1. 迷子と拾い物
空海
恐らく誰もが一度は聞いたことがあるであろう名前。真言宗の開祖、弘法大師様である。学校の教科書に載っていた人物のただの一人に過ぎなかったこのお方。こんな形で私の人生に花々しく再登場するなんて、誰が想像出来たであろう。流石の赤毛のアンの空想でさえ、追いつけなかったではあるまいか。兎にも角にもこの空海により、"空" に携わる仕事をしていた私は"海" を渡ることとなるのである。
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その夜、ライン業務を終えた私は背の高い小さな丸椅子に座り、
パソコンに向かっていた。二時間程宙に浮いた足をぶらぶらさせながら、
急ぎでもない資料を作成していただろうか。今では何をしていたかはっきりと覚えていない。手を止め窓へ目を向けた先には、夜の空に建物やら翼の赤と緑のランプがチカチカしているのが見えた。時計を見ると21時を過ぎている。さて、そろそろ家へ帰らなければ。ササッと机上の作業物を片付けた私は、それをカバンに入れオフィスを出た。
桜の蕾が膨らみ、人々が開花を待ち望むそんな頃であったとは言え夜はまだ冷える。私は待機場で缶コーヒーを片手に将棋を打っているタクシーのおじちゃん達を横目に、自身の車目掛け早足で歩いて行く。目の前に見えてきた道を渡る為、横断歩道に向かってさらに歩く。するとそこへ、歩道の無いその道を巨大なバックパックを背負った旅人が、行き交う車スレスレに車道を歩いて行くのが見えた。
私の頭の中に
”こんな時間に、こんな所を、何故、彼は歩いているのだろう。暗く危険だし、何より彼の歩いて行く先に待ち構えているのは、トンネルだけである。さらに言えばトンネルの先にも何もない。歩いた先に目標物が無かったなんてなったら泣けてくる。” と疑問と共に親切心が湧いたのである。
彼に声をかける " Hello, may I help you? There is nothing ahead."
" I am looking for コンビニ." どうやら彼はお腹が空いて、コンビニを
探していたらしい。それにしても何故こんな所でという疑問(後ほど解決される)は捨てきれない私。この後、ターミナルにあるコンビニへ案内する為に彼と一緒に少しばかり夜道を歩くこととなるのである。もちろんこの時既に空海が物陰から、頭を半分出し覗いている事は知る由もなく。
つづく
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