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中三の時後輩の女の子と少し良い感じになった時の話

中学三年生の時の頃の話を書く。

当時僕は陸上部に所属しており、長距離走の選手だった。専門は1500メートル走で、時々3000メートルや800メートルにも出場した。

自分にはリーダーシップと言えるようなものは無かったが、中学二年生の最後、部員内での話し合いによって僕はキャプテンになってしまい、部を率いるという立場になった。自分のように協調性がない性格でもキャプテンになれたのは、陸上競技の特質によるものだと思う。陸上競技は基本的には個人種目であり、チームプレイというものを滅多に求められない。頑張る子は頑張れば良いし、それなりで良い子は適度にサボればよい。そんな多種多様なモチベーションを持つ部員をまとめあげるという点では、大雑把で小さなことを気にせず、色んな人を許容できるという自分の性格はある意味キャプテンに向いていたのかもしれないと思う。

早速だが、問題の後輩の女の子の説明をしておこうと思う。その子は一つ歳下で、短距離走、特にハードル走の選手だった。短距離走と長距離走の練習メニューは基本的には完全に別なので、練習中のコミュニケーションはほとんど無かったし、最初は全く恋愛対象などではなく、特に気になる存在でもなく、自分にとって一人の後輩部員に過ぎなかった。その子を仮にNちゃんと呼ぶことにする。

Nちゃんと仲良くなったきっかけは、陸上の練習とは関係なく、練習後の、部室と帰り道での雑談だった。当時僕は人生で初めて音楽というものに興味を持ち、親に買ってもらったiPodで音楽を聴くのが日課になっていた。特にマキシマムザホルモンというバンドが好きで、TSUTAYAで CDを借りて歌詞カードを熟読した後、毎日のように聴いていた。

Nちゃんもまた、音楽が趣味だった。ある時練習後、部室の中でホルモンを聴いていると、「先輩、何聴いているんですか?」と聞かれた。その時僕は、マキシマムザホルモンは女子受けが悪いし、なんだか恥ずかしくて、「スキマスイッチを聴いているよ」と答えた記憶がある。(実際、スキマスイッチもそこそこ好きだった。)

「スキマスイッチ、良いですよね。でも、先輩はこんな音楽は知っていますか?」

Nちゃんはそう言って、イヤホンの片方を僕に貸してくれた。Nちゃんが持っていたのはWALKMANだったと思う。イヤホンを耳に挿すと、聴いたことがない音楽が流れてきた。歌詞は全て英語で、ギターが全然歪んでいない。とてもメロディアスでキャッチーで、爽やかな音楽だった。

「私、最近The Beatlesにハマってるんですよ」

「へえー、渋いね。今まで聴いたことがなかったけど、めちゃくちゃ良いじゃん。」

「洋楽って歌詞が英語だから変に考え事の邪魔をしないし、走ってる時に聴くのに丁度良いんですよね。勿論、歌詞も良いんですよ。英語の勉強にもなりますし。」

NちゃんはThe Beatles以外にも、色んな洋楽を教えてくれた。それから僕は、Nちゃんと一緒に歩いて帰るのが日課になった。Nちゃんはバス通学で、僕は自転車通学だったので、バス停まで一緒に歩いて解散するという毎日だった。部室からバス停まで歩く時、Nちゃんはいつもイヤホンの片方を貸してくれて、僕の知らない洋楽を聴かせてくれた。その時から、僕はNちゃんを異性として意識するようになっていたと思う。イヤホンを共有して並んで歩いていると、時々肩が触れ合って、それがなんだかとても心地良かった。そんな日々が一ヶ月くらい続いた。

ある時、Nちゃんはこう言った。「先輩が聴いてる音楽も聴かせてほしいです。だめですか?」

僕は少し迷った。マキシマムザホルモンは間違いなく格好良いバンドだけど、下品な歌詞もあって、Nちゃんは全然好きじゃないかもしれない。幻滅されてしまうかもしれない。だけど、僕は自分が本当に好きな音楽をNちゃんに聴いて欲しくなって、意を決した。

「マキシマムザホルモンって言って、日本のバンドなんだけど……激しくて、ちょっと下品なところもあるんだけど、格好良いんだ。」

そう言って、イヤホンの片方をNちゃんに貸した。歩いている時、Nちゃんはしばらく黙ってホルモンを聴いていた。ドキドキした。冷められたらどうしよう。急に不安になった。やっぱり聴かせなきゃ良かったな、とか思った。

しばらくして、Nちゃんはこちらを向いて笑顔でこう言った。

「めちゃくちゃ格好良いですね!先輩大人しそうだからこういうの聴いてるのちょっと意外だけど、良いと思います!私もTSUTAYA行って借りてみますね!」

めちゃくちゃ嬉しかった。自分の好きなものをNちゃんに認めてもらえた。格好よさを分かってもらえた。そう言えばマキシマムザホルモンのボーカルの方は、「音楽はステレオで聴くものだからイヤホンのシェアなんてクソ」みたいなことを言っていたような気がしたが、僕はNちゃんと同時に音楽が聴けるのが嬉しくて、毎日イヤホンをシェアして音楽を一緒に聴いた。


