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犬のピピの話 319 梅雨の晴れ間

 梅雨の晴れ間が、やってきました。

それまでは、まるで巨(おお)きな灰色の、洞窟(どうくつ)の暗がりで生きているようでした。
その壁はふかふかして、時におそろしげに動き、天井から水をそそいでくるのです。
でなければ、白い紙をとおしたみたいにぼんやり薄明るい、箱の中。
そんな、毎日でした。

でも、今日はまるでちがう。
壁も、覆(おお)いも、ぜんぶ取り払ったあざやかな昼間です。

ピピとわたしは、いつものようにふたり並んで、勝手口の四角いコンクリートの踏み段にすわりました。
目のまえの、通路の壁のサッシ窓はいっぱいにひらかれ、あおあおした大きな四角い空の目が、わたしたちを見おろしています。

その四角い青いろの、左のはしっこに、いっぽんの木がありました。
木、といっても、全身を葛(かずら)にまきつかれ、すっぽりおおわれて、見た目は丸々としているけれど、その中でやせ衰え
「・・やっと・・・・」
 と、あえぐように立っています。

そこは、おとなりの敷地で、誰も手入れしないまま何年も何年もすぎさってしまった野菜畑が、毎年のように雑草の種類を入れかえて、今、最後の闘いに勝った葛の海になっているのでした。

その、戦場の濃緑(こみどり)の海の上に、大きな青い空が
さあさあ さあさあ さあさあ・・・
と風をふき降ろし、おりた風は広やかな布となって、力づよく水平を渡っていきます。

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