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【森下周央彌】〈ないもの〉を求めた楽曲を、独創的な編成で綴るギタリスト/作曲家

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©Shinya Fukumori

〈ないもの〉を求めた楽曲を、独創的な編成で綴るギタリスト/作曲家

interview & text:佐藤英輔

 大阪在住のギタリストである森下周央彌のデビュー作『Ein.』を聴き、いささか驚いた。弦楽器その他を組み込んだその内容はとっても静謐で、アート。その質の高い表現総体からは、彼がどういう音楽遍歴を通ってきた人物であるのかを察しにくい内容になっている。そして、それは森下が誰でもない、自分の音楽を作っている証左となる。そんな彼はどういう音楽を通り、どのような意図のもと、現在の我が道を行く表現にたどり着いたのか。なお、本作のリリースはプロデューサー/ドラマーである福盛進也の第2のレーベル、“S/N Alliance”からの第一弾となる。

——大学(大阪音楽大学)ではジャズを学んだわけですか?
「ジャズ科というのがありまして、そこに入学しました。音大ではBebopを中心にオーソドックスなジャズをやっていました」
——では、当時はどういうギタリストが好きだったんですか。
「学生時代は満遍なく聞いていました。Joe Pass,Jim Hallが結構好きでしたね、あとPat Methenyもよく聴いていました」
——それで、今こういうアルバムを作ったわけですが、これは自分にとって転機であったかなということはあったりしますか。
「音楽自体のこととは違うんですけど、土岐英史(Alto sax)さんという方に音大で出会って、しばらく弟子入りしていたんですけど、その人をきっかけに様々な国内のミュージシャンと知り合えましたね。それまでは、学問的なスタンスで音楽と向き合っていたんですが、土岐さんのおかげでライブで強烈に放つジャズのカッコ良さに魅了されました。あの頃は滅茶苦茶色んなライヴを見に行っていて、それが音楽観に変化を与え、自分しかできない音楽やりたいという思いも芽生えましたね。 大学を出て少ししてから、山口武 (Guitar)さんに習ったりライブの手伝いなんかをやらせてもらっていて、ロン・カーターとルイス・ナッシュとのThe TRIOのツアーもローディーで回らせてもらえて、その際彼らと一緒に過ごしたりしたことでジャズミュージシャンの懐深さを知りました。サウンドチェックで少し弾かしてもらったりして当時の僕は感激しっぱなしでした。この頃にミュージシャンとして生きていくという決心をしたように思います。また、自分の音楽的な転機というか、こういうのをやろうかなと思ったのは、20代半ばにウェスト・コースト・ジャズを聞き始めたことですね。それまではハード・バップや先輩の影響でコンテンポラリーなギタリストも聞いていたりしたんです。たとえばカート・ローゼンウィンケルとかブラッド・メルドーとかそのあたりの人たちを聞き、彼らの曲をやったりしていたんですが、どっちかというと難しすぎてその時はあまり理解できなかった。その後、ジャズ的な要素を含み尚且つ新鮮な響き、実験的要素があるウェスト・コースト系のミュージシャンを聴くようになったというのが、違う方向に行ったきっかけだったんです」
——『Ein.』に付けられた小冊子の対談には、ジミー・ジュフリーの名前が出てきて、ああなるほどとぼくは納得したんです。ああいう表現は、森下さんの表現に繋がるなと思いました。
「チコ・ハミルトンやジミー・ジュフリーとかのウェスト・コースト・ジャズの系譜の延長線上にあるサウンドを作りたいなとは思っていました。それらは、今回のアルバムの原点にあるものの一つだとと思います」
——そうすると、やはり作曲や編曲は重要であるという思いにも至るわけでしょうか。
「作曲することの重要性というのは、20代半ばからに認識するようになりましたね。個人的には“ないもの”を作りたいという志向が強くて、誰かのような曲とかそういうものではなくて、自分にとってあまり聴いたことない曲だったり要素を探していましたね。それを20代半ばぐらいからずっとやってきていて、今回収録している曲は自分の中から少しづつ新鮮な要素を絞り出して、構築していったものである思います。結果、僕が作りたかった音楽というのを成就させることができたのではないかと思います」
——そうした意図は、ちゃんと実を結んでいると思います。なぜなら、森下さんがどういう音楽遍歴を持っている人なのか、どういうギター奏者が好きなのかというのがあまり想像できない仕上がりになっていますから。
