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『ファンサービスをしない監督 落合博満は野球ファンに何を与えたのか 第39章』

第39章 「監督の仕事ってのは、選手のクビを切ることだ」

『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(鈴木忠平著)には、印象に残る落合の言葉がいくつもある。

 その中の1つが2004年のシーズン最終戦の前日、戦力外通告を受けた川崎憲次郎が思い出したという言葉だ。

「監督の仕事ってのは、選手のクビを切ることだ」

『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(鈴木忠平著)

 この言葉は、2011年の落合退任後、谷繁元信が8年間を振り返ったときにも話していたから記憶に残っていた。

 落合は、監督就任後、最初に選手たちを集めて話をしたとき、この発言をしたのだという。
 谷繁は「なんだ、この人は……」と驚いたという。

 通常、そんな初対面の場所では、監督は、リーグ優勝を目指す抱負や、選手たちへの激励、期待などを発言するものだろう。
 しかし、落合は、そんな建前の発言はしなかった。必要のない選手をクビにする仕事。そんな現実を知らしめた。

 実際、3年契約の落合は、最初の1年間、自らの目で選手の実力を確かめるため、解雇を凍結したものの、1年後にはこの年の分も含めて、構想外となった選手たちに戦力外通告を出さねばならない。

 だから、落合は、あえて言葉に出して、選手たち1人1人に大きな危機感を持たせようとしたのだ。

 そして、選手たちには自らが考えて調整をさせるため、キャンプ初日の2月1日に紅白戦という驚くべき予定を組んだ。

 川崎は、2月1日の紅白戦に先発という栄誉を与えられている。
 川崎にとっては、もはや後がない1年であった。

 オープン戦では、3月3日の先発から、10日おきに先発をするローテーションとなった。

 そのローテーションの行き着く先が4月2日、広島との開幕戦だったのだ。
 つまり、後から見たらこれほど分かりやすい開幕投手はいない。なのに、落合は、その情報を一切言葉にせず、出さなかったから、世間では誰ひとり予想できなかったのだ。

 驚くべきことに、川崎自身も、オープン戦の初登板から開幕戦まで10日毎に登板していたことに気づかなかったという。後からその事実を知って驚いたそうだ。

 落合は、『嫌われた監督』によると、開幕戦のちょうど1週間前の3月26日に記者たちの前でこう発言している。

「四月二日の先発が聞きたいんだろう?このままだよー」

 その日、先発が野口茂樹だったため、ほとんどのマスコミは、先発投手を野口と予想し、報道した。一部のマスコミは、実力ナンバー1投手の川上憲伸を予想した。

 ずっと10日毎に先発し、4月2日がその登板日になる川崎を誰も予想しなかったのだ。

 記者たちは、開幕投手が発表されたとき、落合が嘘をついたと騒ぎ立てたそうだ。

 しかし、冷静に落合の言葉を読み解くと、落合は嘘を言っていない。
 落合が「このままだよー」と言ったのは、このままのローテーションどおりだよ、という意味なのだ。
 つまり、川崎が開幕投手だよ、というヒントを記者たちに与えて、野球をよく理解してない記者たちが決して開幕投手を当てられないだろう、と予測して楽しんでいたのだ。

 落合が監督になって以降、野球を論理的に分析できる者と、野球の表面のみを見ている者の二分化が起きていった。

 『嫌われた監督』では、若き末席の記者であった著者が「野球を論理的に分析できる者」になっていったのに対し、他の先輩たちが「野球の表面のみを見ている者」のままであったことが様々な記述から顕著になっていく。
 その対比は、他の野球本にはない面白さだ。

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