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駅地下の鳩


駅地下に鳩がいた。

池袋駅の地下通路に、普通にいた。
一羽だけでぽつんと心許なさげにウロウロしており、どうやら迷い込んでしまったようだ。

駅地下の鳩。行き交う人々も時折ちらりと目をやるが、特に驚いた様子もなく通り過ぎていく。
普通、駅地下に鳩はいない。でも、いてもそこまで不思議じゃない。なぜなら地上と通じているからだ。
だから駅地下の鳩は過剰に注目を浴びるわけでもなく、とはいえ完全に無視されるわけでもなく、「ギリギリ見逃せるレベルの非日常」として池袋駅構内をうろついていた。
私も長時間見ていたわけではなく、しばらく観察した後にその場を去った。

無機質なコンクリートの壁で覆われた空間にぽつんと野生動物が存在しているのは、非日常のレベルとして丁度良いのかもしれない。
基本的に人間は異常なものを嫌う。駅地下にいたのが鳩ではなく、全身血塗れで刃渡り20センチの刃物を持った覆面男だったとしたら大変な騒ぎになっていただろう。
一方で、何も異常が存在しない、広告看板と人混みに溢れたいつもの駅地下の空間が時折疎ましくなることもある。
だから異常なものが存在しないことを無意識に祈りつつも、心のどこかでは日々に微かな変哲を求めていることになる。

その点、駅地下に迷い込んだ鳩はきっと私たちの「非日常欲」の受け皿としてジャストフィットしていたのだろう。
ある程度活発な生き物なので地上から駅地下に迷い込むこともあるだろうし、迷い込んだところで人間を直接的に害するわけでもない。
駅地下の鳩。『右肩の蝶』みたいでなんだかエモい。

きっと皆、日々の中に丁度良い変哲を探している。
私たちがフィクションから味わっているのは、そういう快感なのかもしれない。

http://bunko.shueisha.co.jp/tanpenryokan/

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温泉に浸かった後のような気持ちになっていただければ幸いです。

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