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日本ツアー目前!カニサレス(Cañizares)インタヴュー


カニサレス © Amancio Guillén

フラメンコの巨星パコ・デ・ルシアのセカンド・ギタリストとして10年間活動、97年にソロ・デビュー。ギタリストとしてだけでなく、作曲家としてもフラメンコ・シーンとクラシック音楽シーンの両方で支持された。2011年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団からの招待を受け「アランフェス協奏曲」を共演。以来ヨーロッパ中のオーケストラと共演を重ねているカニサレス。
いよいよ、日本ツアーが迫ってきた。ギタリストの鈴木大介氏に今回の日本ツアーのプログラムや、新作アルバム『アル・アンダルス協奏曲』について、お話を伺っていただいた。

鈴木大介

*聞き手:鈴木大介、通訳:小倉真理子

鈴木大介:今回、ギター・デュオに編曲して演奏されるふたつのカニサレスさんの協奏曲のお話を伺いたいと思います。最初の「アル・アンダルス協奏曲」は、パコ・デ・ルシアさんに捧げているということで、第1楽章の最後に「二筋の河」のメロディーが一瞬登場したり、第2楽章の終わりにギター独奏であるカデンツァもあります。その部分はとてもフラメンコ的になりますよね。パコ・デ・ルシアさんの影響を受けて、トリビュートという形で作曲されたのですか。
 
カニサレス:ご存知の通り、「アル・アンダルス協奏曲」はパコ・デ・ルシアに捧げています。パコは自分にとってとても影響の大きかった人物です。音楽家、ギタリストとしての存在だけではなく、友人としても身近な存在でもあり、10年間彼と過ごした日々を思い出しながら作曲しました。ちょうど私がこの曲を作曲し始めたときに、パコ・デ・ルシアの訃報に触れ、何も手につかない状態になりました。それでも作曲は続けなければならず、作曲中は、どんなひとつの音もパコとの思い出を考えずに書くことはできませんでした。つまり全ての音が、パコとの思い出や、パコへの魂へのオマージュにあふれているのです。カデンツァの部分は、パコ・デ・ルシアの「湧く泉、ゆたかな流れ」というタランタスの曲にインスピレーションを得ています。タランタスという曲種は、魂をえぐられるような哀しみのメロディーからできているため、このカデンツァで自分がパコと対話をしながら、自分のこの哀しい気持ちを表現するのに一番適切だと感じました。特にカデンツァというのは、ギターソロの部分なので、「私がひとりでパコと対話をしている」というイメージで曲を書きました。
 
鈴木大介:今回のコンサートで演奏するギター・デュオ・バージョンの組曲というのは、オーケストラの作品をギターに凝縮したというよりも、その中の要素をエッセンスでまとめているのでしょうか。
 
カニサレス:これらの組曲は、元はギターとオーケストラのための協奏曲として作曲したものですが、ギター・デュオ用に編曲してみると、自分自身ハッとさせられるようなことが起きました。同じモチーフを使った同じ曲でありながら、全く違う別な新しい曲が生まれたという印象を受けたのです。80人もいるオーケストラの団員が演奏する全てのメロディーをギター2本で演奏するのはまず不可能です。まずは、そこで二つのギターでどのように割り当てていくかという工程を経るなかで、例えばハーモニーはこれではなくてこちらの方がいいな、とか、このメロディーはこういう感じで流れを変えた方がいいとか、様々な変化をつけることが必要になりました。そして出来上がった作品は、まるっきり同じものを2本のギターで弾いている作品というよりは、ギター・デュオ用に新しく誕生させた作品という方がふさわしいかもしれません。
今回のツアーでは、当初は「アル・アンダルス組曲」と「地中海組曲」だけを演奏しようと考えていたのですが、せっかくなので「組曲モサラベ」からも、ギター・デュオ用に編曲した特別バージョンを演奏しようと思っています。ですからツアーは、「アル・アンダルス組曲」、「地中海組曲」、「組曲モサラベ」の3本立てのプログラムとなります「アル・アンダルス組曲」からは2つの楽章、「地中海協奏曲」からも2つの楽章、そして「組曲モサラベ」から1つの楽章という、全部で6つのギター・デュオ曲を演奏します。伝統的なフラメンコとはまた違った、スペインの風を感じられる曲風をお楽しみいただければと思っています。
 
鈴木大介:「モサラベ協奏曲」はもう何度も演奏されているのでしょうか。
 
カニサレス:「モサラベ協奏曲」も既にいくつかのオーケストラと共演しています。この協奏曲は元々、コルドバのギター・フェスティバル40周年記念に依頼されて作曲した作品で、コルドバのオーケストラと世界初演しました。「モサラベ協奏曲」は、オーケストラとギターの協奏曲バージョンだけではなくて、実はギター五重奏のバージョンもあります。こちらは、昨年セビージャのギター・フェスティバルで、アンダルシア・ギター四重奏団と初演しました。この五重奏のバージョンも、ギターとオーケストラの協奏曲に忠実でありながらも、ギターの特性を堪能できるバージョンで、今回のギター・デュオのバージョンとは少し異なります。是非、今度大介さんとも一緒にこの作品を演奏できたら嬉しいです。
 
