見出し画像

スタートアップの特許戦略入門

※ここから始まった発信活動は、皆さまのおかげで、「スタートアップの知財戦略」の出版にまで至りました。この場を借りて御礼申し上げます。

知財戦略等の言葉を聞く機会は増えてきたものの、まだまだ「スタートアップの」特許戦略については、業界に浸透しきっていないように思えます。

そこで、今回は、スタートアップにとっての特許が、いかに事業の成長に貢献するか、その概要をお伝えできればと思います。

なお、本稿の内容は、何度かスタートアップさん向けの勉強会で扱ってきたテーマで、参加者の方々からのご意見等も踏まえたものとなっております。ご意見をくださった方々にはこの場を借りて感謝申し上げるとともに、更なるブラッシュアップのため、皆様のご質問やご意見もお待ちしておりますので、よろしくお願いいたします!


1.スタートアップと特許

ここでは、スタートアップを、短期間に多額の資金調達を行い、限られた期間内でのEXIT(M&A又はIPO)を目指す企業と定義します(スモールビジネスは本稿の議論が必ずしもあてはまらないところもあるので、ご留意ください)。

この定義を前提に、スタートアップは、創業後、EXITに至るまで、
①各フェーズで円滑な資金調達を行い、
②他社に対する参入障壁を設け、
③EXIT時に向けて企業価値を高める
のそれぞれを実行していく必要があります。

そして、スタートアップが特許戦略を意識すれば、特許権は①~③のそれぞれに貢献することができます。
いかに貢献できるかを説明するにあたって、まずは「そもそも特許権とは?」というところからご紹介いたします(もう知ってるよという方は読み飛ばしてください)。

2.特許権とは

誤解をおそれずにかみ砕いた表現にすれば、特許権とは、特許発明として定めた内容と同じことをさせない権利といえます。

(1)特許発明

特許発明は、物の発明、方法の発明、物を生産する方法の発明の3種類に分類されます。

例えば、
①物(プログラムを含む)の発明(製品に係るもの等)
 Ex. Facebookのユーザ相性評価プログラム(特許第4906846号)※設立後約1年で出願したものです。
②方法の発明(サービスに係るもの等)
 Ex. amazonのワンクリック特許(特許第4937434号)
③物を生産する方法(製品の製造方法)
といったものになります。
※もし特許の内容について検索してみたいという方は、J-platpat(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/all/top/BTmTopPage)やGoogle Patents(https://www.google.com/?tbm=pts)で検索してみてください!

(2)特許権の効力

特許権者は、特許権を侵害した者に対し、
①差止請求(競合の排除)
②損害賠償請求(金銭の獲得)
を請求することができ、場合によっては特許発明の実施を許諾することを前提に、
③ライセンス契約(金銭の獲得やクロスライセンスによる相手の特許の使用許諾の獲得)
のきっかけにもなります。

このうち、差止請求が認められる権利は数少ないため、競争力の確保やビジネス交渉における有力な交渉材料として高い価値を有しているといえます。

(3)特許権を取得するまで

大きな流れとしては、

①特許出願についての打合せ開始
②出願書類の作成及び提出
③特許庁に対する審査請求(実体的な審査のお願い)
④(特許庁とのやりとり:拒絶理由通知に対する応答等。すなわち、このままじゃ特許をとれませんよ、という指示が出て、これに対し、意見を出したり、特許発明の内容を補正したりして対応します。)
⑤権利化

といった流れになります。
意識すべきことは、
A.原則、出願後1年6か月で出願書類が公開されてしまうこと
B.出願後3年以内に審査請求を行う必要があること
となります。Bについては、逆に言えば、一度出願さえしてしまえば、3年間は審査請求までの猶予が与えられます。
そのため、資金繰りに苦しい時期でも、出願まで行い、当該発明を実施したプロダクトやサービスの状況を見ながら、資金面の調整がついたところで審査請求をかけるという選択肢もでてきます。
なお、上記②までで代理人費用と実費を合わせて40万円前後、③~⑤までで60万円前後(全体で100万円前後)と考えておけば、大きなずれはでてこないものと思われます。

※なお、出願後の審査請求のスピードや各種実費については、スタートアップ特有の優待制度があります。詳しくは
https://note.mu/ip_startup/n/n132c69f0d5d3
をご参照ください。

3.特許出願のメリット

特許出願をすることにより、

①特許取得の要件である新規性や進歩性(既存の技術から当業者(その分野の技術者)が容易に思いつくことができないこと)の判断基準が出願時になる(=早ければ早いほど良い)
②他社が同様の内容で特許を取得することを防止しうる
③「特許出願中」(権利取得後は特許取得済)と表示し、自社のプロダクトやサービスの技術力や独自性のアピール材料とする

