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百六十話 真実

 中隊は行軍の遅れを取り戻すべく先を急ぐ。
 四、五十キロ進み、三十分小休止した。
 
 皆それぞれ周辺の荒地に散って遅い昼食を摂る。一方、浅井は驢馬ロバに逃げられて以来昼食抜きだった。

 窪地に入って仰向けになる。堪え切れぬ空腹と闘い空を見る。
 突然、チェコ機関銃のけたたましい音が鳴った。
 皆窪地に身を隠して飯盒飯を食べて居たが、約一名、八十メートルくらい離れた高所で飯を食べていた者が居た。
 加平である。
 敵にしてみればいい標的だった。加平は物の見事にドタマを撃ち抜かれ、うつ伏せになって死んでいた。
 
 敵の猛射を受け、浅井を含め、他の者達が応戦に入る。何とか撃退したもの、遺体を持って運べないと判断した田村班長は、加平から認識票を外した。その上で、加平の片腕を二の腕から切り落とし、三角巾に包んで加平の同年兵の背嚢の上に結び付けた。腕は次の露営で焼かれ、遺骨と認識票を戦友の背嚢に保管する。
 作戦初期における戦死体や戦病死体は、後方に搬送されるか、もしくは戦闘が一区切りつくと火葬していた。しかし、最近では二の腕を切って、戦闘の合間に焼くのが日常茶飯事だった。のちに二の腕は小指に代わる。

 加平が死んだ――。

 振り替えれば、待ち望んだ迫原との対MAN――もっとやれ!加平を再起不能にしてやれ!
 炊事場の隅、心の底から熱望した。
 班のたれもが、迫原の圧勝を予想していた。
 しかし、生まれつき失うものがない加平は意外に強く、やられるどころかむしろ押し気味で上官の止めが入った。
 
 その加平がようやく死んだ――。
 浅井がある種の感慨にふけていると、古兵が話しかけて来た。

 「因果応報かもな」
 「!・・・どういう意味ですか?」
 意表を突かれ、問い返す浅井。

 「芋畑を越えた戦があったろ?」
 「はい」
 「そこでうちの新兵が、加平が迫原を撃つのを見たと言っていた」
 「えっ!!本当でありますか?!」
 「その新兵は重傷を負ってすぐ死んだし、俺も現場を見てないので、実際のところはわからん。ただ、その後、加平が迫原の壮烈な戦死を見届けたと得意気に吹聴していた。皆不自然に感じていたのは事実だ」
  
 浅井は言葉を失った。
 
 「迫原一等兵は敵に十一発撃たれ、なお十一メートル歩いて死んだ」
 新兵たちが噂していたのを思い出す。
 あれは加平が流したデマだったのか、、、。
 自分には「迫原は最期歩けなくなって、行軍拒否して死んだ。ヘタレ以外何者でもない」と言っていたが・・・。

 浅井は再度思い起こす。
 確かに加平は、迫原が一度逆らってきたことに、相当根に持っていた。
 迫原が死んでしばらくした後も、「アイツは罰が当たった」「俺に歯向かう者は死ぬ」と暗に脅してきた。

 下手したら自分が殺されていたかもしれない・・・。
 そう思うと、あらためて死んでラッキーと思った。

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