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【synopsis】「クバへ/クバから」_「クバ」とは
執筆:山本浩貴
編集:笠井康平+三野新
執筆期間:2020/9/10-2020/10/10
本プロジェクト名、ならびに写真集の仮題にも用いられている「クバ」という言葉は、亜熱帯の海岸近くにはえるヤシ科の常緑高木「ビロウ(蒲葵、枇榔、檳榔)」の、沖縄における名前です。
この植物は、古代天皇制において最も神聖な植物だったと言われ、『古事記』に「檳榔」の名で登場するほか、天皇の代替わり式の性質を持つ大嘗祭においては現在も天皇が禊を行う百子帳の屋根材として用いられています。また同時に、沖縄においても、「世の始まり=蒲葵ぬ葉世(クバヌフアユー)」に関わる神木として大切にされており、日々の生活の中でも重要かつ一般的な素材として、伝統的な籠や家屋に使われています。
沖縄写真史を見ても、クバは重要な存在として撮影されてきました。例えば沖縄の写真家・比嘉康雄の、琉球諸島の風景と祭祀を扱った写真集『母たちの神』(2010年)では、久高島のニライカナイへ捧げる儀式が取り上げられていますが、三野は、その儀式に加わる人々の為す祈りの身振りと、クバの葉とのあいだに、形態的類似が存在していると指摘しています。(そうした、植物と場所、そして人間の具体的な身振りのあいだで生じる影響関係の発見が、三野を、沖縄での取材・撮影に向かわせたのでした。)
あるいは三野は、『原点復帰──横浜』(2003年)や『沖縄』(2017年)をはじめ、自らの活動における特権的な場所として沖縄を撮影し続けた写真家・中平卓馬にとっても、クバは極めて重要なモチーフだったと考えています。
中平は『沖縄・奄美・吐噶喇 1974-1978』(2012年)に収録されている『アサヒグラフ』連載のレポートで、日本と沖縄の政治的な問題を扱う一方、沖縄と九州の地誌学的な距離とイメージの関係を指摘していますが、九州・福岡県出身の写真家である三野にとって「クバ」は、現在の沖縄の風景と、比嘉・中平らがかつて出会い考え撮影した風景を、自身の撮影行為において対比し交差させていく上で――それによって自身の来歴や実感や表現を批判的に検討していく上で――特権的な手がかりとなるモチーフなのです。
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三野新・いぬのせなか座写真/演劇プロジェクトアーカイヴ
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