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脚本・とある飛空士への追憶(4)


○無人島・砂浜(四日目)


朝の砂浜。朝日が砂浜で眠るシャルルを照らし出す。

シャルル
「ん……(顔をしかめ、起き上がり)ここは……?」

周りを見回すが誰もいない。

シャルル、波打ち際まで歩き、水平線に上る朝日を見ながら、

シャルルのモノローグ
「真電に追われ……被弾して…………」

砂浜の背後の椰子林から、バケツに水を汲んだファナが歩いてくる。

ファナ「(明るく)シャルル……! 具合はどう?」

ファナ、バケツを置いてシャルルに駆け寄り、間近からシャルルを見上げる。

シャルル
「(戸惑いながら)お嬢さま、その髪は……?」

ファナ
「(明るく)邪魔だから切ったの。変?」

シャルル、ぼーっと見取れたあと、慌ててクビを左右に振る。

シャルル
「そんな! お嬢さまに限って変なわけが」

ファナ、ややきょとんとした顔でシャルルを眺め、「ははーん」と何事か悟る。

ファナ
「(にこりと笑って)ねえシャルル、昨日、わたしとなにを話したか、覚えてる?」

シャルル
「(怪訝な顔)お嬢さまとわたしが……会話を?」

ファナ
「本当に覚えてない? 空の上では身分なんて関係ない、あなたが言った言葉よ?」

シャルル、焦った様子で考え込み、「あっ」と思い出す。

シャルル
「(慌てた様子で弁明)失礼を、あのときわたしは意識が朦朧としておりまして。ついお嬢さまに友人のような態度を……」

ファナ「別にいいのに」

シャルル
「忘れてください。一介の傭兵の考えです。お嬢さまが真面目に取り合う必要はありません」

ファナ
「(毅然と)真面目に取り合うかそうしないかはわたしが決めます。わたしはあなたの考えがとても気に入ったわ」

これまでと全く異なった様子のファナに困惑顔のシャルル。

シャルル
「ともかく! この話はここで終わりにしましょう。今日もやることはたくさんありますから」

言い捨てて、ファナの傍らを歩き抜け、砂浜へ戻るシャルル。

やや不満そうなファナ、シャルルを追って砂浜へ。


○同・断崖の洞窟

サンタ・クルスの修理をするふたり。

割れた風防に代わりの有機ガラスを嵌め込む。

シャルルがファナへ後部機銃の取り扱いを教える。

ファナ、引き金を引く。洞窟の外へ機銃弾が発射される。

ファナ
「(軽い悲鳴)」

シャルル
「お見事です、お嬢さま」

ファナ
「役に立てる?」

シャルル
「無駄撃ちはしないでください。遠くの敵を撃つと、舐められてかえって危険です。その照準から敵機がはみ出るくらいまで待ってから撃つんです」

ファナ「よく引き付ければいいのね」

シャルル
「(笑って)口でいうのは簡単ですけど、初心者には不可能ですね。敵に怯えて、当たらないのに撃ってしまうのがほとんどです」

ファナ
「(不満そうに)わかった。怯えなければいいのね」


○同・椰子林

乾パンの撒き餌を撒くシャルル。

鶏が寄ってくる。無造作に一羽捕まえるシャルル。

ファナは砂浜に石の竈を造っている。


○同・渓谷

釣り竿を持って渓谷を渡るふたり。

渓流に釣り竿を垂らすふたり。

魚を釣り上げたファナの笑顔。

焚き火の周りで串に刺した焼き魚が炙られている。

串を持って焼き魚に直接かぶりつくファナ。

咀嚼して飲み込み、あまりにおいしくてびっくりした顔。

得意げなシャルル。


○同・菜の花畑

山の斜面を登っていくふたり。

ファナ、待ちきれない様子で駆け出し、斜面を登り詰める。

ファナ、びっくりした顔。斜面の向こう側へひとりで降りていく。

シャルル、遅れて斜面を登り詰める。

シャルル「(ハッとする表情)」

シャルルの目線の先、菜の花畑をひとり歩むファナ。

ファナの向こうに夏空と入道雲。

美しい光景を額縁にしたファナに見取れるシャルル。

ファナ、シャルルに気づいて手を振る。

シャルルも菜の花畑へ歩いて行く。


○同・断崖の縁(夕)

