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はじまりの 中編

 オーディションでは自己紹介をしたり、カメラの前で複数人で雑談をしたり、最初は三十人近くいた参加者も、お昼を過ぎる頃には陸と匠を含む六人にしぼられていた。
 最後の試験は「親友を事故で亡くし、ひとり部屋に戻って泣くトオル」の役だった。一人ずつ部屋に呼ばれるなんてことはなく、スタッフや参加者のいる前で演技をするのだ。
 一番手は匠だった。
 アシスタントが「はい!」と両手を打った後、匠は突っ立ったまましばらく動かなかった。
(何してんだ?)
 陸がいぶかしんで少し身を乗り出して、匠が号泣していることに気がついた。両腕を力なくぶら下げて、うつむいて嗚咽をもらしながら泣いている。
 匠が立っているのは実際には何もない部屋だったが、陸にはトオルの部屋が見えるような気がした。必要最低限の家具しか置かれていないそっけない部屋。棚に本は少ししかなくて、趣味のアコギが無造作に置かれている。
「そこまで!」
 アシスタントの声に陸ははっとして匠を見た。匠はTシャツの袖で涙を拭うと、頭をさげてマネージャーの万里のそばに駆け寄った。
 陸の順番は一番最後だった。
 いつもなら泣くシーンではその役になりきって、身のまわりにいる人間のことなんて考えることもないのに、やけに姉の七海(ななみ)の顔が浮かんだ。
 母親が都内のマンションで陸と二人で住むようになり、夏休みに入って久しぶりに家族四人で過ごした夜、陸は思っていた以上に不仲になっている両親に戸惑った。
 目を合わせない父母をとりなすように、七海が明るく笑いながら手作りの夕飯について身振り手振りで話す。
「大丈夫だから。心配しないで」
 二人きりになった時、七海はそう小声で言って無理に笑ってみせた。
 姉ちゃん。おれが姉ちゃんにそんな顔させてるんだな。
 演技をしながら七海のことを思って泣いた。

つづく


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