい話だけでなく,失敗談や苦労話もあっていい.楽しさもつらさも分かち合えるコミュニティであってほしい.それはたぶん,私が編集長時代に積み残した,当時はそこまで意識できていなかったテーマだと思います.

会誌を超えて

 そうこうしているうちに,2022年度から,学会の企画担当理事になりました.学会全体のアクティビティに対する企画を行っていく役割です.会誌はそのうちの1つで,ほかにも全国大会があったり,セミナーがあったり,さらなる企画を期待されています.そういう中で,先ほど述べた人の背中じゃないですけど,理事の活動を理事会の外にも可視化することが大切だなと思うようになりました.いったい理事は何を考えいるのか.現在では,200字程度の理事の施策方式やWeb上の「理事からのメッセージ」という記事くらいしかありません.じゃあ,実際のところどういうことを考えてやってきたかというのはなかなか見えていないので,会誌と連携しながら,また学会のWebとか,広報広聴委員会と連携しながら出せるようにしていきたいと考えています.透明性とか可視化というのは,組織に対してかかわりを持ってもらう人を増やすためにはすごい大切です.私がなぜIPSJ-ONEまでは具体的に情報処理学会とのかかわりを持たなかったのかというと,たぶんそこら辺が見えていなかったからだと思うのです.

 情報処理学会が広報広聴を始めてくれたおかげで,最近は勤務先の先端研でも広報・情報室長となって,広報だけでなく広聴も大切だと偉そうに言っています.学会でうまくいっていることは各組織に展開するべきだし,逆に各組織でうまくいっていることは学会に展開すべきです.私がIPSJ-ONEでやったことも,全然別のことをうまく活かしたり,編集長業務に研究室業務をうまく活かしたのと同じようなところがあります.多分それはまた,いろいろなバックグランドの人たちがいるからこそできることなのだと思います.会誌,学会をハブとして情報処理コミュニティが広がっていくことを願っています.

(2023年7月14日受付)
(2023年11月15日note公開)

■稲見昌彦(正会員)
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了.博士(工学).電気通信大学,慶應義塾大学等を経て2016年より現職.超人スポーツ協会共同代表,本会理事・フェロー,日本バーチャルリアリティ学会理事・フェロー,日本学術会議連携会員等を兼務.

■加藤由花(正会員)
本会会誌および論文誌担当理事を歴任(2013〜2016,2022〜).2018年より会誌副編集長.NTT,電気通信大学,産業技術大学院大学を経て2014年より東京女子大学数理科学科教授.博士(工学).

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