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アルド・モーロとは誰なのか

今年のイタリア映画祭で、『アルド・モーロ誘拐・殺人事件』をテーマにした、イタリア映画界の巨匠マルコ・ベロッキオ監督の330分超大作『夜のロケーション』が公開されるそうです。

とはいっても、現代の日本ではモーロ事件はあまり有名ではなく、わたしもローマに住むようになって、その詳細を知ることとなり、「こんなことが現実に起こるのか」、と衝撃を受けました。

しかし、だいたいアルド・モーロとは誰なのか、以下にざっくりまとめています。


1978年
に起こった『アルド・モーロ誘拐・殺害事件』は、イタリアの「ダラス」、あるいは「9.11」として、イタリアの近代史における大きな転換点となった事件と言われます。今のイタリアからはまったく想像できない、常軌を逸したテロが、凄まじい勢いで荒れ狂った『鉛の時代』。その悲劇は55日もの間、イタリアの社会を恐怖と緊張に陥れ、人々を絶望の淵に突き落としました。のち、犯人たちは逮捕され、司法で裁かれましたが、事件の詳細の辻褄が合わず、現代に至るまで全方向から調査が継続されるとともに、アルド・モーロという人物が、イタリアにとって、どれほど重要な人物であったかが、繰り返し語られることになる。その事件の重大さを理解するため、アルド・モーロとはいったい誰で、何をしようとしていた人物であったかを、まず知っておきたいと思います。

イタリアにおける『鉛の時代』に起きたそれぞれの事件に関して、夥しい数のジャーナリストや研究者たちがひたすらリサーチし続け、書籍、映画、芝居、ドキュメンタリー、TVプログラム、講演、講義として、次々に発表される事実については、以前の項でも幾度となく触れてきました。

そのなかでも、ひときわ群を抜いているのが、何といっても『アルド・モーロ誘拐・殺害事件』なのですが、まさに無限を彷彿とする、尋常ではない情報の多さで、ロックダウンをものともせず、絶え間なく書籍が出版されるのみならず、ネット上にも動画がアップロードされ、「それらすべてを網羅するには一生でも足りない」と意気消沈するほどです。

わたし自身、少しずつではあっても、数年前から『アルド・モーロ事件』関連の書籍を読んだり、ドキュメンタリーや動画を見はじめたにもも関わらず、その情報が、まるで有機体であるかのように留まることなく増殖するため、「これじゃ追いつかない」と焦燥に駆られる次第です。

このように、『アルド・モーロ事件』の背景に、ひっそりと息をひそめる不条理という底なしの闇を、白日の下に晒そうと徹底的にリサーチを重ねる人々の情熱は、ただごとではありません。それもジャーナリスト、研究者に留まらず、検察官、裁判官、政治家、大学教授、作家、歴史家、と老若男女を問わず、それぞれがそれぞれの視点で、まるで昨日の出来事のように事件を追い、細部を調べ上げ、その意味を世に問うのです。

いずれにしても、もはや43年前という遠い過去の事件であり、すでに犯人とされる者たちは司法で裁かれています。それにも関わらず、その事件をオンタイムに経験していない世代を含め、多くの人々が追い続け、政府議会では「事件調査委員会」が繰り返し形成され続けるわけですから、その執念には頭が下がるとしか言えません。

と同時に、アルド・モーロを衝撃的に喪失した事実が、イタリアにとっては決して忘れてはならない、重要なテーマを孕んでいることは疑いようがなく、言い換えれば、このテーマを解読しなければ、イタリアの現代は理解できないのではないか、とも思うのです。

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