想像〇〇物語〜指揮者篇〜

⭐️⭐️⭐️⭐️
(星の数でこの記事のオススメ度を
5段階で評価しています)

まずはじめに

想像〇〇物語とは

僕が全く知らない職業や人種の方々の
生活を勝手に予想し
架空のキャラクターを使って
ある1日を日記形式で書いていく。

そういった企画である。

それに関して僕は
全くネットで検索したりはせず
己の偏見と
これまでのわずかな経験だけを頼りに
書いていくので

こんなんあり得へんやろ!
とかは受け付けません。

記念すべき第1回目は
「指揮者」


なるべく指揮者の方は読まないでください。


主人公
指揮棒 振男 (しきぼう ふるお)
32歳

ある日の朝
振男は、
演奏曲が最高潮に達した時の
指揮棒を持つ手の角度で伸びをしながら
目覚めた。

時計を見る。

9時1分

少しだけズレた。
いつも9時ぴったりに起きれるはずなのに。

振男は人生で一度も
目覚まし時計をセットした事がない。

というか指揮者は皆、
目覚まし時計が無くても
自然に目が覚める。

朝ちゃんと起きれないような
そんな生活リズムも守れないような奴が
曲のリズムを守れるわけがない。
それが振男のポリシーであり、
誇りだった。

ベットから降り
キッチンへと向かう。

指揮者は布団では寝ない。
基本的に皆ベットで眠る。

冷蔵庫から牛乳を取り出し
一口飲んだ。

カーテンから差し込む
鋭い日差しが
朝の訪れを報せるようで
心地が良かった。

今日の予定は
週末の演奏会に向けての練習
それから
婚約者との食事だ。

練習までしばらく時間があるので
朝食を摂る事にした。

朝の食事はその日の気分を左右する。

今日はベーコンエッグと
トーストを食べる事にした。

手際良くフライパンや食材を準備し
コーヒーメーカーのスイッチを入れる。

このような
複数の作業を同時にこなせないようでは
一流の指揮者にはなれない。

朝食を摂り終わった頃には
もうそろそろ
家を出ないといけない時間になっていた。

机の上に置いてある
指揮者の命とも言える指揮棒を
紺色の布で丁寧に包み、
専用のケースに入れる。

荷物はこれだけだ。

指揮者は楽団の中でも
最も荷物が少ない。

家を出て駅へと向かう。
5分ほどで下北沢駅に着いた。

切符を買う。

振男はピタパやスイカなどの
交通系電子マネーは一切使わない。

古き良きクラシックを愛する振男は
電車の利用方法についても
強いこだわりを持っている。

10分ほど電車に揺られ、
練習場所の最寄駅に着いた。

改札を出ようとすると
後ろから誰かに話しかけられた。

「指揮棒さん!おはようございます!」

同じ楽団に所属しているフルート奏者
笛 吹代 (ふえ ふくよ)だった。

「おはよう。」

彼女は誰よりも真面目に練習するので
楽団員からの信頼も厚かった。

「指揮棒さん早いですね!」

「本番まであまり時間がないからね。
気合が入ってるのかもしれないよ。」

吹代は少し微笑んで

「指揮棒さんが焦ってるなんて
珍しいですね!
絶対にいつも誰よりも
早めに仕上げるじゃないですか!
すごいですよね!尊敬します本当に!」

指揮者とは常に
人の先を行っていなければならない。

「これからも指揮棒さんに
着いて行きますよ!」

楽団において指揮者の権力は絶対だ。
誰も俺には逆らえない。

会場に着くと
まだメンバーはあまり揃っていなかった。

しばらくするとゾロゾロと集まってくる。

「おい!お前ら!
本番は今週末だぞ!
しっかりと気合を入れ直して
ちゃんと取り組まないと
お客さんの心を打つような演奏は出来ないんだ!
気を引き締めて今日からも頑張っていこう!」

「はい!!!」

みんなが揃って返事をした。

指揮者の言う事は絶対だ。

しばらくすると
皆の準備が整い、
練習が本格的に始まった。


「はい!一旦やめてー!」

振男が声を掛けると
会場が水を打ったように静まり返る。

「弓弦!2個目のパート
ちょっと入るの遅いなぁ」

振男がヴァイオリン担当の
弓弦 弾男(ゆみげん ひきお)に
アドバイスをする。

「はい。わかりました。」

弾男は冷静に答えた。
低く品のあるその声に
何人かの女性団員がうっとりしている。

「それから大弓弦!
肩に力が入りすぎている。
もっと楽に!
チェロは力強く弾くのではなく
繊細に当てるように
奏でるんだ!」

大弓弦弾美 (おおゆみげん ひきみ)は
チェロ奏者で
振男の婚約者だ。
今夜、食事をする事になっている。

弾美が楽譜を見ながら答える。

「えーっと、ふるちゃ
あっ!指揮棒さんが言っているのは3個目の
パートのことでしょうか?」

こいつ
あれほどみんなの前で
その呼び方はやめろと言っているのに

わざとだな?