夕暮れ。

断崖の縁に、ファナが座っている。シャルルはその二歩ほど後ろで突っ立っている。

ファナ、じぃっと西の空へ落ちていく夕陽を見やる。

ファナのモノローグ
「このまま西へ飛べば、カルロ皇子の待つ皇都エスメラルダへ辿り着く」

ファナ、うしろのシャルルを振り返って見つめる。

シャルル
「(怪訝そうに)……なにか?」

ファナ、目線を西へ戻す。

ファナ
「……なんでもない」

悲しそうな表情で、西の空を見るファナ。

シャルルに背をむけたまま、自分の右隣を指先で示すファナ。

ファナ
「ここに座らない?」

言われて、躊躇するシャルル。

だが意を決し、歩幅一歩分離れたところに座るシャルル。

ファナ
「わがまま娘だと思ってる?」

シャルル
「いえ、そんなことは」

ファナ
「身体は大丈夫?」

シャルル
「はい、おかげさまで。明日が最後の飛行です」

ファナ「そんなに急がなくても。もう一日くらい、休んでもいいのに」

シャルル
「いえ、急ぎます。皇子がきっと首を長くして、お嬢さまをお待ちですから」

ファナ、応えない。悲しそうな表情で落ちていく太陽を見ている。

シャルルも、なにか複雑そうな面持ち。

シャルル
「(ぎこちなく)作戦が成功すれば、囮になった仲間たちも報われます」

ファナ、応えない。


○同・砂浜(夜)


石の竈でローストチキンが焼き上がっている。

ファナ、骨を両手で掴んで、豪快に肉に直接かぶりつく。

もぐもぐして、おいしさにびっくりした表情。

ファナ
「あなた、一流コックね。わたし、こんなおいしいお肉食べたことない」

シャルル
「(苦笑い)いつもながら、おおげさです」

シャルル骨つき肉にかぶりつき、残った肉は放り投げる。

ファナ
「本当よ。食べ方に点数つける家庭教師もいないし。いたら0点だし」

ファナも骨付き肉を食べ、シャルルのやりかたを真似て放り投げる。

シャルル
「(苦笑いして)食べ方に点数がつくんですか?」

ファナ
「冗談だと思ってる? 本当よ。レヴァーム宮廷の作法って二百くらいあって、全部正確に覚えて実践しないと、すぐ宮廷中に『皇太子妃は不作法だ』って噂が立つんですって」

シャルル「それは大変そうですね……」

ファナ
「(水筒の蓋をあけて軽い感じで)ずっと気が重いの。いままでも、これからも、ずっと見張られながら暮らすなんて」

シャルル
「(おどけた感じで)きっと皇子が守ってくださいます。気楽にいきましょう」

ファナ「(星を仰ぎながら、軽い感じで)わたし、宮廷なんて行きたくない。ずっとこの島にいられたらいいのに」

星を見つめたあと、「あ、しまった」と顔に出す。

恐る恐る、伺うように竈のむこうのシャルルを見やる。

シャルル、聞かなかったふりをして竈をつついている。

シャルルの横顔は平然を装っているが、どこか硬い。

ファナ、「え……?」と一瞬呆気に取られるが、

「シャルルは聞かなかったことにしている」ことに気づく。

呆然とシャルルの横顔を見やってから、徐々に表情が真剣になっていく。

居住まいをただし、真面目な口調で呼びかける。

ファナ
「(これまでの世間話とは口調を一変させ)シャルル」

シャルル、硬い様子で、

シャルル
「(いま気づいたという感じで)あ、はい?」

ファナ、やや前のめりになり、胸の前に片手をあてる。

ファナの頬が赤らみ、決意の表情。

ただならない真剣な雰囲気。

シャルル、マズい、という表情。

ファナ
「わたし、本当は」

シャルル
「(ファナの言葉を遮って、脳天気な調子で言葉を重ねる)ひょっとして食い足りません!? もう一羽いきますか!? わたし、すぐ捕まえますよ!?」

真剣な雰囲気、消し飛ぶ。

ファナ、呆然とシャルルを見やってから、ごまかされたことに気づく。

ファナの表情がみるみるうちに、静かな怒りをたたえる。

ファナ
「(低く抑えた、すごみのある口調で)……勝手に食べなさいよ。好きなだけ食べればいいでしょう? わたしいらない」

シャルル
「(焦りながら)あ、いえ、わたしはもう」

ファナ
「(徐々に口調も荒くなる)ふたりでにわとり一羽食べたのよ? おなかいっぱいに決まってるでしょう? わたしそんなバカみたいにばくばく食べたりしません」

シャルル
「あの、お嬢さま、わたしの失言でした。どうかお許しください」

ファナ
「(徐々に涙声になってきて)変なひと。バカみたい。あなたに比べたら皇子のほうがずっとマシよ。明るいし、小熊っぽいし、それに……(他の美点を思い浮かべようとするが思いつかず)明るいし……」

