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「コンテナ」からグローバリゼーションとイノベーションを読み解く

物流の仕事をしている知人からすすめられて読んだ「コンテナ物語 The BOX」がとても面白かった。1960年代後半から起きた、コンテナ普及による物流の革新について触れた本……と書くと本書が物流分野のビジネス書で、物流の仕事をしている人以外には関係がないように思うかもしれない。ただ、その先入観でこの傑作を読み逃すのは、あまりにもったいない。

文字通り「護送船団方式」だった海運

コンテナ物流が普及する前は、海運は小口の荷物をバラバラに積んでいたため、非効率な輸送手段だった。とにかく時間がかかる港での積み卸し作業(大型船だと、数日かかる場合も!)、揺れによる積荷の破損、仕事をしてくれない港湾労働者(組合が強い港では、労働時間の半分が休憩時間ということも)。海運業界自体がカルテルと政府からの補助がベースの、文字通り護送船団方式で、改善の兆しもなかった。

「物」のグローバリゼーションを実現するきっかけに

それが「規格化されたコンテナにあらかじめ荷を入れて、コンテナごと目的地まで運ぶ」という方法の普及によって、様変わりした。まず、船への荷の積載量が増えた。積卸作業はクレーンとコンピュータで効率化・自動化された。荷を港で保管するときも、倉庫などを必要とせず、そのまま積んでおけば良い。積荷の破損も少ない。何より、大量の貨物を一度に大型コンテナ船で運送し、港でトラックや鉄道にコンテナを機械で乗せ替え、そのまま目的地に運搬できるようになったことがメリットだった。コンテナのおかげで、物流が世界規模で規格化され、時間やコストが正確に計算ができるようになったのだ。これは、工場の立地を考えるうえで、大きなインパクトがある。それまでは、工場は消費地の近く、または原材料の生産地の近くに立地することが多かったが、コスト計算をして予算に見合うのであれば、世界中のどこに立地してもよくなったからだ。グローバリゼーションが、「人・物・金」の国際的な横断であると考えると、コンテナが「物」のグローバリゼーションの大きなきっかけとなった言えるだろう。

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都市計画にも影響

コンテナによって、船や港も姿を変えた。船は積載量を増やすために大型化が進み、それを建造できる船社も限られるようになる。かつては国家との結びつきが強かった船社が、国際的な合併が進み集約されて、グローバルな巨大企業しか生き延びていけない。港も大型のコンテナ船が寄港できるような、巨額の設備投資が必要となる。一方で、船の積載量が増えるということは、寄港回数自体は減少するということでもある。港にとっては、設備投資をいかに回収していくかということも争点になってくる。都市機能を高め、港の付加価値を挙げていくことが必要になる。当然、これらは都市計画にも大きな影響を与える。もっとも顕著な成功例は、シンガポールや釜山である。ここ20年で、東アジアのハブとして、国際物流で大きな存在感を持つようになった。ほとんどの日本の港湾は、釜山からの支線がないと成り立たないくらいだ。

イノベーションを社会に実装する困難

一方、本書は、コンテナというイノベーションが、どのように社会に実装されていったか、その苦難の歴史を追った本でもある。コンテナによる労働者削減を阻もうとする労働組合との交渉、コンテナの統一規格化、港湾当局との調整。どれも一筋縄ではいかないものであり、コンテナを普及させようとする船社のもくろみは、常に想定外の事態に転がっていく。この様子が、とにかく読み物としておもしろい。「イノベーション」というとスマートな響きだが、社会に実装するには、関係者との泥臭い利害調整や、途中で諦めてしまいたくなるような膨大な試行錯誤の連続が必要となる。場合によっては、それまでの投資をすべて無になるような方向転換をしなければならない。うまくいくかどうかは、ある意味で「運」しだい――。そんな身も蓋もない事実が、嫌というほどよくわかるのだ。

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