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【synopsis】「クバへ/クバから」_発端と目的

執筆:山本浩貴
編集:笠井康平
執筆期間:2020/9/10-2020/10/10

 写真家・舞台作家として活動する三野新は、これまで、「恐怖の予感を視覚化する」をテーマに、多くの写真・展示・上演・映像作品を発表してきました。
 そんな彼がここ数年、新たな試みとして取り組んでいるのが、沖縄での取材・撮影です。
 沖縄県内の市街地、公園、建物、道路、海辺、首里城、米軍基地、辺野古埋立地……様々な場所へ訪れ、取材・撮影された写真群をもとに三野名義の一冊の写真集を作ることが、本プロジェクトの第一の目的です。
 ただ、今回、写真集を作るにあたって、撮影済みの写真だけをシンプルにより良く並べて一冊の本にするという方法は取りません。というのも、三野がそうした一般的でシンプルな写真発表の方法をどうしてもうまく取れずにいることこそが、本プロジェクトを立ち上げる契機となったからです。

 九州・福岡県で生まれ育った三野にとって、沖縄は、修学旅行などでも訪れたことのある、他の地域よりも比較的親しみのある土地でした。しかしそれは、沖縄という土地・文化に対して自身が――少なくとも東京において作品を発表する上で――「当事者」であるという認識を、三野のなかに持たせるに足るものではありませんでした。
 現在に至るまで沖縄に居住しておらず、ルーツとしても強い関わりを持たない三野が、沖縄という土地にいっとき訪れ、幾枚かの写真を撮影し、それを自身の名義で、自身の表現した「作品」として、沖縄以外の土地で発表すること……そこには、「非当事者」によって為される、ほとんど一方的な「搾取」があるのではないか。
 その懸念が、自身の撮影した写真をもとに自身の写真集を制作することに、三野が強い抵抗感を抱く、主たる由来のひとつと言えるでしょう。

 同時に、三野は、そうした自身において避けがたく抱え込まれる実感を、すべて払拭するよう試みるというよりは、むしろ「自由」や「表現」や「歴史」や「当事者性」をめぐる――さらには「写真」や「写真集」や「演劇」をめぐる――新たなアプローチに至るための、出発点あるいは素材として用いることはできないか、と考えています。
 三野が近年発表してきた、 「『息』をし続けている」(2018)や「うまく落ちる練習」(2019)、「King-Richard_3.tomb」(2020)なども、こうした、表現する私(ら)と場所・モチーフのあいだに生じざるを得ない、距離や抵抗、イメージの強弱などを、直接的なテーマとして扱ったパフォーマンス/上演/映像作品群でした。

 本プロジェクトは、こうした三野の、三野自身(の来歴や実感や表現行為)を素材としつつ為される沖縄のイメージへの取り組みを、三野以外の人々もまた多角的に引き受けつつ(あるいは引き受け損ねつつ)、検討し、論じ、作品やテキストのかたちで応答していくその一連の過程でもって、一冊の写真集を――三野のこれまでの活動の総合であると同時に三野から離れた共同性・抽象性・持続性をもった「土台」や「技」を醸造する書物として――形づくっていく試みとなります。
 あるいはそもそも、人々はいかに他者の歴史や実感を「自分ごと」として引き受け、かつ、徹底して「私」を深堀りしながら「他」とともに自由に表現していけるのか、そこにイメージ(三野の言葉を用いれば、非当事者において辛うじて制作が為されるための鎹としての「直接性の喩」)はどのように関わるのか、といった問いをめぐっても、展開していくことになるでしょう。



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写真家・舞台作家の三野新と、いぬのせなか座による、沖縄の風景のイメージをモチーフとした写真集を共同制作するプロジェクト「クバへ/クバから」…

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