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CASE3:リモートワークとアクセシビリティ

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坊農真弓(国立情報学研究所)

 2019年12月初旬に第1例目が報告されて以降,新型コロナウイルスは今なお猛威をふるい,我々の日常に大きな影響を与えている.影響を大きく受けたものの1つが「働き方」だ.いまや「リモートワーク」ということばの意味を知らない人は少ないのではないだろうか.

 私はこれまで,手話,触手話,指点字などを日常的な情報伝達の手段にしている人々を対象に,コミュニケーションの研究を進めてきた.十分な準備をする暇もなく,リモートワーク/オンライン生活を余儀なくされた私たちは,コミュニケーションに困難を抱える人々を巻き込むための,インクルーシブな情報環境や十分なアクセシビリティを確保できているだろうか.

手話通訳の交替タイミング

 私がろう者を含んだ研究ミーティングをするときは,手話通訳を2名から3名呼ぶ.この人数は対面でもオンラインでも変わらない.手話通訳は15分から20分程度で交代するのが一般的である.音声言語から手話言語へ,手話言語から音声言語へ翻訳する場合,非常に認知的・身体的負荷が高く,1時間程度のミーティングであっても必ず2名配置する.コロナ以前,対面会議で手話通訳をお願いしていたとき,通訳者の交替タイミングは,これから通訳する人がスッと背後に立つ,軽く肩を叩く,そっと身体を傾けて交替の意思を示すなどしていたように思う(ほかにも通訳者だけが知っている交替のやり方があるかもしれない).

 ではオンラインミーティングでは,手話通訳の交替タイミングはどのように伝達されるのだろう.コロナによるリモートワークが始まってすぐ,オンラインミーティングの手話通訳を依頼した.このとき手話通訳の方々は,LINEなど携帯アプリで事前につながっておき,これから通訳する人がLINEのメッセージで交替タイミングを知らせるという方法を用いていた.このときのオンラインミーティングのアプリはZoomだったが,みなさんご存知のようにZoomにはチャット機能があるので,通訳を選んでチャットメッセージを送ってもよいだろう.しかし,Zoomのチャット機能には,「全員向け」のメッセージが流れてくることもある.通訳中にポロンポロンと入ってくるすべてのチャットに目を通す余裕はない.そういう事情もあってか,このときの手話通訳の方々はPCとは別のデバイス(スマートフォン)を用意し,通訳者たちだけで交替タイミングを示しあっていた.

 実際に目にしたわけではないが,Zoomを開いているパソコンのそばにスリープモードにならないように設定したスマートフォンのLINE画面を開いておき,それを視野の片隅に入れながら,通訳してくださっていたのではないだろうか.

手話通訳にピン

 Zoomには,参加者のマイクに音声が入力されれば,その人が大写しになる「スピーカビュー」なるものがある.これはろう者にとってとても使いにくい.手話を使わない音声で話す人の映像が大写しになれば,手話通訳による言語情報が入ってこない.発言者が誰か,どういう表情をしているのかといった情報は入ってくるが,それだけでは当然話についていくことができない.そこでろう者は「ギャラリービュー」にする.しかし,参加者が多くなってくると「ギャラリービュー」では一人ひとりの顔映像が小さすぎて,次の問題が浮上する.小さい映像では手話が十分読み取れないのである.

 ろう者がマジョリティのミーティングでは,ろうの司会担当が挙手している人をギャラリービューで探し出し,その人をピン留めして大写しにして手話で発言してもらう.また,発言したい人の第一言語が手話ではない場合,「音声でお願いします」と簡単な手話で示し,司会担当が手話通訳者をピン留めし,ろうの司会から発言OKの合図を受け,音声で発言し始める.そうすれば,手話が常に大写しになり,ろう者が言語情報を十分に受け取れることになる.しかしながら,手話通訳者がピン留めされているとき,音声で発言している人の表情を見ることができない.これはどうしたらいいだろう.

発表者の顔も見たい

 聴者がマジョリティの学会や研究会などでは,聴者の発表者がプレゼンテーションするとき,手話通訳を受け取るろう者が自分の手元で手話通訳をピン留めして,言語情報を受け取ることが多い.すなわち,手話通訳者の姿しか見えない状況で発表を聞く(見る)ことになる.ここにも同様に,発表者の顔が見たいという要望が出てくる.

 もちろん,音声で発言している人の表情までも産出しながら通訳してくれる手話通訳者の方もいらっしゃる.しかし,発言者は冗談めかして言っているのか,怒りながら言っているのか,ちょっとしたニュアンスを汲み取るには音声で発言している発表者自身の非言語情報も必要だろう.

