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七十六話 行先

 貨車の板壁の隙間――何時間も飽きもせず外を見る。
 雪原の道路――牛や馬が曳く荷車が現れ始めた。
 そのいずれもが、皆北に向かっている。
 人の姿も見えて来た。
 同じく北へ向かっている。
 
 「奉天に近付いている」
 浅井は思った。
 牛馬も人も次第に多くなり、それは確信めいたものに変わった。

 列車は速度を落とし始めた。そして、広大な操車場に停車した。
 遠くにいくつもの建物が見える。しかし、ここが奉天だという証拠は見当たらない。
 「奉天だ」
 貨車の中、新兵たちが話しているのが聴こえた。
 そうであって欲しいと切に願う。

 突然、貨車が、前後の連結器をぶつけ、大きな音を立てた。
 これで奉天だと、浅井は確信した。
 これまで三十数輌の貨車を牽引してきた機関車に替わり、最後尾に新しい機関車が接続されていると思ったからだ。
 しばらくして、列車は同じ線路を戻るように走ったが、いつの間にか西に向かっていることが判る。

 「配属先は在支の連隊だ」
 浅井は安堵した。
 路線は、山海関さんかいかんから冀東きとう地区に入って、天津へ。さらにそこから先は北京まで続く。
 
 輸送中、何もすることもない浅井は、相変わらず貨車の壁の隙間から外を見ていた。
 外はすっかり雪景色に変わり、枯れた高粱コーリャン畠のど真ん中を列車は走り続けている。
 日本なら高粱コーリャン畠の実を収穫した後、茎も片付け整地にしておく。しかし、ここ支那では、実を獲ったら放ったらかし。後はお構いなしの放置プレイだった。
 そんな野晒しの高粱コーリャン畠を列車は西へ向かってひらすら走り続ける。途中、市街地らしいところを通過したが、駅名すら確認できなかった。

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