振男が呆れたような表情をすると
弾美がウインクをしてきた。

かわいい

周りの楽団員が
笑いを堪えているのが見えた。

その状況を振り払うかのように
振男は大きく指揮棒を振り
再び練習に入る。

何度も何度も
練習を繰り返す。

20回ほど通し練習をした頃、
あまりの完成度の低さに
振男のため息が漏れた。

何度やってもしっくりこない。

何かがズレている。

「よし、今日はここまで!」

こんな時は何をしてもしょうがない。

気持ちを切り替えて明日から
また練習すれば良い。

控室に戻る。
道具を箱の中にしまおうとしていると
弾美が振男に近寄り、
小声で話しかけてきた。

「ふるちゃん、さっきはごめんね」

振男も小声で返す

「おい、だからその呼び方やめろって
夜まで我慢しろ!」

「は〜い」

怒られた子供のような声で弾美が返事する。

全く、可愛いやつだ。

自分の荷物の方に向かって歩いていく
弾美の後ろ姿を見つめながら
道具をしまっていると
手が滑り、床に落としてしまった。

「あっ!」

すぐに掴もうとしたが
遅かった。

指揮棒がゆっくりと地面に落ち
少し反発する。

先っぽが折れてしまった。

「最悪だ。」

振男は
辛そうに声を絞り出した。

指揮棒は指揮者にとって命のような物だ。
本番直前に折れるなんて
不吉でしかない。

「指揮棒さん、大丈夫ですか?」

「指揮棒さん!元気出してください!」

「僕、今セール中の楽器店知ってますよ」

周りの楽団員が口々に言ってきた。

「みんなありがとう、いいよ
自分で新しいの探して買うから。」

気持ちが落ち込んだまま
振男は会場を後にした。


「ふるちゃん、いいの?
こんな高級そうなところ」

振男と弾美は都内の高級フレンチ店で
向かい合って座っていた。

「うん、親父がこの店を好きでね。
昔よく連れて行ってくれたんだ。」

「へぇーそうなんだ!
ふるちゃん家お金持ちだもんね!」

指揮者の実家はたいてい金持ちだ。
貧乏な家庭で育って
指揮者になることなどほぼ無い。

食事をしていると
振男の好きなクラシックが流れてきた。

これは!

振男は思わず
ナイフとフォークを使って
曲に合わせ指揮をはじめる。

「ふるちゃん!ふるちゃんってば!」

弾美に言われ、
我に帰る。

「あー、あぁ。すまんすまん。
好きな曲だったもんだからつい」

「ふるちゃんってそう言うところあるよね!
おかしい!」

弾美が大きな声を出して笑った。

「あまりはしゃぐな!
恥ずかしいだろ。」

「冷たいなぁ。
もしかして棒が折れちゃったこと
まだ気にしてんの?」

「…別に」

「また新しいの買えばいいじゃん!」

「簡単に言うなよ!
指揮棒は、指揮棒はな、指揮者にとって
命なんだぞ!」

指揮棒にとって指揮棒は命だ。

「もう、そんな大きい声出さないでよぉ。
わかったって!」

「すまん。大きい声を出してしまって」

「ねえねえふるちゃん!
今日家行っていい?」

「え?今日?」

「うん、久しぶりに泊まろうかなぁ〜
と思って。」

「今日か。
また今度にしないか?
今日はあまりそういう気分には
なれそうもない。」

「えー!うそー。
道具は折れちゃったけどぉ〜
ふるちゃんの指揮棒は元気なんでしょう?」

「お前な!
なんて下品なことを言うんだ!
音楽を舐めてるのか!
良い加減にしろ!」

気分を害した振男は
お会計を済ませ
店を出た。

家に帰る。

少し反省をしていた。

たしかに
弾美が言ったことは
1人の音楽人として
許されるような事ではなかった。

しかし、
あれは弾美なりに
俺のことを
慰めようとしてくれていたのではないか?

今更になって気がついた。

すまない弾美。

言い過ぎた。
明日会ったらちゃんと謝ろう

そんなことを考えながら
今日も振男は1人、
眠りにつくのであった。



おしまい

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