鈴木大介:ありがとうございます。
 
カニサレス:今度楽譜をお送りします。
 
鈴木大介:オーケストレーションについてですが、「アル・アンダルス協奏曲」と「地中海協奏曲」を聴いて、全く違うカラーでオーケストレーションをされていると思いました。演奏を聴く前は、よく「ギターを巨大化させた」と評されるファリャの管弦楽曲のような作品に仕上がっているのかな?と想像していました。でも、実際耳にしてみると「アル・アンダルス協奏曲」はオーケストラがとても豊かな、例えるならラフマニノフのような豊穣なオーケストレーションだと感じました。「地中海協奏曲」の方はロドリーゴ氏へのオマージュということで、その作品の意義に見合った古典的なオーケストレーションが際立っていると感じました。こうしたオーケストレーションのイメージというのは、どのように生まれてくるのでしょうか。
 
カニサレス:さすが大介さん、ふたつの協奏曲の異なる響きを聴き分けられていらっしゃるのですね。「アル・アンダルス協奏曲」のオーケストレーションは、主に編曲者のジョアン・アルベルト・アマルゴスが担当してくれました。これは自分にとって初めてのギターとオーケストラのための協奏曲でした。自分でオーケストレーションをしようとも思いましたが、やはりとてもハードルが高かったので、私が全てのメロディーラインを作曲した上で、アマルゴス氏がそれぞれの楽器の音域に合わせて、オーケストレーションしてくれたのです。一方で、やはりいつかは作曲からオーケストレーションまでの全てを自分で手掛けたい、と強く感じていたので、アル・アンダルス協奏曲の作曲が終わった後、本格的にオーケストレーションを学びました。オーケストラで演奏される、実に様々な楽器の特性も知らなければならず、「ギターがただ弾けるだけ」「音楽がただ分かるだけ」では、全く不十分だと気付かされ、そこから新しい世界が広がりました。
オーケストレーションというのは、ひとつの楽器のための作曲とは全く違い、高度な知識も必要になってきます。どの楽器とどの楽器の音色の組み合わせがよいとか、この楽器の組み合わせは逆効果だ、といった知識は当然必要になってきますし、また音域の問題以外にも、複雑な問題に対峙せねばならず、この経験で自分の音楽に対するビジョンが大きく変わったと思います。例えばハーモニーについていえば、単に垂直に並んだ音と捉えるのではなく、複数のメロディーがが平行していく中で、ここのハーモニーがあの鍵になるとか、ここに持っていきたいとか、そうした横の動きにも意識を向けられるようになりました。
 
鈴木大介:今回プログラムでは、ファリャやロドリーゴといった、カニサレスさんが作曲されていない楽曲もありますね。自らオーケストレーションをされることによって、レパートリーに対しての考え方も変わりましたか。
 
カニサレス:おっしゃる通り、自分でオーケストレーションをするようになると、音楽に対するビジョンが大きく変わりました。もちろん以前より幅広くなったという意味なのですが、それは自分がギターで、別の作曲家の作品を演奏するときにも顕著に表れていると感じます。例えば、自分はこれまでギターを演奏してきましたが、それだけでは得られない視点を得ることができたということが一番大きいです。オーケストレーションというのは、オーケストラで演奏されている全ての楽器に気を配って全てのメロディーやハーモニーを書いていく作業でなので、音楽をより立体的に捉えることが出来るようになりました。また、ギターのために作曲されたクラシックの作品の中でも、この音がより重要だとか、この音にもっとニュアンスを出さなければいけないといったところに目が行くようになり、同じ演奏の中で、バリエーションが生まれ、音楽が立体的になるような感覚を得られるようになりました。それは演奏家としてのひとつの成長ではないかと思っています。
 
鈴木大介:昔カニサレスさんが、どんな音楽を聞いても、全て頭の中でギターの指板上の音に置き換えられるとおっしゃっていたことがありましたが、今は音楽を聴いたとき、想像上の指板以外でも理解されているのでしょうか。
 
カニサレス:おっしゃる通り、ギターが自分にとって一番身近な楽器なので、常に指板に置き換えながら音楽を聴くという部分は否めません。同じように、例えば文章を書くことを専門とする作家が、本を読んだり、会話や朗読を聞いたりしたときに、そこから得られる情報というのは、プロの物書きではない自分が得るそれよりも数倍豊かなものであると思います。音楽に関して私は専門家ですが、オーケストラという新たな物差しを得たことで、その範疇がギターだけでなく、これまでに自分が持っていた枠を超えた部分にも注意を払えるようになったと感じています。それぞれの音や事象を、名前をつけて区別分類することができるようになるというのは、音楽をひとつ深いレベルで聴く上での大事なテクニックだと思います。その意味では、自分にとっての音楽の聴き方は少し変わってきたと言えるかもしれません。
 
鈴木大介:それは単純に、以前より分析的になったということにもなるのでしょうか?
 
