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《ケルティック・クリスマス 2023》 4年ぶりに帰ってきた年の瀬の風物詩


文=松山晋也

 遂に《ケルティック・クリスマス》が帰ってきた。日本のワールド・ミュージック・ファン、中でもヨーロッパのトラディショナル・フォーク好きにとって、こんなにうれしいニュースはないだろう。

 1997年の第1回からほぼ毎年、11月末~12月上旬に開催されてきたケルクリは、ファンの間では年末の風物詩としてすっかり定着してきた。このコンサートを堪能しないと年の瀬を迎えた気分にならないという人は少なくない…と言っていいほど、この音楽イヴェントは日本の音楽好きたちから熱く支持されてきた。2020~22年の3年間はコロナ禍のために開催できなかったが、今年はようやく4年ぶりに復活することになったのだ。
 
 ケルクリではこれまで、アイルランドやスコットランドを中心に、スペインのガリシアや北米など世界各地のケルト系音楽家やダンサーたちを毎回2~3組ずつ招聘してきた。このイヴェントを通してケルト音楽シーンの層の厚さ、あるいは横のつながりを改めて認識した日本人ファンは多いし、また、日本での知名度と評価を一気に高めた若手音楽家も少なくない。だから当の音楽家たちにとっても、ケルクリに参加できることは、今や大変な栄誉となっており、主催者のプランクトンには参加を望む声が毎年たくさん届いているのだという。

 さて、今年の参加アーティストは、ダーヴィッシュとルナサ、そしてダンサーのデイヴィッド・ギーニーの3組。全員、ケルト音楽の総本山であるアイルランド勢だ。過去にも数回ずつ来日しているダーヴィッシュとルナサはいずれも長いキャリアを誇る世界的人気バンドで、日本にもファンが多い。初来日のデイヴィッド・ギーニーは国際的なアイリッシュ・ダンスのコンテストを総なめにしてきた、現在アイルランドNO.1と謳われるダンサーだ。

デイヴィッド・ギーニー

デイヴィッド・ギーニー「World Champion Irish Dancer - INEC 2015!」

アイリッシュ・フォークの王道を行くダーヴィッシュ

ダーヴィッシュ

 マンドーラ/マンドリン奏者ブライアン・マクドノーを中心に、フィドル、フルート、アコーディオン、ブズーキ、ヴォーカル/バウロンのアコースティック楽器6人から成るダーヴィッシュは、1989年にアイルランド北西部スライゴー州で結成された。伝説的フィドラー、マイケル・コールマンを生んだスライゴーはドニゴールやクレア等と並び、伝統音楽がとりわけ深く根付いている地域だが、バンド結成時の名前が「The boys of Sligo」
だったダーヴィッシュは最初から一貫してアイリッシュ・フォークの神髄を極め続けてきたバンドである。彼らのアンサンブルの要は、共に複弦の撥弦楽器マンドーラとブズーキだ。どちらもアイリッシュ・フォーク元来の楽器ではないが、これらが奏でる力強く芳醇な中低音が両輪のごとくバンドを牽引してゆく様は迫力満点。この盤石の土台とパワフルなグルーヴがあればこそ、フルートやフィドル、アコーディオンも自在に舞うことができ、結果、アンサンブルに豊かな広がりと多層性が生まれる。チーフタンズが解散した今、アイリッシュ・トラッド・フォークの醍醐味をこれほどダイレクトに味わわせてくれるバンドはなかなかいない。

ダーヴィッシュ《Round the Road》

 また、紅一点のバウロン奏者キャシー・ジョーダンは可憐さと大地の滋味を併せ持つすぐれたシンガーでもある。彼女の主なレパートリーは伝承歌だが、一方でボブ・ディランやスザンヌ・ヴェガといったロック/フォーク系の作品などのカヴァ・ワークも巧みだ。インスト・チューンだけでなくヴォーカル曲にも力を入れている彼らの現時点での最新作『The Great Irish Songbook』(2019年)では、リアノン・ギデンスやスティーヴ・アール、イメルダ・メイといった様々なジャンルのシンガーたちがフィーチャー(随時キャシーとデュエット)されている。