「作曲の重要性を意識し始めた頃、同時に自分のギタープレイにおいてもオリジナリティを追求しようと考えていました。誰かに影響を受けているようなフレーズやニュアンスを極力廃して純粋に内から出てくるものを大切にして。繰り返し録音を聴きながら削ぎ落としていく作業を10年くらいしていました。そうやってかなりシンプルになった自分のギターで自分の曲をどういうふうに演奏するかが課題でした。でもそれを一緒に演奏できるメンバーたちと奇跡的に出会って、コロナ禍で自分でもなんかできないかというのがあり、奇跡的にタイミングが合って今回録音できました」
——2曲以外はオリジナルです。いつごろ書いた曲でしょう?
「学生のころから思いついたものもありますが、この10年くらいの自分の曲の中で、僕のエッセンスが出ている曲をやっています。前半の曲の方が最近書いた曲で中盤以降は6年以上前の曲です」
——今作はどこにもない音楽を目指してからの、集大成と捉えていいわけですね。
「そうですね。この10年ぐらい僕がやってきたことの集大成と言えると思います。2019年ぐらいからヴァイオリン,チェロ,ギターのストリングス・トリオをやり始めたんですが弦楽器独特の表現力というのが自分の音楽にすごく合う感じがして、その編成を中心にサウンドを構築していくと目指していたものがどんどん具現化していった感じです」
——チェロとヴァイオリンとギター。普通は思いつかない編成ですよね。
「確かに、意外とないですね。弦楽器の重なりって本当に面白くて、本当はヴィオラも入れようと思いましたが、僕はトリオという編成がすごく好きで、このトリオで基本のサウンドを作っていくのがしっくりきました。3人しかいないので制約も多いんですが、逆にシンプルに僕の音楽の基準となっています」
——その弦のアレンジも森下さんが書いているんですよね。
「そうですね。アレンジに関しては全部僕がやっていますが、弦の細いニュアンスなどはヴァイオリンの秦進一が手伝ってくれました」
——それに加えて、曲によりクラリネットや打楽器奏者やケルティック・ハープの奏者も入っています。そういう楽器の引き算、足し算も普通は出てこないものだと思いました。
「先の話に戻りますが、チコ・ハミルトンとかを聞いているからだと思います。彼の代表的なアルバムにはクラリネットも入っているし、チェロ奏者もいます。チコの演奏もジャズ・ドラムというよりはどちらかというとパーカッションという感じもあり、僕の音楽もパターンで叩かれるものではなく、流れの中でどういう音を出すかというものです。今回鈴木孝紀さんの素晴らしいクラリネットが楽曲を彩ってくれています。ハープはギターと同じ撥弦楽器なんですけど、ハープの音が僕は好きで、高校の時にケルティック・ハープ奏者のカトリオーナ・マッケイのCDを買って、それがすごく素敵で自分がアルバムを作る時は絶対に入れたいサウンドだと思っていました。あまり壮大な感じにはしたくなくて、松岡莉子さんのケルティック・ハープの素朴で優しく尚且つ少しキラキラとしたの音色が今回のアルバムのキーポイントの一つとも思っています。アラブ・ヴァイオリンの秦進一くんもその独特の質感の音色とアプローチで、僕の音楽をより妖しくしてくれているのもポイントです。完全にイメージですが個人的は1980年代くらいのよく分からないパンク(!?)バンドがよく分からない音楽をやっているみたいな感じにしたかったのもあります」
——いろいろな楽器を入れている中、ピアノレスであるのも面白いと思いました。
「今回ベースも最後の1曲しか入っていないんですけど、ベースもピアノも音楽的な影響力が凄まじいので、思ったサウンドを構築するのが難しいと思っています。でも、ピアノレス、ベースレス、ドラムレスというのはギタリストにとっては結構な挑戦ではあると同時にクリエイティブになれる空間が得られるとも思います。ベーシストによる低音の安定感がないところで音楽を作っていく方が緊張感がありますし、僕が求める浮遊感のようなものを強調しやすいですね」
——パーカッション奏者は現代音楽が得意そうな演奏をしていると思いました。
「池田安友子さんは凄いパーカッショニストで、その感性、技術、閃きでほんとに様々な現場に引っ張りだこのミュージシャンです。何も言わなくても行きたい方向に寄り添い、いろんな試みを出してくれるので、自由に演奏してもらいました」
——“S/N Alliance”からのリリースにもつながりますが、ディレクションを福盛進也さんに頼んだ理由を教えてください。