ある日、部員が極端に少ない日があった。同級生が体調不良で休み、二年生は早退している子がいて、一年生は社会科見学か何かで全員不在だった。練習後、残っているのは僕とNちゃんの二人だけになった。

部室は男用と女用が別々にあったが、その日Nちゃんは男用の部室にやってきた。「シーブリーズありますか?貸してほしいです。」そう言われて、シーブリーズを貸してあげた。

狭い部室で、僕とNちゃんの二人きりになった。二人きりになるのは初めてだったし、かなり緊張していた。Nちゃんが首元にシーブリーズを塗るのを見ていると、なんだか変な気分になった。Nちゃんは綺麗だし、可愛い。正直劣情のようなものが湧いていたと思う。

「今日はこっちの部室にいたいんですけど、だめですか?」

Nちゃんが僕の目を真っ直ぐに見て聞いてきた。だめなわけがなかった。「いいよ」と即答した。

「最近はLed Zeppelinってバンドを見つけたんです。一緒に聴いていいですか?」

「いいよ。聴かせて。」

僕とNちゃんは壁に背中をくっつけて三角座りをして、一緒に音楽を聴いた。肩と肩が触れ合っていた。熱い。正直音楽なんか頭に何も入って来なかった。Nちゃんの体は熱くて、柑橘系のシーブリーズの良い匂いがした。頭が沸騰しそうだったが、なんとか理性を保って、音楽に集中しようとした。ずっと肩が触れ合っていて、心臓が爆発しそうだったけど、一方でそれがとても心地よかった。Nちゃんは何も喋らなかったが、時々こちらの顔を見て微笑んだ。僕と一緒にいるのが嫌じゃないらしい。なんだか夢を見ているようだった。この時間がずっと続けば良いのにな、とか思った。

音楽を聴き終わって、イヤホンを片付けた。

「また一緒に音楽聴きましょうね。」

「もちろん、いつでも。」

ずっと心地よかった。その時はっきりと、僕はNちゃんのことが好きなんだなあと自覚した。今日が終わらなければ良いのに、と思った。

「ちょっと着替えるんで、向こう向いといてください。」

ちょっと待て、それは流石に聞いてない。それはいくらなんでもやり過ぎじゃないかと思った。既に心臓がもっていないのに、ここで着替える?気がおかしくなりそうだった。

「絶対こっち見ちゃいけませんよ笑」 

Nちゃんはいたずらっぽく笑ってそう言った。いや見るわけないけど。見るわけないんだけど、なんでそんなことをするんだろうと思って、頭の中はパニック状態だった。

服を脱ぐ音が聞こえた。床に体操服が落ちたのが分かった。今振り向いたらNちゃんは……そんな邪な思いが脳裏をよぎったが、おれはめちゃくちゃ真面目に耐えた。絶対に我慢をしようと思って、壁の方を向いて目を瞑って待っていた。


どれくらいの時間が過ぎただろう。二分は経ったはずだ。

「Nちゃん、もういい?」

聞いたが、返事が無かった。そして、Nちゃんの気配も無かった。何の物音もしなかった。

「Nちゃん?」

やはり返事がない。流石におかしい、と思って、僕は振り向いてしまった。


衝撃を受けた。Nちゃんが立っていたはずの場所には、一メートルくらいの一本の塩の柱が立っていて、Nちゃんの姿はどこにもなかった。

意味がわからなかった。なぜ塩の柱が?Nちゃんはどこに?僕は混乱していた。

ひとまず僕は部室を出た。誰の声も、何の音もしなかった。人気のないトラックが夕焼けに照らされて、普段は全然そんなこと思わないのに、その日はなぜかその光景が嫌に不吉に思えた。

僕はトラックの方に歩いて行った。Nちゃんも、誰もいない。静寂に包まれていた。

地平線のあたりに、何かが見えた。ゆらゆらと揺れていて、少しずつ近づいてきている。横一列に並んだ何かが、少しずつこちらへ近づいて来ていた。

ナウシカの映画の冒頭で見た、何人もの巨神兵が一列になって歩いてくる光景と全く同じだった。巨大で細長い何かの群れが、一列になって近づいてくる。

ある程度近づいてくると、それが何なのか分かった。

ヤギである。

身長が四〜五メートルはある長身のヤギ達が、肩を組んでこちらへと行進してきているのだった。

僕は恐怖に駆られ、反対方向へと走った。しかし、反対方向からもまた、同じようにヤギ達が一列になって歩いてきていた。完全に異形のヤギ達の群れに挟まれてしまった。

僕まで三メートル程近づいたところで、ヤギの群れは止まった。笑い声が聞こえてきた。ヤギ達が僕を見てニタニタと笑っているのである。見上げると、ヤギの顔が見えた。横に伸びた虹彩が何とも不気味で、背筋を脂汗が伝うのが分かった。

ヤギ達が一斉にこちらを見て、こう呟いた。


「evil......」


その瞬間、視界が真っ黒になった。全てが終わったことをそこで悟った。どこで何を間違えたのか分からないが、僕はここで終わってしまうんだということが分かった。遠のいていく世界の中で、ヤギ達の笑い声だけが、いつまでもいつまでもこだましていた。

















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