等のメリットが考えられます。
また、①との関係で、資金面で苦しい時期であっても、プロダクトやサービスをリリースする前のなるべく早い段階で特許出願すべきということができます。

なお、特許権を取得するには、当該発明に

①新規性

②進歩性

があることが必要となるため、特許出願前には、投資家や潜在的顧客等に対してプレゼン等を行う必要があるときも

A.できる限り技術のコアの部分は開示しない
B.必ずNDAを締結する
C.NDAを締結しても、多数の方には開示しないようにする

といった配慮が必要になります。

4.特許権取得後のメリット

特許権を取得した後は、前述の自社プロダクトやサービスのアピール効果の他、

①他社プロダクト・サービスが特許権を侵害している場合の差止請求・損害賠償請求
②ディフェンス材料(クロスライセンスの弾や侵害訴訟等を起こされた場合のカウンター材料)
③他社に実施させ、ライセンスフィーの獲得
④自社の価値の高さを証明する材料
⑤他社との協業に関する交渉の際の交渉材料

等が挙げられます。

②について、特許権者が侵害者に何らかのアクションを起こす際、通常は相手方が特許権を保有しているか否かを確認します。そこで、相手方が特許権を保有していない場合、少なくともカウンターで訴えられるリスクは「0」ということになります。そのため、相手方に対する抑止力という意味でも、特許権の保有は極めて重要なものとなります。

なお、アメリカでも、facebookの上場の際、yahooから特許侵害訴訟で訴えられるという事件もあり、facebookの上場にも一定の影響を与えたといわれており、ステージが進めば進むほど、ディフェンスにも目を向けることが重要となります。

④について、自社の企業価値を説明する際、
A.マーケットサイズ
B.自社のサービスプロダクトの価値
C.競合や後発に対する自社の優位性
等を挙げていくと思いますが、B及びCについていえば、特許権をとれた発明については自社しか実施できないものであって、当該発明を実施したプロダクトやサービスは(ライセンスをしない限り)自社でしか提供できない、ということになります。

なお、仮に特許権に抵触しないように設計変更された場合には、特許権の侵害を主張することは難しくなりますが、特許権をきちんと作りこみ、設計変更に一定の時間を要するものとすれば、競合に対し貴社はリードタイムを確保できることとなります。

また、特にM&AでのEXITの際、魅力ある事業において有効な特許権を保持していれば、(多くの場合はある程度の数の特許権でポートフォリオを構成する必要がありますが)当該特許権を取得するために当該企業を買収するということも決して少なくありません。
逆に、デューデリジェンスの際、適切なポイントで特許権を取得していないことが、マイナス評価され、事業価値を低く算定する材料に用いられることもありえます。

⑤について、他社(特に大企業)と共同開発や業務提携を行う際、大企業にノウハウや技術だけとられてしまうのではないかと懸念するスタートアップの方も少なくありません。
その際に、人・金・物・交渉力において優位に立つことが多い大企業との交渉で、スタートアップの交渉力を高めるのは特許権の存在です。
すなわち、大企業であっても、特許権者の許諾を得ない限り、当該特許発明は実施できないという意味で、スタートアップも交渉優位になることがあり得ます。

5.まとめ

以上のように、スタートアップにとって、特許権は自社の価値を高めるために極めて有用なものであり、適切な特許戦略の構築が必要となります。

実際に特許戦略を構築する際には、個々の業界の状況や自社の状況を踏まえて色々と検討していく必要がありますが、良い特許戦略を構築するには、
「経営×知財」
の観点が重要です。

この点、大企業においては、経営判断を行う部署と知財の知識と運用能力を有する部署が分離していることが多く、「経営×知財」をうまく実現できている企業ばかりではありません。

これに対し、スタートアップは、「経営」と「知財」が「=」の関係又は極めて近い関係にあることが多いため、今の大企業よりもより良い知財戦略を構築できる可能性を秘めているものといえます。

このようにスタートアップにとって相性の良い特許戦略を活用し、世界に新たなスタンダードを創るスタートアップが1社でも多く誕生するよう、私もよりよい特許戦略を検討していきたいと思います。

入門編ということで、もし反響等あれば各論的なお話もさせていただければと思っています。

質問やご意見があればお気軽にご連絡ください。
よろしくお願いいたします!

弁護士 山本飛翔

Twitter:@TsubasaYamamot3

拙著「スタートアップの知財戦略」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?