「初めて福盛進也さんとお会いしたのは2018年だったと思いますが、一緒にやったライブの時にこんな表現ができるドラマーがいるんだと思いました。楽器の細かいニュアンスを邪魔しない、むしろ引き立ててくれるようなところがあって、そういうドラマーがいるというのは僕にとって衝撃でした。その時の感覚が忘れられなくて、翌年その当時一緒にやっていたピアニストの浜村昌子さん、クラリネットの鈴木孝紀さん、ベースの甲斐正樹さん、ドラムの福盛さんと僕でレコーディングをしようと思っていました。 浜村さんが亡くなってしまい、それは実現しなかったんですが、いつか福盛さんと作品を作りたいと考えていました。
福盛さんの音楽力、音楽センス、美的感覚ってすごいものがあると僕は思っています。そして、今回アルバムを作るにあたり、より高いクオリティを目指して客観的に見てもらうために、ドラマーとしてではなく音楽監督としてディレクションをお願いしました。いろいろやりとりをして、ここはこうした方がいいよという助言をもらったりし、録音は2日間でしたが、両日とも付き合ってもらって、目茶苦茶助かりましたね。自分の迷いをクリアーにしていただいていたので、録音作業はすごく円滑に進みました」
——事前に、かなりやりとりしたんですね。
「そうです。リハーサルも立ち会いました」(取材に同席していた、福盛の発言)
「1ヶ月の間にいろいろやりとりしましたね」
「前段階で曲はすごいというのが分かっていたので、楽器編成とか、メロディのラインが全楽器同じ方向に行き過ぎているとか、平面的なところをもう少し立体的にしたり、構成を広げたり……。ちょっとしたアドヴァイスしました」(福盛)
——それで、レコーディングは堺にある明治時代に建てられた紡績工場でしたんですね。
「最初に予定していたのは、ストリングス・トリオの3人で録ろうかと思ったんです。僕は弦楽器をスタジオで録った音というのがあまり好きではなく、そうじゃない感じで録りたいと思い、前に甲斐(正樹)さんがベースとピアノでやっていたを思い出したんです。そして、皆で行って音を出して、ここはいいよねとなりました。弦楽器はある程度響きがあった方が良く、空間が弦楽器の倍音を広げてくれるんです。痛い感じではなく、ふわっとした感じの音を欲して、それができる場所でした」
——古い建物であるというのは関係ありますか?
「基本的に明治の近代建築の建物なんですが、そういうのって壁の素材や天井の形状ため、ちょっと独特の反響の仕方をします。それは、ホールともまた違っているんです。元々は紡績工場だったものが今はフリーなスペースとして公開されていて、ちゃんと音響のことを考えているわけではないんですが、いい音の反響感がありました。ただ、窓がちゃんと閉まらなかったり、換気扇のところはただ穴が空いていたりしていたので、録音時は遮音材を入れて、外の音が入らないようにしました」
——とにかく、レコーディング時の写真を見ると格好いい会場ですね。
「そうですね。そういう意味では、絵的にも非常に映えますよね」
——そう思います。それで、現物を手にして、CDのジャケット素材やブックレットなどのパッケージも、全部一体化しているなと感心しました。
「作るんだったら最初のものだし、自分のやりたいことをできるだけ、アイデアがあれば全部注ぎ込もうとは思いました。ブックレットの内容も素晴らしく、湯澤ひかりさんの詩がこの作品に新しい奥行きをもたらしてくれました。福盛さんをはじめ関係して頂いた方のこだわりや思いが伝わってきて本当に嬉しいです」
——音の方に戻るんですが、やはり森下さんって面白いギタリストだなと思います。そんなにソロを取るわけではなく、淡々と曲を広げている感じがあって。ギターは何本使ったのでしょう。
「4本ですね。メインでガットと、エレクトリックを使っています。エレキでもアコースティックでもないような中間的なものはフルアコを使いました。それから、一部ダビングで小さい鉄弦のアコースティックも使いました。とはいえ、楽曲を書いた時点で僕の個性はそれなりに出ていると思っていて、その楽曲が求める音を感じて使い分けました。Intro やTomte’s Room はギターの音はいらないと思ったので僕は演奏には参加していません。 他の楽器の人たちが僕が何かを言わなくてもちゃんとやりたい方向性を察知してくれるので、録音時には僕はあまり無理に引っ張って行こうという考えはなかったですね。みんな同時進行で進んでいきました」
——では、曲を作り、アレンジをし、一緒にやってくれる奏者を集めた段階で完成し、ギターを弾くのはおまけになるとか?
「おまけではなくもちろん僕ができる表現としてギターを弾いているんですけど、演奏中は皆の音の流れを聴いて弾いていますね。あまりソロとかもないんですが、基本的にはギターは音楽を構成するパーツの一つなので、いかにいい感じに流れている音楽がよりいいところに進んでいくか。ということを、第一に考えて演奏しています」
