アニメ_美少女戦士セーラームーン_浦和良_EDLU_aZUwAAV2gZ

美少女戦士セーラームーン浦和良×水野亜美恋愛小説『水色少女と青い少年』2

木野の家のチャイムを鳴らす。
『はーい』
「浦和です。今日はお世話になります」
『ああ。今開けるよ』
鍵の音がすると、私服の木野がのそっと出てきた。自分の顔を見ると、少し驚いたような顔をしていた。
「お邪魔します」
「うん。……何だい、それ」
木野は自分の手にぶら下げている袋に目を留めているようだった。
「ちょっとしたお土産です。立ち話も何ですし、入っていいですか」
「いいよ。どうぞ」
ふと玄関の靴を見た。一つだけ。ということは他に誰もいないということだ。亜美がいるかも知れない、という予感は外れた。何となくの感覚は何となくの感覚に過ぎなかった。
(まあ、それはいいんだ)
火野の住んでいる神社の、例のメンバーの部屋は、漫画本や女性雑誌が散らばっていて雑然としていたが、木野の部屋は存外に可愛らしいデコレーションだった。
「どうぞ。これ、食べてください」
「これは……チェリーパイじゃないか。ひょっとして買ってきたのかい?」
「お話を聞くのに手ぶらというわけにはいかないですし」
「私の好物をみんなに訊いてきたのかい。あんた、気が利くねえ」
木野はまたしてもびっくりしたような顔でこちらを見ていた。
「水野さんの好物はサンドイッチとあんみつだとか」
「そうそう。それも訊いたんだ、みんなに?」
「はい」
「なるほどなあ。そうなると、浦和くんに任せた方がいいな」
「え?」
「亜美ちゃんの誕生日にパーティーしようと思ってて、サンドイッチに挟む具とかいろいろ下見してたんだけど、まあ今日は下見だったんでね」
「あっ。パーティーの予定だったんですか。じゃあデートはダブルブッキングになってマズイってことか」
「デート? ……ふうん」
木野はいろいろ考えているようだった。
「じゃあ、パーティーはまた後で考えよう。デートを優先しよう」
「いいんですか!?」
「亜美ちゃんにもデートさせてあげたいじゃない、友達としては」
「済みません」
「いいってことよ。いつも亜美ちゃん、寂しがってるからね」
「え?」
「ああ、亜美ちゃんはお母さんと二人暮らしなんだけど、お母さんも忙しいから、当日学会で遅くなるとか何とか言ってたんだよ。だから、せっかくの誕生日くらいは、誰かが一緒にいてあげた方がいいなと思ってたんだけど、私たちより浦和くんの方が適任だよね」
「二人暮らし……」
そのことも自分は知らなかった。何も知らないんだな。そう思った。何だか、自分がとてつもなくダメなやつのような気がしてきた。
「お父さんとお母さんは離婚されていてね。だからさ、余計に私も気にかかるんだよ。私も両親を亡くしてるからさあ……大事な日に、親と一緒にいられないって、寂しいもんだよね。分かる?」
「分かる……いえ、分かるって言っちゃいけませんね。僕は親の転勤が多いとはいえ、二人とも生きてますし、離婚してませんから。そうなると、想像するくらいしかできません」
「まーそうだよね。だからさ、せめて、亜美ちゃんのこと、大切にしてやりなよ」
「はい」
はいとしか言えなかった。
「うん。じゃあ、亜美ちゃんの大体のことはみんなから聞いたわけだ」
「そうです」
「じゃあ、それを元に計画を立てよう。協力するよ。で、どうする?」
「そうですねー……」
その後、木野と熱心に打ち合わせをした。心の中に一抹の濁りを抱えながら。

***

「そうかー……」
自宅に帰って、風呂に入って、一人唸った。
「僕は何も知らなかったんだなー……」
亜美のなりたいもの、亜美の趣味、亜美の好きな物、亜美の嫌いな物、亜美の理想の男性像、近々誕生日であること。そして、亜美の家庭の事情。
そこは、今、自分にどうにかできそうなものもあれば、どうにもできないものもあった。
家庭の事情。自分はどうすべきか。
いろいろ考えたが、結局頭がうまく回らなかった。
(自分は亜美さんのお父さんの代わりになれるだろうか?)
父親がいなくて寂しい亜美に必要なのは、父親なのだろうか?
もしそうだとして、今の青臭いもいいところの自分が、父親などというものになどなれるのだろうか?
首をぶんぶんと横に振った。違う。そうではない。そういうのが必要だと思うこと自体は、自分の勝手な推測だ。そうでなかった場合、亜美はどう思うだろう。そういうことではない、と拒絶するのではないか?
それに、これは自分をよく見せたいという動機が隠されている。それくらいは自分でも分かっていた。そういう薄っぺらい動機でそういう責任重大なことをするのは、いくら何でも無責任すぎやしないか。
頭の中でアインシュタインが舌を出している。認めたくないことだが、自分にはこの問題に触れる能力も資格もなく、触らない方がよい。という結論に達しつつあった。
自分は亜美のことを何でも知ろうとした。だが、亜美には亜美の事情があり、それを何でも知りたがるのはよくない。知らないことに思いをはせる想像力は必要だが、想像力では危ういことについてはどうするか。
「語りえぬものについては、沈黙しなければならない、だったな」
かつて読んだ本の一節が口をついて出た。要は、考えてもどうしようもないことについては、考えることをやめよう。ということだ。
いろいろ、吹っ切った。
風呂から上がった。これからやることがある。ぐだぐだ考えることよりも、何よりも大事なことが。

***

その晩、自分は亜美に電話をかけた。
「亜美さんですか? 良です」
「良くん! どうしたの。何かあったの?」
亜美の声を聞いた。それだけで、自分の身体の中に、甘く温かいものが満ちていくのが感じられた。
「いえ、その……来週の日曜日、お誕生日ですよね」
「えっ?」
「皆さんから教えてもらいまして」
亜美は驚いていたようだった。やや沈黙があった。
「その、よろしければ、その日、お祝いさせていただいていいですか」
「うん、いいけど。夕方16時までは大丈夫だと思う」
夕方16時。
「分かりました。それまでに合わせてスケジュール組みます」
「うん。あ、あの!」
亜美の声から、何か切迫したような感じがあった。何だ?
「どういたしました?」
「あの、良くん、まこちゃんと何かあったの?」
「え?」
全く予想していない問いだった。
「まこちゃん、浦和くんの話をしたとき、何だか難しそうな顔をしてたわ。何があったのか聞いても答えてくれなかったの」
「難しい顔……ですか」
脳裏にちらりと閃くものがあった。おそらく、あのことだ。
「大丈夫……だと思います」
「そう? それはよかったけど」
「では、来週の日曜日、朝11時前後に、東京駅の新幹線窓口で待ち合わせということになると思います」
「うん。待ってるわ」
「では、失礼いたします」
虚空に一礼して電話を切った。
(そうか。木野さんは心配していたのか)
このままではいけない。最終調整。一体どうするか。

応援下さいまして、誠に有難うございます! 皆様のご厚志・ご祝儀は、新しい記事や自作wikiや自作小説用のための、科学啓蒙書などの資料を購入する際に、大事に使わせて頂きます。