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ファンサービスをしない監督 落合博満は野球ファンに何を与えたのか 第31章

第31章 選手全員登録抹消の衝撃 ~2010年~

 この年の中日は、最大の目標であったセリーグ優勝を果たした。
 落合は、毎年、目標をリーグ優勝にする。リーグ優勝後の試合には大きな重点を置いていないかのように。

 それは、短期決戦があくまで時の運であることを落合は、身をもって知っていたからだ。いかにペナントレースで勝った強いチームとはいえ、短期決戦ではあっけなく敗れることもある。
 2人の投手が好調で、2・3人の打者が好調であれば、短期決戦で先に4勝することは難しくない。

 よほどの力の差がない限り、勢いに乗った選手の多い方が勝つ。短期決戦とはそういうものだからだ。

 とはいえ、完全優勝は、落合の悲願である。リーグ優勝を果たした落合は、貪欲に戦略を駆使して日本一を狙いに行った。

 その1つ目が選手全員を登録抹消という方策である。10月2日にシーズン最終戦を終えた後、クライマックスシリーズのファイナルステージまでには18日間ある。そうなると、全員を登録抹消しても、10月20日までに再登録できる。

 つまり、競争心をあおり、見極めた万全のメンバーをクライマックスシリーズ直前に登録できる。たとえ、それまでに故障しても、出場するときに登録できるというメリットがある。1回抹消すると10日間再登録できないだけに、そのリスクを回避したわけである。中日は、心理的にも優位な中で、クライマックスシリーズへ突入する。

 この選手全員登録抹消という戦略は、翌年以降、リーグ優勝チームが真似るようになり、現在ではスタンダードとなった。
 一見、非常識に見える落合の戦略。だが、落合は、いとも簡単にそれを常識に変えていく。
 合理性は、それまでの常識を凌駕するのだ。

 クライマックスシリーズは、4年連続でファイナルステージが中日×巨人の戦いとなった。
 2007年とは異なり、1位に1勝のアドバンテージがある効果は大きい。しかもシーズンに圧倒的な強さを誇ったナゴヤドーム。そこに来て選手全員登録抹消で敵の出鼻をくじいているだけに、中日の勝利は、明らかだった。
 1勝のアドバンテージを含めて4勝1敗で中日は勝ち抜いていく。

 しかし、問題は、日本シリーズのロッテ戦。ロッテは、パリーグ3位から勝ち上がってきて、勢いに乗っている。
 短期決戦は、勢いが大きく作用するだけに厄介だった。

 ロッテは、パリーグで首位と2.5ゲーム差で3位となったものの、2位西武との第1ステージを2戦連続延長戦で勝ち抜いた。
 そして、1位ソフトバンクとのファイナルステージも、1勝3敗とリードされる絶体絶命の状況から3連勝して日本シリーズに駒を進めていた。
 チーム打率がリーグ1位ながら、チーム防御率はリーグ5位。文字どおり打撃のチームである。

 前評判は、中日投手陣×ロッテ打線。有利なのは、強力投手陣を持ち、リーグ優勝した試合巧者の中日というものであった。

 日本シリーズ前での監督会議でも、主導権は、中日が握った。矢継ぎ早に落合が質問を投げかけたのだ。
 その中で有名なのが「7試合引き分けで第14戦までもつれこんだらどうするのか?」である。
 会議のメンバーは、そんなことなどありえないという表情を浮かべていたそうだが、理論的には起こりうる。第7戦までは延長15回引き分け制で、第8戦以降が延長無制限であるだけに。
 現実的には第7戦の11月7日で決着がつかなければ、第8戦以降はナゴヤドームで試合を行う。仮に第13戦までもつれ込んだとすると、試合日の11月13日は、既に組まれている日韓クラブチャンピオンシップと重なってしまうのである。
 落合は、2010年の中日×ロッテ戦なら、そこまでもつれることがありうるという見解を示した。だが、日本プロ野球機構は、あまりに予想外の質問に絶句してしまい、結局はお茶を濁された形で終わる。

 しかし、落合の発言が現実味を帯びてまさかと思わせたのが、この日本シリーズが3回も延長戦に突入したからである。
 第4戦は、延長11回で中日が4-3で勝ち、第6戦は、球史に残る5時間43分の激闘の末、延長15回引き分け。第7戦は、延長12回までもつれ込んだのである。結局、ロッテが延長12回に勝ち越し、4勝2敗1分で日本一になったが、延長15回までもつれて引き分ければ、第9戦まで行く可能性が高かった。

 落合は、延長15回までの試合が増え、第8戦以降がありうることを示し、それに対応できる選手枠25名の拡大、そして、延長無制限の検討を促す意図があったのである。ただプロ野球界に落合の洞察力を見抜ける人物がいるはずもなかった。

 こうして落合が緻密に練り上げた戦略をもってしても、中日は、「史上最大の下剋上」と称して勢いに乗るロッテの快進撃を食い止めることができなかった。

 短期決戦は、よほどの実力差がない限り、どこが勝ってもおかしくない。
 ロッテの勝利は、世間で想定外の快進撃ととらえられたが、落合にとっては、想定内の敗戦であった。

 それゆえに、落合は、2011年の目標をリーグ2連覇に定めるのである。

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