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越境あるいは隔離された建造物について

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哉村哉子氏とのリレー小説です。 有料部分は相手からのコメントです。
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記事一覧

越境18 マイケル その3

※哉村氏とのリレー小説です。前回はこちら。第一回はこちら。

 ぼくの目にうつるものだけをぼくは信じている。

 しずくが落ちて、ぼくのほほをぬらす。水はぶあつい葉っぱから落ちてくる。うれしい、と思う。ぼくの口は多分、ほほえみの形になっている。いまここにはだれもいない。ユキヒコは出て行ってしまった。

 ユキヒコ。

 ここの外でも、中でも、どちらでもあまり見たことのないような人だった。ぼくなんか

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越境16 残雪 その3

越境16 残雪 その3

※哉村氏とのリレー小説です。前回はこちら。第一回はこちら。

 眠っているかれのうなじはかすかに茶色がかった髪の毛がきれいにおおっているので見えない。ふわふわとした柔らかそうな髪の毛で、黒くて重たい自分のものとは違うなと残雪は思った。そういえば初めて会ったときは油か何かを塗っていたようでもう少し艶があった気がする。後ろもくしゃっとしたみたいになっていて、だから、日本人じゃないかなと思ったんだ。ここ

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越境14 行彦 その5

越境14 行彦 その5

※哉村氏とのリレー小説です。前回はこちら。第一回はこちら。

 子供は落ち着いたかと思うとめそめそ泣き出した。あんなものを観てしまったらしかたないと行彦は思った。多分、彼にとっては見知らぬ少年だったあれも、この子供にとっては短からぬ月日を一緒に過ごした級友のようなものなのであろう。クラスメイト、その言葉はいまいちここになじまずに、すこし滑稽な響きすら持って行彦の心の中にあった。

 「いつかぼくも

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越境12 行彦 その4

越境12 行彦 その4

※哉村氏とのリレー小説です。前回はこちら。第一回はこちら。

 残雪の顔からさっと血の気が引いたようだった。長い間陽に当たっていないのだろう白くて肌理の細やかな頬、何かを言おうとして開かれて、一瞬の迷いのうちに結ばれた唇。ここの人間はみなどこか人形のような雰囲気があると行彦は思った。声をかけるべきか、逡巡しているとベストの裾をぎゅっと掴むものがいた。残雪を呼んだという小さな子供だ。目に涙がいっぱい

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越境10 残雪 その2

越境10 残雪 その2

※哉村氏とのリレー小説です。前回はこちら。第一回はこちら。

 不思議なことにここにやってきてから三日ほど、まったく空腹になる気配がなく、明らかに妙なことばかりで、夢をみているのか、もしくは死んでいるのじゃないかと疑い出したころだった。朝起きて、あ、おなかがすいた。と思ったので、流石にあの世じゃなかったのか、ぼんやりと考えながら身づくろいをして部屋を出るとちょうど別の扉から出てきた残雪と鉢合わせた

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越境8 イワン その2

越境8 イワン その2

※哉村氏とのリレー小説です。前回はこちら。第一回はこちら。

 眠っている彼の頭を撫でる手がある。髪の毛を分けるように骨の形を確かめるように、爪が頭皮に微かに当たる、刺激を線のかたちに感じる。白い、とても白い光がいっぱいに目に入ってくる。その明るさに開けたばかりの瞳が慣れるまで何度か瞬きをしていると、逆光になっていた影が徐々に人の顔を取り戻してくる。

「ジョルジュ」

 イワンは彼の名前を発音す

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越境6 残雪 その1

越境6 残雪 その1

・哉村氏とのリレー小説です。前回はこちら。第一回はこちら。

 階段を、今いる階より四階下という相対的な指示に従って降りた先はしかし驚くほど代わり映えのしない景色だった。相変わらず白い、窓のない廊下が続いていて、一応いくらか先で折れてはいるようでずっと向こうだが突き当りが見える。それを背にして、昨日名前を知った中国人らしき少年が立っていて、大騒ぎの中では気がつかなかったが背は行彦より高いし、肩など

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越境4 行彦 その2

越境4 行彦 その2

・哉村氏とのリレー小説です。前回はこちら。

 教室。は、窓のない部屋でやたらに天井が高い。正立方体なのだとだれかが言っていたような気がする。通っていた高校のそれよりは一回り小さい。そこに細長い、木で作られた机と椅子が等間隔に四つ、それが三列並んでいる。黒板はない。ただ白い壁だけがある。普通の教室と違うことはほかにもいくつかあって、この部屋の右奥の、本来生徒が座るだろうというところには木が生えてい

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越境2 行彦 その1

越境2 行彦 その1

・哉村氏とのリレー小説です。第一話はこちら。

 第一人違いなんだ、と、階段を下りながら行彦は思う。行彦というのは本当は彼の名前ではなく、彼の弟の名前だ。しかし今、ここでは彼の名前として機能している。階段は足元も、壁も真っ白なペンキで塗られていて、手すりだけが何人もの人間に磨かれてきた風情のある鈍い金色だった。一歩ずつ、踏むたびに靴の裏に固い感触がある。上等らしい革靴は学校の制服のものと随分違って

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