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「プロジェクト・ムー『でらしね異文 ー「終の栖・仮の宿」よりー』感想文

00年代になって偶然大学の先輩、劇作家の福田光一さんと再会、以来公演があると観に行くことにしている。目下高田馬場にあるプロトシアターでプロジェクト・ムー『でらしね異文 ー「終の栖・仮の宿」よりー』 岸田理生の原作をもとにした作品を上演している(7月9日まで、すでにマチネは完売、夜の部はまだあるかも)

開演まで会場に吊るされた大量の古コートを眺めている。いい感じの腕の長いハンガーにかかって、高級ユーズドのディスプレイみたいでもあるが、人間の匂いがする、元の持ち主が吊るされているみたい、ひとつひとつのコートの過去に想いを馳せる。もう面白い。俳優が登場し、吊るされた人の気配を纏い、突然芝居が始まる。終わった人生をダウンロードしたみたいに。

大筋はかつて日本国家が夢みた大東亜共栄圏への野望にからめとられる川島芳子と李香蘭をめぐる人々のドラマ、血と謀略と阿片がプンプンする、事実の方がよほど芝居じみているが、俳優面々の存在感はそれにキャラ負けしない。耳に残る言葉、増幅された感情に翻弄され、世界線は破滅に向かって爆走し、興奮と緊張のうちにスペクタクルな2時間があっという間だった。

福田脚本は奔放な言葉が舞踊り嵐のようなのだが、今回はむしろ抑制がきいた史劇。川口典成さんの演出だからか。レトロネタだけど感傷的でもなく、今に連結されてもいる、ただ、大正昭和の東アジア情勢を知らない観客には面白いだろうか、若い人が観る場合は、世界で上演される場合は???ひょっとしたらニュース映像のフッテージくらいの補足がいるかもしれない…昭和生まれの老婆心だが、こういうことは若い世代から戦争の記憶が薄れることともリンクする…と思った。

ユーラシアの西端でファシズム政権が本格始動した年、1937年までの日本は、私見だが、陸の彼方や海の向こうの大国にあこがれ、まだ夢を見ていた。そのころのロマンチック(まさしくローマ的な)な考え、企てが失敗することは今はわかっている。失敗というからには成功の青写真もあったのだろう。あの時代を史劇というにはまだ生々しいし、自虐的な感がある。反省とか賠償とかいう次元ではなく、受け止めること、大陸で同胞がどうだったかということ、エスニックな我が姿か、ことさらエキセントリックな人物描写を見て思う。私たちはそういう一面を持っている民族であり…四角い顔の大臣の時候の挨拶にもそれはチラチラしている。敗戦の将を尊ぶ精神性、悲劇の甘美さに絆されがちな本能をもって、世界と均整をとりながら、国を同胞を個人を、愛することの困難さを思い知る演劇だった。

ところで…

プロトシアターは早稲田と落合の間にある。勘違いをして開演の1時間半前に会場についてしまったら、待っている場所がない。ご近所の手前ウロウロしているのはよろしくない雰囲気。近所には喫茶店も本屋もなく、1時間近くを潰す方法は思いつかない。

そうしたら近所に小滝橋のバスターミナルがあることに気づく。待合室があるので、そこのベンチになら長時間座っていても怪しくないかもしれない。小滝橋の停留所には4方向のバスがやってくる、最長で25分バスが来ないから待っているという体を装える。運転手さんは、待合ベンチの私に目で「乗りますか?」とサインをくれる「乗りません」と目で答える。このバスには乗らないのだな、とバスは発車する×4セット、4台目が来てしまうが、運転手さんは流れていくので、私の偽装には気づかない。私が乗るバスは永遠にやってこない、永遠にここに座っていられるかもしれない。

しかしそうはいかないらしい。ターミナルには常駐する門衛のおじさんがいたのだ。彼は4台目のバスが行ってしまうと、私を疑い出す。じっとこちらを見ている「お前は我々のお客様ではないのだなっ!」そう首根っこを掴まれて、バスターミナルの待合室から引きずり出される…わけではないが。「バスを待つお客様でないなら、ここにいる資格はないのだ!」その通りなのだ、待合室のベンチに座るための正式な資格が、私にはない。

視線に追われてターミナルを出て、早稲田通りを高田馬場方面に戻る。すると普通のバス停があったので、そこでまたバスを待つ。停留所を2つ遡り、小一時間たったので、劇場の前に戻った。

バスを待つ客を演じる、でもそのバスは永遠に来ない、成り済ますにも限界がある、故に追われる、次の立場を得る、また追われる…待っているのは時間の経過、無事にやりすごすために必要なのはどんなアイデアなのだろう、ナイスな暇つぶし。

来週は椿組の「丹下左膳」を花園神社で観て、二期会の「椿姫」を上野で。季節外れの私的椿まつり開催予定。演劇好きぶる。

待てども待てどもあの人はこない!
もう手遅れだわ!遅すぎる!
 E tardi! Atend,Atend, ne'me giung on mai!
Oh come son mutata!            
(ヴェルディ 椿姫)