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鍵の行方

おはようございます。

 最近、鍵をなくしたり、自転車が壊れたりと不幸なことが積み重なっているからなのか、寝つきが悪い普通の理系大学生です。大していいこともなく、毎日続いているのは部屋の天井ばかり上げ続けているBeRealの連続記録が200日を突破したことぐらい。誇れることがしょぼい。でも毎日続けることはすごいことなんだと自分に言い聞かせて自己肯定感を保つしかない。

 そんな僕の最近あった「不幸」だけで片付けられないような、警察のお世話になる寸前だった実話について書こうとおもいます。

 その日は1時間目からテストがありました。しかし、テストに対する不安もあるせいか、前日もなかなか寝付けないでいた。いつも通り深夜になると隣の人がベランダに出て煙草を吸い始めた。エアコンの音で隣の部屋の窓を開けた音がかき消されても、においが部屋までうっすらと香ってくるのでなぜか気づいてしまうのだ。全然寝つけていない証拠だ。いつもだったら秒で寝付く、それだけが持って生まれた能力なのに…。

 目が覚めると1時間目のテストが始まった直後だった。時計を何回か見て絶望した僕は大慌てで家を飛び出した。テスト開始から30分以内に到着すれば受けさせてもらえたはず。本来なら自転車を使って15分なのだが、あいにく自転車は壊れたまんまだった。ここ数日はバスで登校しているけど、いい時間にバスがなければ(こんなピンポイントであるわけもないんだが)、どうやって学校へ向かおうかと考えながらマンションの階段を駆け下りていたところ、家の鍵をし忘れたことに気づいた。ついぞ最近家の鍵をなくしたばかりだというのに、大家さんからもらった合鍵すらも行方不明になってしまってはもう救いようがない。そのおかげもあって、常に鍵がカバンに入っているか気になってしまうようになっていたので、鍵を持たずに家を飛び出したことに気づくことができた。

しかし、もう鍵をしに戻る時間なんて自分には残されていないんじゃないだろうか?と思いとどまった。このまま学校に行かないと間に合わないのでは?

そう心の中では意識が先走りながらも、直感が悪いものを察知したのか、すぐに踵を返して階段を駆け上った。自分の部屋があるフロアが見える最後の踊り場で体の向きを変えたとき、その嫌な予感というものが天文学的な確率で実現する瞬間に僕は遭遇してしまった。階段を駆け上がる僕の視線の先で、自宅のドアが開き、ある男が出てきたのだ。衝撃で動けなくなった僕を見てその男も固まっている。家主の僕に気づいたに違いない。さらにその男の右手には僕が家に置きっぱなしにしてきたはずの例の合鍵。僕は残りの階段を2段飛ばしで登りきると全速力で廊下を走った。

「返せ!」

と叫びながら、腕を掴み鍵をひったくる。(本来は僕のものなのだから)
 相手は抵抗しなかった。無事に鍵はとられずに済んだ。相手の格好を見る限り、パジャマのようなダル着に特に僕の家の中から奪ったものはなさそうに見えた。さすがにわずか1分ちょっとで奪えるものはなかったか。でも、待てよ。こいつ一体どこから来たんだ。このマンションにはさっき上ってきた唯一の階段以外にエレベータなどほかの入り口がない。そもそも、さっき僕は階段を下りている間に誰ともすれ違うことはなかった。つまりこいつはおそらく同じマンションの住人…。とりあえず

