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ファンサービスをしない監督 落合博満は野球ファンに何を与えたのか 第33章

第33章 2011年の落合コメントから見る驚愕の予言計算

 2011年の中日は、東日本大震災の影響で4月12日開幕となったビジターでの横浜3連戦で負け越し。
 4月19日からの神宮でのヤクルト3連戦は、貧打にあえいでまさかの3連敗。

 この年に導入された飛ばない統一球に中日の打者たちは苦しんでいた。職人気質の繊細な打者が多いだけに、なかなか新しいボールに適応できなかったのだ。
 前年のリーグ優勝がまるで嘘のように4月は、1度も貯金することなく終わっていく。

 そのうえ、この年は、吉見一起、チェン、山本昌、山井大介、小笠原孝といった主力投手陣を故障で欠いての開幕だった。

 大震災。ビジター開幕。飛ばない統一球。主力投手陣の故障禍。
 これらの想定外は、球団史上初の2連覇を狙う中日の出鼻をくじいた。

 そんな中、落合だけは、泰然自若の態度を崩さなかった。
 5月前半、落合監督のコメントが世間を賑わせる。
 まずは、ヤクルトに開幕5連敗で5位となった5月4日試合後。
「24負けても、よそに24勝てばいいんだ。144試合トータルで考えないとだめなんだよ」(中日新聞2011.10.22)
 「24負」とは、1シーズンに他のセリーグ1球団と対戦する試合数だ。たとえヤクルトに24敗しても他で24勝を取り返せば借金0で問題なし。
 大げさな例えで、まず起こりえない話だが、落合の脳裏では「苦手の神宮で負けたって得意のナゴヤで勝つからチャラだよ」
 おそらくそう言いたかったのだろう。

 さらに5月7日の巨人戦連敗後。
「これで何敗目?11敗目?まだ50は負けられるな」(中日新聞2011.10.22)
 この時点で8勝11敗の5位。マスコミは、連覇の可能性が消えたかのように騒ぎ立てたが、落合のコメントは、落ち着き払っていた。

 それが逆に、一部のファンは、覇気がないと感じたのだろう。彼らは、ネット上で落合批判を展開した。

 しかし、今になってみれば、落合の読みに狂いはなかった。

 2010年のセリーグ最大引き分け数4を仮に想定すると、11敗に50敗を足して61敗なら79勝。79勝61敗での勝率.564は、2011年の結果から見ると、確実に優勝できる数字なのである。

【2011年 セリーグ 順位】
1位 中日  75勝59敗10分 .560 -
2位 ヤクルト70勝59敗15分 .543 2.5差
3位 巨人  71勝62敗11分 .534 3.5差
4位 阪神  68勝70敗 6分 .493 9.0差
5位 広島  60勝76敗 8分 .441 16.0差
6位 横浜  47勝86敗11分 .353 27.5差

 目の前の状況だけを見るか。シーズン全体を俯瞰するか。
 それによって、見え方は大きく変わってくるのだ。

 この年、延長戦は、福島原発爆発事故による電力不足の影響を受け、3時間半を超えたら次の回に入らないという特別規定ができた。
 それにより、中日は、10引き分けを記録するが、それで61敗したとしても73勝61敗で勝率.545となり、ヤクルトの勝率.543をわずかに上回るのである。他チームの状況を完璧なまでに把握しなければ成り立たない計算がそこにある。

 この恐るべき計算を本当の意味で理解していたのは、おそらく落合をはじめとする中日首脳陣だけだったように思う。

 そんな状況の中、吉見とチェンが故障から戻ってきた中日は、徐々に調子を取り戻していく。
 交流戦では14勝10敗とセリーグで唯一の勝ち越しを決めた。

 交流戦で勝ち越し、というまずまずの結果は出たものの、その裏に隠れた大きな戦力減が後に響く。四番打者のブランコと扇の要である捕手谷繁元信が相次いで故障離脱を余儀なくされたのだ。

 6月3日、ブランコは、西武戦を右手の故障で欠場する。私は、ブランコが登録抹消された6月4日の西武戦をナゴヤドームで見た。この試合は、平田良介のサヨナラ本塁打で勝利を収めたのだが、谷繁が左膝を負傷退場した試合でもあり、素直に喜んではいられなかった。
 むしろ不安になったと言わざるを得ない。

 案の定、攻守の要である主砲と正捕手を欠いたチームは、交流戦こそ持ちこたえたものの、7月に失速する。7月10日から8月1日まで3勝13敗1分と負けが込み、首位ヤクルトと10ゲーム差の4位に転落し、8月5日には5位となった。

 ここで、多くの中日ファンは、リーグ優勝をあきらめていたにちがいない。私も、今年はさすがにリーグ優勝は無理で、何とかAクラスに入るのが精いっぱいではないか、と予測した。私の周囲の人々も、同じ意見だった。

 しかし、ペナントレースは、長い。ペナントレースをトータルで考える落合の戦略は、ファンの考える目前の勝利の遥かに先を行っていたのである。

 8月2日、借金5で首位ヤクルトと最大10ゲーム差をつけられた日の試合後、落合は、チーム状況を船の修理に例えてコメントする。
「見ての通り。最低5試合はかかってくるな。ドックから出てくるまで」(中日新聞2011.10.22)
 まるで他人事のようなこの発言は、心ないファンの反発を招いた。
 そして、裏では中日球団の反落合派が勢いづき、落合退任を目論んでいた。

 しかし、泰然自若とした落合のコメントの裏には、しっかりとした後半戦巻き返しへの先見があった。

 10年ぶりの優勝を目指して飛ばしに飛ばすヤクルトは後半戦で疲れが出る。
 そして、巨大戦力を保持しながらヤクルトとの差を詰められない巨人・阪神の状態も良くない。
 後半戦は、圧倒的な強さを見せるナゴヤドームでの試合が多い。
 中日は、12球団一の質と量を誇る練習により、圧倒的な体力があるから後半戦に強い。
 さらに、故障者が徐々に戻ってきて後半戦の終盤になればなるほど、万全の戦力で試合をできる。

 落合のコメントには、そういった様々な要因を分析しながら、しっかりと連覇への布石を整えていた自信が垣間見える。

 落合監督は、この年の勝負となる時期について、常々「9月」と明言していた。

 首位に10ゲーム差をつけられても、5位に転落しても、連覇を確信する余裕のコメントを残す落合。
 その真価は、8月後半からついに発揮されることになる。

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