——ソロはクラリネットのほうが多いんじゃないという感じですよね。
「ギターにしろクラリネットにしろ、全体の流れの中のソロとなりますね。通常のジャズだとソロが表現の中核になり、それはそれでいいんですけど、僕はソロも楽曲の中における一つの構成要素であると捉えています。
ソロの内容自体も録音時に福盛さんが、もっと音数弾かなくてもいいと言っていて、音数を減らすことですごく緊張感が出たし、引き込まれていくような感じがでて、さすが福盛さんだなと思っていました」
——ぼくはこのレコードを聴いて、なんて大人な音楽なんだろうと思いました。もうわきまえて総体に留意しつつ、周りの人を全部活かして曲が結晶していて……。「Tomte’s Room」という曲は弦のピチカートが基調となっていたりしますが、あれはどういう考えでそういうアレンジになったのでしょう。
「Tomte’s Roomはアルペジオやピチカートが曲の中の重要な要素でした。もともとギターで弾いていたフレーズだったのですが、それまでのアルバムの流れの中でサウンドに変化をつけたいと思い、ヴァイオリンにはピチカートのみをお願いしました。途中ピチカートで和音を連続で弾くところは楽器的に難しかったと思います。この曲はViktor Rydberg の詩を元にしたTomteという絵本から着想を得て作ったんですが、とてもミニマルな時間の概念を表現したような詩の内容で、そうした緩やかな時の流れの中にいる瞬間をどう演奏に取り入れるかがポイントでした。なのでこの曲はできるだけ音を抜きたかったですね、僕は演奏に入っていないのですが、メンバーがよくやってくれました」
——隙間の概念、みたいなのには留意しました? 余白というか。
「そうですね。そういったテーマだったので音的に重厚にならないものにしたかったです」
——「a-d.i.n-t」はデレク・ベイリーみたいに狼藉する方向にある曲ですが。
「アルバムが全体的に綺麗に行き過ぎていているので、そういうものを全部破壊しようとしました。リズムも皆揃っていないのですが、エネルギーだけで行くちょっと尖った曲、変な物もいれた方がいいかなと思って入れています。実はこの曲は続きがあるのですが、アルバム全体の流れが重くなるのでカットしています」
——そして、アルバムのタイトル・トラックはソロ・ギターの曲です。
「そうですね。タイトルを何にしようかと考えていたんですが、この曲自体が僕にとってオリジナルをしっかり書こうという転機になった思い入れのある曲なので、一応弦楽アレンジはしてあったんですがソロで録音しました」
——そのソロ曲なんですが、ここでの演奏はこのアルバムだからああいう感じの演奏をしているのでしょうか。それとも、いろいろな弾き方ができると思いますが、ここで聴ける漂う感じのものが今の森下さんのメインとなる弾き方となるのでしょうか。
「僕が一番やりたい楽器、エレキ・ギターを通して一番表現したい形だと思っています」
——仕上がってみて、今の率直な気持ちを教えてもらえますか。
「自分の音楽が形作られていく録音の段階からとても楽しかったし、メンバーの皆が本当に限られた時間の中で奇跡のような演奏をしてくれているので、ブックレットの詩なども含めてたくさんの方に聴いて欲しい作品になったと思います」
——名刺がわりの1作が、仕上がりましたね。これで、森下さんの名前を頭に刻む人は多いと思います。
「この作品にこれだけ沢山の方々が関わってくれたことが嬉しいし、ありがたいです。2枚目のアイデアもでてきていて、ジャズというスタイルに敬意を表しつつ、これからより新鮮な音楽を作っていきたいですね」

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『Ein.』
森下周央彌
[S/N Alliance SNAL001]

LIVE INFOMATION

『Suomi Morishita Ein.』 Release Live Tour 

2022

7.5 Live Spot RAG (京都)
7.7 渋谷公園通りクラシックス (東京)
7.8 青猫 (名古屋)
7.9 SPinniNG MiLL (大阪)

森下周央彌 (Guitar, Electronics)
秦進一 (Violin, Viola)
鈴木知聖(Cello)
鈴木孝紀 (Clarinet,Bass clarinet)
池田安友子 (Percussion)
松岡莉子 (Celtic Harp)


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