当事者による解決

 コロナ禍に突入してすぐの研究会では,この問題を解決するために,ろう者が自ら2つのコンピュータにそれぞれ1つずつZoomアカウントを用意して,聴者の発表者の顔とプレゼンテーション資料を出し,もう一方に手話通訳者をピン留めしたりしていた.また,ZoomとLINEを併用し,研究会にはZoomで繋がり,発表者の表情とプレゼンテーション資料を受け取り,手話通訳者とLINEで繋がり,発表者の発話内容を受け取るといった方法をとる場合もあった.

 とにかく,当事者自身がいろいろと工夫しなければオンラインでの学会や研究会への参加は難しいのである.

Zoomによるアクセシビリティ

 Zoomはアクセシビリティの向上のために,日々ユーザからのリクエストを集め,改善に努めている(参照).

 手話通訳についても「Zoomは手話通訳者をサポートしていますか?」という質問に対し,「手話通訳者は,他のビデオ参加者と同じようにZoomミーティングに参加できます.参加者はZoomビデオサムネイル機能を使って通訳者のビデオサムネイルを固定させておくことができます」と回答している.ビデオサムネイルの固定とは,「ピン留め」のことであるが,ここまで記述してきたように,ピン留めだけでは話している人の表情といった非言語情報も必要というろう者のニーズは満たされない.

 ろう者による試行錯誤の事実がZoomに伝わったのか,2020年11月頃のあるアップデートから,「同時に2人の顔を同等に大きめで出す形のレイアウトが可能」となった.この頃から,手話通訳と聴の発表者を同時に表示することができ,手話通訳による言語情報と発表者の非言語情報を同時にとることができるようになった.しかしながら通訳が介在するやりとりでは,同時に出された2つの映像で話している内容は当然時間的にずれる.そのような不便さは今なお残るが,発表者が終始笑いながら話しているといった情報はろう者のなかで統合され,「どんなふうに語られたか」というニュアンスを掴むための環境がやっと整ってきた.

まだ解決していない問題

 Zoomでは画面共有すると,スピーカビューもギャラリービューも一気に参加者の映像が小さくなる.むしろ,共有された画面が大写しになり,音声で言語情報をやりとりすることが前提になっている.これではろう者は会話ができない.画面共有をするときは,何も話さず静かに共有された画面を見る.そして,画面共有を一旦切って手話で話すといった工夫が必要になる.

 オンラインミーティングに手話通訳をつければ,アクセシビリティは確保されていると思っている人は多い.しかしながら,ここまで見てきたように,情報の出し方を工夫しなければ,十分に情報が伝わることはない.実際に,オンラインミーティングで手話通訳をつけると決まったら,手話通訳はどこに頼めばいいのか,手話通訳に事前に出す資料を準備しなければ,など諸々の課題をこなしていかなくてはならない.そうこうしているうちに,情報の出し方の工夫にまで気配りする時間も余裕もなくなってしまう.情報の出し方の工夫は,相手のコミュニケーション環境への想像力なくして実現することは不可能なのだ.

UDトークを使った飲み会

 最後に,オンライン飲み会での事例を紹介したい.私の研究室関連の送別会を年度末に実施した.ろうのメンバが1人いるので,全員が自分のスマートフォンに UDトークをダウンロードしておいてもらった.上手くいくかどうか半信半疑だったが,聴のメンバは自分の発話がリアルタイムで認識・文字化される様子をとても楽しんでいた.感情を入れすぎて発話すると,うまく認識・文字化されない.方言がキツすぎるとうまく行かない,重複発話もうまく行かない.自然と聴者の発話は感情が抜き取られた冷徹なものになっていった.しかし,このオンライン飲み会から,感情音声認識がどれほど難しいか,日本語の音声はどれほど多様なのか,情報を畳み掛けるように重ねていく会話の認識がいかに難しいか,いろいろ想像を膨らませることができた.

インクルーシブな情報環境の実現

 今回の記事では,私の個人的な体験に基づき,「リモートワークとアクセシビリティ」について触れ,オンラインの「働き方」の多様性を考えた.こういった当事者の試行錯誤や,周囲の人々による理解は,新しい情報技術を生んでいく契機になるのではないだろうか.ぜひみなさんも新しい情報技術を生み出すために,多様なコミュニケーションに楽しみながら身を置いていただければと思う.

(2021年5月17日受付)
(2021年5月27日note公開)

■坊農真弓(正会員)
2005年神戸大学大学院総合人間科学研究科博士課程修了.日本学術振興会特別研究員(PD)等を経て,2009年より国立情報学研究所・総合研究大学院大学助教.2014 年より同准教授.博士(学術).プライベートではもっぱら育児に奮闘中.

★働き方について,もっと考えたい人はこちら→『Info-WorkPlace』note