「警察に連絡するぞ。」

 と僕が宣言する。目の前で対峙する相手の方が僕よりも動揺して見えた。まだ口を開かない彼からかすかに煙草のにおいがして僕は悟った。こいつ隣の部屋の奴だ。そう思って今きた廊下を振り返ると、隣の部屋のドアが建付けの悪さからか数センチ壁から浮いていた。まさに今さっきちょっと外に出てすぐに帰ってくるつもりだったとでも言わんばかりだ。僕が家の鍵をせずに出ていったところを狙われたというのか。もし、直感に反してテストに向かっていたらどうなってしまっていたのだろうかと考えずにはいられない。ふとテストのことを思い出して腕時計を見るとすでにさっき見たときから5分も時計が進んでいた。今すぐにでも向かわなければテストが受けられなくなるものの、この男を野放しにするわけにもいかなかった。そうだ、警察を呼んで事件に巻き込まれたからテストに行けなかったことの証明に使えば免除されるのではないかと思い、もう学校に行くことをあきらめたその瞬間、男は僕の手を振り払って階段の方に逃げるように走りだした。まさかまだ自分の身元がバレていないとでも思っているのだろうか。

「おい、待てー」

とそれ以外のセリフも出ずに追いかけようとしたが、そもそも隣の部屋の住人で間違いないはずで、じゃあこっちが向こうの家の鍵を奪ってやろうと、数センチ空いた横の部屋のドアを引いた。
すると、踊り場まで下りてこちらを振り返った男が初めて声を出した。

「おい、何やってんだ」

やはり、犯人は隣人ということで間違いなさそうだった。まったく同じ言葉を3分前のお前に返したい。

「隣の家のやつが犯人だったって警察に言うぞ」

と突っ込みの意味もかねて叫んでやると、やってしまったといわんばかりの顔で首を横に振っている。さすがにさっきの反応は、母親に自分の部屋を開けられた時の男子中学生さながらの反応で、もう嘘を連ねて言い訳する余地もなさそうだった。すると、驚いたことに僕の部屋の逆側の隣のドアが今度は開いた。出てきた女がじっとこちらを見ている。うるさいやり取りが迷惑となってしまったのだろうか。それとも隣人とか犯人とかいろいろ叫んでしまったからだろうか。謝罪を述べようか迷っていると、こちらに駆け寄ってきた。手には銀色の光るものが握られていて、よく見るとそれは鍵だった。そして、急に

「ごめんなさい。これお返しします。」

とその鍵をこちらに渡してきたのだ。その鍵はなぜか妙に懐かしかった。黄緑色のストラップがついたその鍵は間違いなく僕が3週間前になくしたばかりの鍵だった。

「え、なんで」

僕が固まっていると、

「あの男に渡されたんです」

とまだ踊り場で固まっている犯人兼隣人の方を指さした。

「いつか返さなきゃと思っていたのですが、あの男にずっと持っておくように脅されていて…。申し訳ありませんでした。だから、警察にはどうか言わないでください。お願いします。」

一体どういう関係で、いつそんな取引があったんだと突っ込みどころ満載過ぎるフレーズがポンポンと出てくる。どうやらこっちの隣人も警察行きを恐れるような行動をしたと自覚して飛び出してきてしまったようだった。時計を見るとさらに3分が経過していた。もうテストの受付時間が終了しそうだったため、犯人も特定できたし、まずは警察の前に教授に事件に巻き込まれてテストに行けなくなった旨のメールを打とうとスマホを取り出したら、ちょうどBeRealの通知音が鳴って………



現実に引き戻された。なんだ、夢だったのか。慌てて見た時計は12時過ぎを指している。テストの時間はとっくに終わっていた。と思ったらテストは明日だった。一瞬の安堵の次に、僕の今日の目覚ましとしての役割を全うしたBeRealの通知を見つけてしまう。さっきの通知音はリアルの方だったらしい。そういえば昨日取り忘れたのではないか??と疑いつつシャッターを押す。外カメにも内カメにも、二人の犯人兼隣人の姿はなく、今日もまたいつもと変わらない天井が映っていた。アップロードが完了して履歴を見て絶望した。200日の連続記録は途切れていた。通知も夢だったらよかったのに。落胆するとともに、まだ落単決定してなくてよかったと思いながら、少し怖くなって玄関を見に行った。


鍵はかかっていなかった。

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