見出し画像

第72回:思い出し笑い「追悼 落語協会最高顧問、3 代目・三遊亭圓歌」(&ツルコ)


第72回:追悼 落語協会最高顧問、3 代目・三遊亭圓歌

*intoxicate vol.128(2017年6月発行)掲載

 ついにきてしまいました。悲しいお別れ。いつかはしかたのないことではありますが、もっと先のことと願っていました。この4月に落語協会最高顧問・3代目 三遊亭圓歌が亡くなられました。合掌。2年前に芸歴70周年を迎え、まだまだお元気そうでしたのに。


 落語協会葬として行われた葬儀の祭壇には供花で山がつくられ、「山のあな、あな」の文字が白い花で書かれていましたが、若いかたには何のことかわからないかも、ですよね。二つ目時代につくった新作落語《授業中》の1フレーズです。戦後、2代目・三遊亭圓歌に入門し、歌奴として二つ目になった頃、新しい噺を考えようと秋田県の温泉に行って生まれたのが《授業中》でした。たまたま持っていったカール・ブッセの詩集の中の“山のあなた”を落語中に使い、自身の吃音経験をネタにした、「山のあな、あな、あな…」のフレーズは、当時日本で知らない人はいないほど。ブッセやアンドレ・ジイドが出てくる落語がある、というので学生から人気の火がつき、ちょうどラジオ放送が始まり、その後テレビも、という時代の波にも乗り、爆発的な人気を呼びました。同じ頃に林家三平も人気が出てきて、真打にならないと寄席でトリをとることはできないのですが、昭和32年7月に歌奴が、10月に三平が、まだ二つ目だったのにトリを取るほどの人気ぶりでした。ラジオ、テレビ、映画などに引っ張りだこで、まさに第一次落語ブームの中心だったんですね。


 《授業中》以降も、《浪曲社長》《月給日》など新作落語が次々ヒット。林家彦六の勧めで浪曲の修行もしていたので、これらの噺ではその喉も披露しています。圓歌襲名後に行っていた独演会の音源がシリーズでCD化されていて、古典落語とともに代表作である新作も聴くことができます。《授業中》は、これを聴かずして、な1席ですし、《浪曲社長》の終盤で聴ける浪曲の声の気持ちよさ、《月給日》は古典落語の世界がそのまま現代にきたようで、町内の若い衆がサラリーマンになってああだこうだ言っているような楽しさがあります。キレのいい話っぷり、声のよさ、誰も真似することのできない唯一無二の高座を堪能できます。ぜひ!


 昭和40年代には《中沢家の人々》を生み出し、これも大ヒット。晩年まで高座にかけ続けた代表作となりました。自身の両親、妻の両親、亡くなった先妻の両親と、総勢6人の年寄りとの同居を描いたお馴染みの爆笑落語ですが、芸歴60周年の76歳の年に“完全版”をレコーディングしています。寄席や落語会では持ち時間に合わせた10分〜30分くらいのショートバージョンですが、完全版は65分を超える大作で、久しぶりに高座にかけたにも関わらず、満場のお客様を前に、渾身の一席を披露。このCDは、落語作品としてはたぶん初となるオリコンチャート入りをしたことでも話題になり、歌奴時代からの人気ぶりが伺えました。リリースした2005年当時は、第3次落語ブームといわれていて、寄席に若いお客が増えていた時期だったのですが、昭和の時代に落語大ブームを巻き起こしたご本人は、「ブームっていうのはこんなもんじゃない」とおっしゃってました。


 戦後入門し、満州から戻ってきた志ん生、圓生を楽屋で迎え、昭和の名人たちに触れ、自身の落語で一世を風靡し、所属していた落語協会の騒動を経て、弟子から初の女性真打を出し、出家もし、落語界で半世紀以上に渡り活躍し続けてきた重鎮がいなくなってしまったのは、寂しい限り。志ん生が高座で寝てしまったという有名なエピソードがありますが、それを生で見ていたのはもう俺くらいしか残っていないと言っていた、その唯一の人がいなくなってしまったわけで。でもきっと今頃は、あちらでたくさんの懐かしい人たちと会ってますよね。

CD『三遊亭圓歌独演会 壱「浪曲社長」「月給日」』
[ キングレコード KICH-3246]

CD『三遊亭圓歌独演会 四「坊主の遊び」「授業中」』
[ キングレコード KICH-3249]

CD『三遊亭圓歌 中沢家の人々 完全版』
[ コロムビア COCJ-39036]

思い出し笑いライン


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?