カニサレス:はい、その表現は正しいと思います。ですから今の私にとって音楽は、ただ楽しむためだけのものではなくなっています。耳に入ってきた音楽は、無意識のうちに全て分析してしまいます。スペインの諺で「幸せになりたいなら分析はするな」という言い回しがあります。でも私の場合は例外的で、分析はしていますが、幸せに生きてるので安心してください(笑)。
 
鈴木大介:フラメンコに対する気持ちも変わったでしょうか?
 
カニサレス:フラメンコを、自分が演奏するときにも聞くときにも、大きく変わった部分はあるかもしれません。ただ自分にとっては、フラメンコでもクラシックでも、「音楽」というくくりの中ではどちらも同じです。自分の変化の中でとてもいいな、と思っていることがあるのですが、それはこれまで気付かなかったような些細なことにも気付けるようになったことです。その世の中には、こんなにも沢山自分の知らないことがあったということを再認識して、その未知の世界に一歩踏み出せたというのは、自分の音楽人生にとってとても大きなステップのひとつだと思います。例えば、ある音楽を聴いた時に、多分作曲者は、この部分にはこんな思いを込めていたんだろうな、というようなことまで感じ取ることができるようになったのは、とても大きなことだと思っています。
 
鈴木大介:フラメンコは、カニサレスさんのように楽譜の扱いが自由ではない人もやっている音楽だと思います。完全に耳だけで演奏しているというか、譜面と一切関係ない世界にいるという人は実際フラメンコの世界にもまだいるのでしょうか。
 
カニサレス:フラメンコ・ギタリストで、楽譜が全く扱えないという人の割合が高いのは事実です。でもそれ自体をが悪いというつもりはもちろんありません。というのは、フラメンコという芸術は、伝統的に口承芸能として受け継がれてきたものですから、その手法が大事だというのは当然ですし、そうした伝統によって育まれた部分というのはあると思うからです。ただ一方で、自分がもうひとつの現実だと受け止めているのは、やはりフラメンコは少し飽和状態にあるということです。限られた「フラメンコ」の範疇では、何を作曲しても、どうしても何か似たような感じになってしまうと思うのです。そこから脱却するために、音楽的な知識というのは不可欠だと思いますし、フラメンコのエッセンシャルな特徴を失わずに、そこに音楽的知識を反映させることができれば、フラメンコという芸術自体が大きくなっていくのではないかと思います。まだ数が少ないとはいえスペインには、フラメンコを高等教育で教える機関が少しずつ増えていて、フラメンコ・ギターを教える大学も少しずつ増えているのは良い兆しです。そのひとつが私が教鞭を執っているカタルーニャ高等音楽院(ESMUC)で、私はそこで修士の大学院生を対象にフラメンコの作曲のクラスを担当していています。若いギタリストの中では、すごく音楽理論をしっかり勉強してきた人もいるので、将来は明るいのではないかと感じ始めています。

LIVE INFO.

カニサレス来日公演2023
7/09(日)所沢市民文化センター ミューズ キューブホール[完売]
7/12(水)兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院 小ホール [完売]
7/13(木)フェニーチェ堺 小ホール
7/15(土)東海市芸術劇場 多目的ホール
7/16(日)浜離宮朝日ホール [完売]
7/18(火)船橋市民文化ホール
7/20(木)フィリアホール(横浜市青葉区民文化センター)
総合問:プランクトン 03-6273-9307(平日13~17時) https://plankton.co.jp/canizares/
 
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リリース情報

『アル・アンダルス協奏曲〜パコ・デ・ルシアに捧げる』
カニサレス
 
収録曲
アル・アンダルス協奏曲〜パコ・デ・ルシアに捧げる
1. 第1楽章 ブレリアの速さで
2. 第2楽章 自由なテンポで表情豊かに
3. 第3楽章 快活な速さでタンギージョ風に
 
ふたつのギターのための組曲『モサラベ』
4. 第1楽章 コルドバ
5. 第2楽章 メスキータ大聖堂
6. 第3楽章 オレンジの庭
 
ギター・音楽:カニサレス
①②③ 編曲:ジョアン・アルベルト・アマルゴス
ガリシア交響楽団
指揮:フアンホ・メナ
④⑤⑥ カニサレスによるギターの多重録音

 2023年度作品
発売日:2023年8月23日  商品番号:VITO-483 
価格:3,000円・税抜(3,300円・税込)  解説:鈴木大介

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