シャルル
「(困惑しつつ)ええ、それはそうです、わたしと皇子を比べるほうがどうかしてるといいますか……」

ファナ
「(さらに怒りをたたえ)どうかしてる? どうかしてるですって?」

ファナ、砂浜に置いてあった高級ウイスキーを見つけ、いきなり蓋をあけ、

ボトルに口をつけラッパ飲みする。

シャルル
「(悲鳴)お嬢さまっ!!」

ファナ、どん、と砂浜にボトルを落とし、

ファナ「(げっぷ音)」

シャルル「(驚愕)」

ファナ
「なによ、わたしがお酒飲んじゃダメ? あなただって飲むでしょう? あなたは良くてわたしだけダメ?」

シャルル「いえ、そんなことは」

ファナ、ボトルを鷲づかみにしてシャルルへ突き出し、

ファナ
「(半分酩酊)あなたも飲みなさいよ。バカ」

シャルル
「いえ、明日の飛行に差し支えが」

ファナ
「あなたが飲まないならわたしが飲むわ」

ファナ、再びラッパ飲み。

シャルル「(悲鳴)お嬢さまっ!!」

ファナ、どん、と砂浜へボトルを突き立て、

ファナ「(げっぷ音)」

シャルル「(絶望)」

ファナ、やさぐれた目でシャルルを睨む。

シャルル
「お嬢さま、それ以上はおやめください。明日に影響します」

ファナ
「(酩酊状態)なによバカ。卑怯者の言うことなんて聞きません」

シャルル
「(若干、むっとして)わたしのなにが卑怯ですか」

ファナ
「(ムキになる)昨日はわたしのことファナって呼んだくせに。友達みたいに話してたのに。一晩あけたら知らん顔になって。お嬢さまとか呼んじゃって。なによそれ。ほんとは心の中で、わたしのことファナって呼んでるんでしょう!?」

シャルル
「(困って)それは、そのう……」

ファナ
「やっぱりそうなのね。呆れた。呼べばいいじゃない、わたしが許可してるんだから。ファナって呼びなさいよ、ほら」

シャルル
「(毅然と)それはできません」

ファナ
「(ラッパ飲み)」

シャルル
「お嬢さまっ!!」

ファナ
「(げっぷ音)」

シャルル
「(焦りながら)それ以上は危険です、ボトルをこちらへ」

ファナ
「(ボトルを鷲づかみにし、妖艶に笑う)ファナって呼んだら返してあげる」

ふらふらの足取りで立ち上がり、ボトルを腰の後ろに隠すファナ。

シャルル、顔を引きつらせ、鶏を追い込むように腰を落として両手を広げ、

ファナに近づいていく。

ファナ、ボトルを隠したまま、波打ち際へ後退していく。

シャルル
「いつまでもふざけてないで」

ファナ
「月がきれい。ねえ、踊りましょうよ、シャルル」

シャルル
「(慎重に距離を詰めながら)あいにくわたしは踊れません」

ファナ
「踊ってくれたらお酒を返すから」

シャルル「わがままもほどほどに」

ファナ、さらに後退し、足首くらいまで海水に浸す。

ファナ
「(涙声になって)どうして踊ってくれないの?」

シャルル
「それ以上海に入ったら溺れます!」

ファナ「(ぼろぼろ泣きながら)子どものころ、ずっとあなたを見て、尊敬してたの。こうやってまた会えて、わたしがどんなにうれしいかわかってる? (涙を腕でぬぐい)お願い。踊ってよ、シャルル」

シャルル、一気にファナとの間合いを詰め、ボトルを奪おうとする。

ファナ、身をひねってそれを躱そうとする。

もつれあって、波間に倒れるふたり。

シャルルがファナを押し倒すかたちになる。

仰向けに倒れたファナの髪を波が弄ぶ。

シャルル、片手をファナの顔の横について、間近から見つめ合う。

見つめ合ったまま、動けないふたり。

波が何度か打ち寄せ、引いていく。

シャルル、無言で立ち上がり、ファナの片手を手に取って、立たせる。

無言で砂浜へ歩いて行くシャルル。

ファナに背をむけたシャルルの表情は、苦しそう。

ファナ、ぽろりと涙を流す。

ファナ
「ひどいひと。こんなに頼んでいるのに、踊ってくれない」

シャルル
「(沈痛な顔で)わたしは貴族の御曹司ではありません。踊り方を知らないのです」

ファナ
「ひどい。ひどい……」

ファナ、夜の海原に立ち尽くして泣く。


満月。鳥の声。打ち寄せる波。


砂浜で毛布にくるまり眠るファナ。

その傍ら、石の竈に薪をくべながら、シャルルは物思いに沈んでいる。

葛藤する表情。

シャルルのモノローグ
「ファナと一緒に逃げろ。彼女もそれを望んでいる。世界の果てまでふ

たりで逃げろ」

シャルル、真剣な表情になってから、はっと我に返る。

シャルル
「なにを考えている。そんなことできるわけないだろ」

シャルル、拳を握り、自分を思い切り殴る。

シャルル
「仲間が囮になったんだ。護衛の正規兵もみんな死んでしまった。ふたりで逃げたら、彼らに顔向けできない!」

自分を怒鳴りつけ、殴りつけるシャルル。

三発自分を殴ってから、呼吸を整え、立ち上がって満月を睨む。

シャルル
「必ずファナを、皇子の元へ送り届ける……!」

(つづく)



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