だから、わたしはパートナーではなくあえて彼氏と呼ぶ
昨今、恋人のことをパートナーと呼ぶ人が増えている。なんとなーく品があるから?もしかしたら同性カップルの可能性があるから?ここ数年で急速に増えている気がする。
世間話のなかでふと出てくる、 ” パートナー ”
これ以上私のプライベートゾーンに入ってこないで、気を遣え、多様性の時代だよ?…といった、配慮の体裁をした強制力や圧力のある言葉だと思う。この言葉に触れると少しばかり、漬物石のように重くずしんとのしかかり、またはぽーんと突き放された、そんな感情になる。多様性や社会への不勉強を恥じているからかも。
そうなるとなんだか、多様性に疲弊してくる。でもね、パートナーを用いる人に問いたい。それは適切な言葉選びだろうか?流行り言葉を安易に使ってないだろうか。一人一人と向き合ったことによって選ばれた言葉だろうか。
25歳、女。結婚、妊娠、育児。シンプルに人を愛することについて話したいだけなのに全部地雷テーマで嫌気がさす。政治や宗教のようなちょっぴりセンシティブな話題もっとオープンでフラットに議論すべき派な自分にとってはさらに息が詰まる。
一人一人と適切で深い関係性を築くのには、自らのスタンスを明らかにすることは重要だ。だから、わたしはパートナーではなくあえて彼氏と呼ぶ。異性愛者でマジョリティだから胸を張る訳ではなく、これは「恋愛についてポジティブな感情を抱き、ラフに好きな人の話をしたい」という自分なりの意思表示だ。誰にでもその表現をするわけではないが、自己開示が必要な場面では積極的に使う。それでも、あなたには恋愛の話は避けたいと考えるのでれば、初めて”パートナー”という言葉で、他人との距離を図る表現されるのでは?敬語で相手との距離を図るように、相手によって言葉は変わる。もちろん、一概には言えない。じゃあ何が言いたいかって、一人一人と向き合い、言葉を選びたい。そうしてやっと、多様性の許容や人と適切で深い関係が築ける。
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