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【PV至上主義】メディアに正義を求めるのは見当違い

「ちょっと前まではやり過ぎなほど持ち上げていたのに、急に手のひらを返したように叩き始めて…」

「最近同じような手口の事件ばかりニュースで見る。日本って犯罪が増えている気がする…」

なぜ毎日のように取り上げられるニュースと、そうじゃないニュースがあるのだろうか?

メディアは正義のために存在するわけではない

私はテレビ業界や週刊誌には詳しくないので、あくまでもネットメディアについての話になりますが、メディアに対して、正義とか品行方正とかを求めるのは、間違っているというか、見当違いだと思います。

ネットニュースを見て、なぜこんなにも情報や視点が偏っているのか?などと考える人もいると思いますが、彼らは利益を出すためにニュースを発信しているわけで、情報の受け取り手を「正しい道に導く」とか、「より良い人生にする」とか、そんなこと1ミリも考えていません。

何かしらの信念を持って仕事をしている人はいるでしょうか、それは個人的な問題で、ネットメディアにとっての正義は、PV(閲覧数)です。

そんな彼らに対して、「恥ずかしくないのか?」とか「正義はあるのか?」と言ってみたところで、馬の耳に念仏です。

メディアは餌を撒き、釣り人が釣りをする

ネットメディアにとってPVはすごく大事なものなので、彼らは常日頃から「どうすればもっとPVを増やせるのか?」を必死で考えています。

そのために、心理学を勉強したり、コピーライティングを勉強したり、『絶対に読ませる禁断の文章術』などといった本を読んで勉強している人もいるでしょう。

その結果どうなるかというと、記事のタイトルがセンセーショナルなものになったり、反響の多いネタに偏った発信が増えていったりします。

ではなぜ、メディアはセンセーショナルな文章や、偏向報道などで、記事の反響を増やす必要があるのでしょうか?

それはメディアのビジネスモデルを考えてみればわかります。
多くのメディアは、無料で情報をユーザーに提供しています。

テレビも、メディアサイトも。
週刊誌は有料ですが、価格設定は安いですよね。

なぜそんなビジネスモデルが成り立つのかと言えば、ご存知の通り、メディアには広告収入があるからです。
私は週刊誌をほとんど読んだことがないので、広告がどうなっているか不明ですが、とくにネットメディアの場合は、ほぼ100%近く広告収入に依存していると思います。

それが意味することは、メディアにってユーザーは顧客でもなんでもなくて、顧客は広告主だということです。
この点が、メディアに正義を求めるのは見当違いな理由です。メディアにとってユーザーは、情報という餌に食いつく魚なわけであり、釣り人にお金をくれる釣り人は、広告主の方なのです。

PVの少ない記事には価値がない

ユーザーが魚で、広告主が釣り人だとした場合、釣り人にってどんな釣り堀が価値があるでしょうか。

普通に考えたら、魚がたくさんいる、釣れる釣り堀ですね。
もっと言うと、良い魚がたくさん釣れる釣り堀ですね。

価値のない釣り堀は、その逆です。
なので、メディアとしては、何としてでもたくさんの魚を集めたいわけです。

魚を集めることができないと、
釣り人に魅力を感じてもらえません。

ゆえに、PV至上主義に突っ走っていくのです。

購入者と相性の良い情報

とはいえ、PVさえ増えればどんな情報でも良いというわけではありません。

いくらPVが増えても、虚偽の情報や、質の低い情報ばかりを流していたら、いずれユーザーは離れていきます。

また、いくらPVが増えても、広告主の商品やサービスにマッチしない魚ばかりを集めたら、いずれ広告主は離れていきます。

それぞれのメディアには、
それぞれの特色があります。

例えば、ネットリテラシーが低くて、比較的年齢層の高いユーザーが多いメディア、あるいは、高収入の30代、40代のユーザーが多いメディアといったような特色です。

広告主は、こういった特色を踏まえて、広告を出すメディアを選定します。それゆえに、メディアサイドも、そういったユーザーにマッチするような情報を発信します。

例えば、年齢層の高いユーザーに好まれるのは、健康情報で、そういったメディアは、健康食品などの広告主の釣り堀です。
一方でユーザーが若い層の場合には、芸能情報が好まれます。そしてそういったメディアは、ダイエット食品やお金儲け系の広告主の釣り堀になります。

基本的に広告は情報弱者向け

言い方は悪いですが、世の中の広告は、基本的に情報弱者をターゲットとしたものです。

それはネットだろうが、
テレビだろうが同じです。

例えばテレビのCMでは、綺麗な女優やイケメン俳優が、会社の商品やサービスを紹介しています。
でも、その芸能人と、その商品やサービスにどんな関係があるのでしょうか?

女優が「この洗剤は良い」とCMで言ったとして、それは私たちにとっても「良い」ことになるのでしょうか。

最近、著名人を無断使用した投資詐欺の広告が話題になっていますが、なぜまず始めに、「これは本当だろうか?」と疑ってみないのでしょうか。
ちょっと調べてみれば、情報の信憑性が薄いことにたどり着けるはずです。

騙す方が100%悪いのですが、1人2人捕まったところで、犯罪者は湧いて出てくるので、自己防衛し、犯罪者にとって魅力のない市場を作ることが大事なことだと思います。

あくまでも一つの見方として受け取るべき

メディアは正義のために存在するわけではないと思えば、情報が偏っているとか、信憑性がどうとか、無駄なことを考えずに済みます。

それは政治もそうだし、警察や司法、教育も然りです。

そもそもの話、テレビにしても、雑誌にしても、ネットメディアにしても、大体のニュースは、一個人にとって不必要なものばかりです。
どこかの国が戦争をしていて、もちろんそれは悲しいことですが、それを知ったとして、我々に何ができるのでしょうか。

使命感の強い人たちは、ニュースを見て行動を起こすでしょう。でもほとんどの人たちは、ポテチをバリバリ食べながら「気の毒だな」と思ったり、「かわいそうだな、あっ、彼女とデートだからもう家出ないと」みたいなかんじではないでしょうか。
自分と、自分に近しい人に関する知らせ以外は、実質的には全て無意味な情報です。

大して知りもしない芸能人が不倫したとして、それが私たちの人生にとって何の意味があるのでしょうか。
そういうネットニュースを見ていると、自分でも気付かぬうちに「50代でもシワなし」みたいな広告に惹かれてしまって、その数日後には効果のない化粧品が手元に送り届けられていたりするのです。

人生は人それぞれのものなので、「やめた方がいい」と言うつもりはありませんが、情報や広告に振り回される人生は疲れそうなので、気をつけたほうが良いと思います。

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