熱中症のアンチ
現在私は職場で熱中症を忌み嫌うモンスターとして生息している。
塩タブレットを持ち歩き、頼まれてもないのに経口補水液を置き、熱中症になったときの対処法をシュミレートし、部署内のチャットで口を酸っぱくして啓蒙活動をしている。
何故か。
前職で部活の顧問をしていたとき、
十数人いる生徒が熱中症で半分ほど病院に行ってしまったトラウマがあるのだ。
急に「だるい…」と座り込み、目には光がなくなった子どもの姿にゾッとした。
いつもと違って変。急に生気がない。
どうしたと近づくと、呂律が回っていない。
顔が火照ってやはり目がおかしい。
怖い。
とても怖かった。
熱中症と気づき、叩くと冷却効果のある保冷剤を当て、水分補給をさせた。念の為もう1人の顧問の先生が自家用車で病院へ。
気温はどんどん上がる。
先生が戻ってくる前にもう2人、苦悶の表情を浮かべて座り込んだ。
「なんかおかしい」
水分補給、冷却。
それでも復活の兆しはない。
目は虚。口の端から泡が少し出ていた。
意識があるのかないのかわからない。
新米の私は、目の前で子ども達がいなくなりそうで怖くて、怖くて、たまらなかった。
声をかけても要領を得ない言葉と息が上がる音しか返ってこなかった。
怖がっている間に、1人が捻挫。
助けて。
先生が戻ってきた。
驚かれたことだろう。
傷病者が3人増えた。
驚きながら私からの報告を聞いている中、もう1人が倒れた。
予断は許されない。
4人をまた病院へ。
残された生徒も私も大変心細かった。
そして、生徒にとっては、先輩、同級生、後輩が、私にとっては生徒が、死の一歩手前にいたことを確実に、身をもって知った日だった。
屋内スポーツで、かつ、冷たい水分(いわゆるスポドリと水の2種類)、塩タブレット、ミニ扇風機やうちわ持ち込み可とそれなりに対策していてこれだった。
たぶん体を冷やすものが足りなくて熱の籠ったのが原因だったか。
これでは安全にできぬと反省して、倍量の水分と塩タブレット、冷却剤、施設からでかい扇風機をお借りしてそれ以降は病院行きはなくなった。
教員時代、普段から人様の子をお預かりしてるのだから命に関わることには敏感だった。
勉強に関しては割と厳しいことは言っていたが、食事や睡眠、適切な休息は必ず摂るようずっと話していた。
生活は命につながっている。
命がなければ何もできない。
それが私の教育の根っこだ。
ブラック業界教職員だったので教えていることに反する一番の存在だが、我が身をもって確実に言えることだった。
あの日私は命が終わる方向にいる子どもを見たのではないか。
ゾッとした、あの恐怖は1人の命が消えることへの怖れだった。
たかが熱中症と言うが、その熱中症は簡単に人の命を奪う。
対策や早急な処置で助かるケースもある。
しかし重症だった場合は後遺症として脳の機能に影響が出ることもある。
本当に恐ろしい「病気」なのだ。
終わりに向かう人を、せめて自分の目の前で止めたい、と思いながら自費で塩タブレットを配っているし、クソ忙しい朝っぱらから啓蒙のチャットを打っている。
Twitterやニュースでは、熱中症から復活したが次の日には目を覚まさなかったご家族の話や、下校中に熱中症で命を落とした子どもの話が話題となっていた。
あの日の子ども達の表情が蘇る。
幸いあの子たちは後遺症もなく復活し、元気に生活していた。
もうあんな表情はさせたくない。
もうあんな表情は見たくない。
9月も暑い日が続く。
今日も明日も私の啓蒙活動は続く。
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