ダーヴィッシュ&ケイト・ラスビー《Down By The Sally Gardens》

ダーヴィッシュ&スティーヴ・アール《The Galway Shaw》

アンサンブルのカッコ良さが光るルナサ

ルナサ

 ルナサもまたダーヴィッシュ同様、極めて骨太な伝統音楽グループではある。が、見せ方、聴かせ方におけるセンスがひと味違う。彼らの表現からは常に“同時代のポップ・ミュージックとしての伝統音楽”という意識が強烈に伝わってくるのだ。それはまた“ロック的”と言い換えることもできるだろう。
 ルナサは、若くしてフィドルとホイッスルの両部門でオール・アイルランド・チャンピオンに輝いたショーン・スミス(なんと現役の医者でもある!)を中心に97年に結成された。ショーン以外のメンバーはフルート、ギター、イリアン・パイプス、そしてウッドベイスというインスト5人編成。アイリッシュ/ケルティック・フォークの世界でウッドベイスを擁するバンドは極めて珍しいが、まさにそのウッドベイスが彼らのユニークなアンサンブルの要にもなっている。
 ウッドベイス担当のトレヴァー・ハッチンソンは、80年代に英国の人気ロック・バンド、ウォーターボーイズのメンバーとして活躍した後、アコーディオン奏者シャロン・シャノンのバンドなどでアイルランドの伝統音楽との関わりを深めてゆき、ショーン・スミスと共にルナサを結成した。演奏活動と並行してサウンド・エンジニア/プロデューサーとしてもキャリアを積んできた。
 アイリッシュ/ケルティック・フォークの世界では、全員のユニゾンで突っ走ってしまうような紋切り型のアレンジが少なくないし、ダンス・チューンのセット(組曲)にしても往々にして構成が平板になりがちだ。演奏技術がやたらと高いだけに、ここにこう手を加えたら楽曲として格段に面白くなるのに…と感じてしまうことがけっこう多い。しかしルナサは、そういった陥穽にはまることがほとんどない。アレンジにしてもアンサンブルの組み立て方にしても、がとにかくセンスが良く、ポップ・ミュージックとしての聴かせ方のツボを心得ている。つまり、ロックやポップスのリスナーが聴いてもカッコイイのだ。他のバンドにはない立体感とスピード感、それを土台で支えているのが、フォーク・セッション以外の現場で多くの経験を積み、広い音楽的視野を持っているトレヴァーのウッドベイスが繰り出す柔軟なグルーヴなのだと思う。

ルナサ《Eanáir (March, Breton, Reel)》

ルナサ《Morning Nightcap》

大団円の所沢公演とルナサの『ライヴ・イン・ジャパン』

ハンバート ハンバート

 今回のケルクリは11月25日のダーヴィッシュ with デイヴィッド・ギーニー公演(at ハーモニーふくい)からスタートし、12月3日のダーヴィッシュ/ルナサ with デイヴィッド・ギーニー公演(at 所沢市民文化センター)で幕を閉じる。その間、山形や愛知、兵庫などでも公演があるが、特に千秋楽の所沢公演ではスペシャル・ゲストとして、日本の人気デュオ、ハンバート ハンバート(ヴォーカルの佐野遊穂&ギター/フィドル/ヴォーカルの佐藤良成)も参加する。彼らは過去にケルト系音楽家たちとしばしば共演し、自作品でもケルティック・フォークをカヴァしてきたが、今回はダーヴィッシュのステージに数曲で加わることになっている。ハンバート ハンバートも録音しているアイリッシュ・フォークの名曲《満天の星》(原曲は《The Mountains of Pomeroy 》)や《喪に服すとき》(原曲は《Mo Ghile Mear》)などがダーヴィッシュとのコラボレイションによってどのように彩られるのか…ドラマティックな展開を期待したい。

ハンバート ハンバート《満天の星》

ハンバート ハンバート《喪に服すとき》

 また、この所沢公演ではルナサやデイヴィッド・ギーニーによるワークショップ、ダーヴィッシュ+ルナサ+豊田耕三(日本を代表するアイリッシュ・フルート奏者)のセッション、そしてケルト市など盛りだくさんのスペシャル・イヴェント(※詳細は下記)がロビーにて繰り広げられることになっている。大団円にふさわしい盛り上がりになることは間違いないだろう。

 最後にもう一つ、うれしいお知らせを。ルナサはこれまでに9枚のアルバムを発表してきたが、10枚目のアルバムは、なんと今回、日本で制作されるのだという。彼らはケルクリ出演とは別に、11月27~29日3日間、京都のライヴハウス「磔磔」で単独公演をおこない、そこでの音源が『ライヴ・イン・ジャパン』(仮題)としてミュージック・プラントから来年リリースされることになっている。制作資金はクラウドファンディングによって日本のファンから集められた。「磔磔」の濃密な空間と日本人ファンの熱意が生み出すライヴ・アルバム。傑作にならないわけがない。

INFO.

ケルティック・クリスマス 2023
出演:ダーヴィッシュ、ルナサ、デイヴィッド・ギーニー
2023年11月26日(日)16:00開演(15:15開場)
東海市芸術劇場 大ホール
2023年12月1日(金)18:00開演(17:30開場)
兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
2023年12月2日(土)17:15開演(16:30開場)
すみだトリフォニーホール
2023年12月3日(日)16:00開演(15:15開場) 
所沢市民文化センター ミューズ アークホール
スペシャルゲスト:ハンバート ハンバート

12/3所沢公演のスペシャル・イベント
所沢公演チケットお持ちの方を対象にアークホール(大ホール)・ロビーにてイベント有り

12:50~終演後
ケルト市(アイルランドやケルト圏の物産展)
※ギネス・ビール、フードの販売有り

13:00~13:40
ルナサのアイルランド音楽のワークショップ @大ホール・ロビー
参加費:各500円 ワークショップ申し込み 
https://www.muse-tokorozawa.or.jp/event/detail/20231203/
見学自由。

13:45~14:15
デイヴィッド・ギーニーのアイリッシュ・ダンスのワークショップ
参加費:各500円 ワークショップ申し込み 
https://www.muse-tokorozawa.or.jp/event/detail/20231203/
見学自由。

終演後
ダーヴィッシュ+豊田耕三のセッション・パーティ
ルナサもデイヴィッド・ギーニーの参加。
どんな楽器でも持ってくれば、誰でもセッション参加OK。
参加・見学自由。 

総合問い合わせ

https://plankton.co.jp/xmas23/


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